第19話 休日の午後〈壱の姫シャルロッテ〉


 部屋に戻ってすぐ、ランベルト様からメッセージカードが届いた。わたしの方から送るつもりだったのだけど。

 “午後、ガーデンの噴水でお待ちしています。”

 ちょうどいい、わたしも確認しておきたかったから。


 昼餐の後、すぐ待ち合わせ場所に向かった。

 日差しに花々と緑が色鮮やかで、ガーデンが輝いているみたい。

 夕方に儀式が終了すれば、もうこれを見ることは叶わない。少し、残念。


 小道を行けば、噴水にたどり着く。

 水音を聞きながら、わたしは噴水の縁に座っている。


 繰り返す水音を聞いているうちに、波立っていた心が落ち着いてきた。

 わたしのしたことは、わたしの権限の行使は、果たして良いことだったのか、どうなのか。

 もしかしたら、女王陛下にお叱りを受けるかもしれない。それでも今のわたしにできることは、選んだ道を進んでいくことだから。


 ただ、ランベルト様の事情を知っている私は、辞退されたことが気になってしまう。

 ランベルト様が判断され決められたことならば、わたしはそれを尊重すべきだとは思うのに。

 ランベルト様は何も言われなかったけれど、命令を蔑ろにするわけにもいかないのではないかと、そこが気になって。

 それなら、聞いてみるしかない、話してくださればだけど。


 心地よい水音に微風、色とりどりの花。不意に、靴音がした。


「申し訳ございません。お誘いしておいて、私の方が遅れてしまうとは。」

と、ランベルト様がわたしの前にひざまずく。

 ……どうしてこの方は、毎回ひざまずくのかな?

「いいえ、わたしが早く着きました。ここは、噴水は好きなので。」


 ランベルト様の眼差しに、褒め称えるようなものがあるのに気づいて戸惑う。

「先ほどの会議、お見事です。」

 恥ずかしくなって顔を背ける。頬が少し熱い。

「それはどうでしょうか。もっと良い案があったかもしれません。」

 これは本当にそう思う。わたしはまだ未熟で。

 でも、未熟なりにできることがあると、わかった。そんなわたしを支えてくれる人がいるということも、わかった。


 そうだ、ランベルト様のことを聞かなくては。

「わたしはあなたの決定を尊重すべきでしょうが、本当に、卵を孵す役割を辞退されて良かったのでしょうか。」

 ランベルト様が目を伏せる。

「申し訳ありません、姫にそのような気づかいをさせてしまうとは。

 ただ、私の不甲斐ないところを、姫にお見せしたくなかったのです。」

 ……よく分からない。


 ランベルト様が顔を伏せたま続ける。

「私は、王太子である兄に信用されておりません。

 信頼を得ようと、私なりに努力してみたのですが、努力が足りないせいか、それは叶わず。

 私は王位を狙ってなどいないのですが、兄上にはそうは見えないようで。

 儀式の参加に関わる命令も、儀式にかこつけて私と他国の姫を結婚させ、五国より追い出す、卵を孵す王子になるよう命じたのは陛下ですが、兄上によるそういう意図が透けて見えるのです。

 ですから、姫がお気になさることは、何もありません。」


 ……それってたぶん、やっかみ。

「兄弟姉妹というものは、ままならないところがありますね。」

 思わずそう言ってしまった。

 けれど、ランベルト様はまだ顔を伏せている。

 

 ではもうひとつ、わたしが伝えたいことを。

「わたしはようやく、ランベルト様が伝えてくださったお気持ちに返事ができます。」

 

 静かな午後のガーデンに、噴水の水音だけが軽やかに響く。

 

「愛というのは、わたしには良くわかりません。今まで誰かを好きになったこともないので。

 ただ、わたしはランベルト様の気持ちを嬉しいと思いました。

 たぶんわたしは、あなたのことを好きなのではないかと思います。いえ、このような曖昧な表現で申し訳ないのですが、今はこのようにしかお伝えすることができません。


 ですが、これは確かなこととしてお伝えできます。

 箱庭にいる間だけでなくここを出た後も、ランベルト様と共に過ごす時間があればいいと、儀式が終わっても、またあなたとお会いしたいと、わたしはそう思うのです。」


 ランベルト様がゆっくりと顔を上げる。

 その眼差しに込められていたものは、わたしに向けられた強い意志。


「壱国に、正式に結婚の申し込みをします。」


 ……ええと、段階が飛んだ気がする。

 そんなわたしの表情に気づいたからか、ランベルト様がふっと視線をゆるめた。


「その時、また姫のお気持ちをお聞かせください。

 できましたら、姫が刺繡されたものを何か、いただけないでしょうか。」


 ……なぜ刺繍。夕方までに刺して欲しいということ?けれど、そもそも刺繍道具は持って来ていない。部屋にもそれはなかった。

 儀式が終わってからで良いのかな?渡せるまで時間がかかってしまうけど?


「箱庭から出ましたら、ということでも良いでしょうか。刺繍の道具を持ってきていないので。」

「そう、なのですか。それは嬉しいです。」


「……嬉しいって、なぜでしょう?」

「刺繍をされる間、私のことを思い出してくださるのではないかと、愚考しまして。」


 ランベルト様がわたしの手を取る、そして。

 手の甲に口づけ。

 くるりと返して手のひらに。

 さらに手首に。


 驚いて思わず手を引こうとしたけれど、やんわりと掴まれたまま、ランベルト様に引き留められた。

 そしてもう一度、目を閉じたランベルト様が、わたしの手首に口づけを落とす。

 ……胸の奥が震えた気がした。 


 午後の日差しのなか、顔を上げたランベルト様が私を見る、その力強い眼差し。

 わたしは愛がよくわからない、好きということもよくわからない。

 なのに。

 わたしは恋に落ちていると、これ以上なくはっきり、分かってしまった。



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