第8話 トークタイム〈参の姫クリスタ〉

 “もし、箱庭の鍵があれば、こんなことにはならなかったのかしら。”

 それは、私の手元にある日記に書かれた言葉。それは、80年前の箱庭の儀に参加した姫の日記。

 この言葉はいったい何を意味するのかしら?




 昨晩、また書庫で王子と会った、七国のディルク様。

 二人で書庫の本を読み、ちょっとした意見や感想を言い合った。この方と会話するのはおもしろいわ。

 せっかく良いところだったのに、また遅くなるからと館まで送られてしまったけれど。昨日の弾むような楽しさが、まだ胸に残っている。


 支度が終わったので、女官の先導でガーデンにおもむけば、今日は一番早かった。

 気持ちのいい朝、ここで読書がしたいわ。日差しが強くなったら、木陰に行くのもいいわね。

 ガーデンは緑に囲まれ、花々が咲きほこり、それを時おり風が揺らしていく。


 箱庭の儀は、今日からトークタイムになるとのこと。 

 午後の時間は自由。誰でもいいから会いたければ、ガーデンに行くといいらしいわ。

 ところで、ガーデンって雨は降らないのかしら? 


 姫も王子も集まって時間になると、神殿女官がトークタイムの説明をもう一度行った。それを聞きながら、私は別のことを考える。


 実は昨夜、ディルク様にお願いをしたのよね、拾の姫とのトークタイムを希望してもらえないかと。こちらから拾の姫に面会を申し込んでもいるけれど、まだお会いすることができないから。

 私はこう聞いている。拾の姫は、今回の箱庭の儀を予知していたと。通常の100年後ではなく、80年後の今、催されることを。

 ディルク様はこの予知をご存知なかったようで、しばらく考え込まれていた。そして、拾の姫とのトークタイムを希望してみると、話してくれた。

 私の希望票は、実はディルク様が第一希望。拾の姫とトークタイムにならなかった場合、私が希望したいもの。

 なぜなら、前回の箱庭の儀に参加した国だから。ちなみに七国以外では、弐国、四国、六国、八国拾国が前回の参加国。こちらも、王子でも姫でも話してみたいわ。


 神殿女官が咳払いした。どうも、注意事項があるらしいので。   


「まず、リーンハルト殿下、ユリウス殿下、ディルク殿下、ケヴィン殿下は、拾国の姫君のみをご記入されました。

 殿下方、一人の候補者のみ書かれますと、組み合わせが難しく、トークタイムができません。これは零国が望む箱庭の趣旨に反すると、判断いたしました。

 今日は初日ということもあり、強制的に組み合わせを決定させていただいております。今後は、できれば5人、少なくとも3人の姫君のお名前を書かれますよう、お願いいたします。

 なお、指名された姫君には拒否権があります。とはいえ、拒否されてばかりでは箱庭の儀が進みません。拾国の姫君にはその旨をお伝えいたします。

 そして、ランベルト殿下、5名の記入欄全部に、同じ姫君の名前を書かれるのも、お控えください。」

 

 トークタイムって理不尽だわ。どうして姫が姫にトークタイムを申し込むことができないのかしら。私だって拾の姫とお話したいのに。

 ダメモトで希望票に書いてみようかしら。

 

 今日の組み合わせが発表される。

 私はリーンハルト王子。ディルク様は六の姫。拾の姫の欠席が一番残念。


 リーンハルト王子とのトークタイムは、お互い大学園で学んでいることから始まった。

 とりあえず私は、珍しい“旅する草”の冬季の移動範囲と花色の変化について話してみた。王子は魔法史について話されたけれど、説明が上手だわ。

 その後、意気込んで前回の箱庭の儀について聞いてみたところ、王子はにこりとこう答えた。

「弐国は参加しましたね。」

 不自然なところは感じなかったけれど。なぜかしら、はぐらかされたような気がしてしまうのは。


 午後はシャルロッテ姫とお茶会、夜はまたディルク様と書庫で本を読み進めた。

 私が読んでいる巻数より一つ前をディルク様が読んでいる。読みながらディルク様が私に意見を聞いたり、ディルク様が読み進めた辺りを見て私が質問したりする。


「しかし、箱庭に来た王子というのは暇だな。」

 ページをめくっているディルク様の言葉に、私は顔を上げる。確かに、前回は1人の姫に6人の王子。姫とトークタイムができない王子5人は確かに暇だわ。暇な時間、いったい何をしていたのかしら。それに、

「前々回は、姫1人に9人の王子と聞いています。王子はもっと暇ですね?」

「違いない。俺たちは今回でラッキーだったかもな?」

 ディルク様が思わずといった様子で笑い出し、私も釣られて笑ってしまった。 

 

 ディルク様に館まで送っていただいたあと、部屋に戻れば手紙が届いていた。父である参国の王からの手紙、内容も予想できるけれど。

 開封してざっと読めば、やはり卵を孵すようにと繰り返し書かれている。とりあえず、テーブルの隅に置いておいた。




 トークタイム2日目のお相手は、五国のランベルト王子。前回の参加国ではないから、ちょっと残念。それにランベルト王子は、シャルロッテ姫を気に入られていたように見えたけれど。

 部屋に入ると、初めにランベルト王子から確認があった。自分は心に決めた姫がいるが、それでもトークタイムを行うかと。あら、誠実な方だわ。シャルロッテ姫、良かったわね。

 了承すれば、 次にランベルト王子は、どんなことを話したいかと聞いてきた。そうね、五国は前回の箱庭の儀は知らない。でも、せっかくだから聞いてみましょう。

「前回の箱庭の儀について、お話しませんか?」

 ランベルト王子が慎重な表情になる。あら、困ったわ。前回に関することなら、何でも良かったのだけど。

「参国は前回、姫として参加しましたから、今回もまた卵を孵す姫となるように、などと陛下から言われておりまして。」

 ランベルト王子が苦笑した。

「前回、五国は年齢に該当する者がおらず、参加できませんでしたので。今回は私がいたため、何かと騒がしくなっております。」

「期待されているということではありません?」

「さあ、どうでしょうか。」

「私はドレスや何やら、いろいろ持たされました。」

 そうため息をつけば、ランベルト王子はやはり苦笑した。 

「姫も、大変でいらっしゃる。」

 姫も。つまりランベルト王子も、ということかしら? 


 午後は、シャルロッテ姫、イザベル姫とお茶会。八国のテレーゼ姫ともお話してみたいけれど、慣れない場所で頑張っていらっしゃるのがわかるから、無理にお誘いはできないわね。

 実は私、令嬢とのお茶会って苦手なんだけど、どうしてかしら。今日は楽しい。前回の儀式について話題に出したかったけれど、それを忘れてしまうくらいに。



 夜は書庫に行く。今日は私からディルク様に聞いてみた。

「なぜこの本、箱庭の儀の記録には、姫と王子の行動のほかに、お茶やお茶菓子にセーブルセッティング、加えて部屋のインテリア、姫のドレスや王子の服装まで詳細に記されているのか、ディルク様はどう思われますか?」

「普通に考えれば、箱庭の儀を行う零国、大神殿の女官たちが参考にするため、というのが理由としては自然だ。」

 ディルク様が本から顔を上げる。

「穿った見方をするならば、情報量を多くして、これを読むであろう箱庭の参加者を混乱させるため。ただ、混乱させる理由は分からないが。」

 それは私も考えたわ。ならば、こんなのはどうかしら。

「そもそも見つけて欲しくない情報ならば、誰もが手に取れる場所に置いておくはずがありません。むしろ隠すべきでしょう。

 見つけてほしい情報があるけれど、すぐに見つけてもらっては困るから、何てどうでしょう?」

 ディルク様が挑戦的に私を見る。

「なぜ、すぐに見つけてもらっては困る?」

 そう、それがわからない。でも、ふと思いついた。

「そのほうが楽しいから?」

 ディルク様が抑えきれない様子で笑い出す。

「確かに。ここにいる間の暇つぶしってことかもな?」


 そんな会話の後、今日は肌寒さが気になった。昼間は少し暑いくらいだったのに。ストールかブランケットでも持って来れば良かったわ、と思わず腕をさすると、その仕草をディルク様に気づかれてしまった。

「女官がいれば何か頼むんだが、とりあえず君が気にしなければこれを、俺は寒くないから。」

とディルク様から脱いだ上着を差し出されてしまった。

 私は本当にびっくりしてしまって。驚いたままディルク様を見返していたら、そっと上着を肩にかけられてしまった。


 部屋に戻れば、また手紙が届いていた、陛下からの手紙が。

 とりあえず、テーブルの隅に置いておいた。




 トークタイム3日目は九国のケヴィン様。遠回しなことはお嫌いそうなので、ストレートに聞いてみましょう。

「前回の箱庭の儀について、お話ししませんか?」

「九国は参加してねえし、全然分かんねーわ。」

と端的なご回答。そして、

「じゃ、俺からの質問、参国の目的は何?」

「もちろん、卵を孵す役割を得ることです。ただし、私にそれができるかどうかは別ですが。」

 ケヴィン様はふーんとばかりに腕を組み、ソファに寄りかかる。

「じゃ、姫さんの目的は?何を知ってる?」

 なぜこの人は、私が何かを知っていると考えたのかしら?

「参国は前回参加しましたが、参加者が箱庭の儀の詳細を話すことは禁じられていますので、やはりよく分かりませんね?」

 ケヴィン様が面倒そうに立ち上がる、そして。

「気が向いたら教えてくれ。」

 それだけ言うと、部屋から出ていかれてしまった。

 残された私はひとりカップを手に取る。今日の紅茶も美味しい。


 

 夜、書庫に向かえばディルク様がもう来られていて、テーブルにはカップとティーポット、ソファにはブランケットが数枚と、何かいろいろ増えていた。

「女官に何か暖かいものをとお願いしたら、こうなった。ポットの中身はハーブティーだそうだ。」

 ディルク様の心づかいが嬉しくて、精一杯の気持ちをこめて伝えた。

「ありがとうございます。さっそくいただきますね。」

 ブランケットを膝にかけ、ハーブティーをカップに注ぐ。ふわっと香りが立ち上った。

「カモミールティーですね。私、これ好きなんです。ディルク様はいかがですか?」

「……試してみる。」

「あら、ハーブティーは苦手ですか?」

「王子とは、そういう弱点を見せないものだと思わないか?」

と言いながら、ディルク様がカップを差し出すので。

 なんだか可笑しくなって、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


 部屋に戻れば、また国から手紙が届いていた。ざっと読み、テーブルの隅に重ねる。

 日記帳を手に取り、けれどそのまま持って来た荷物の中に戻した。

 書庫の本を読み進めてはいるけれど、“箱庭の鍵”という言葉はまだどこにも見当たらない。



 

 トークタイム4日目はユリウス王子。向かい合って座れば、唐突にこう聞かれた。

「あのさ、卵って何だと思う?箱庭ってなぜあるんだろうね?」

 大変良い質問だと思います。私もそれが気になります。卵はどんな物質なのかとか、箱庭とはどういう仕組みになっているのかとか。

 けれど、残念ながら会話は弾まなかった。そしてユリウス王子はこう言った。

「姫は、それを知りたいだけなんだね?」

 確かに、私が知りたいとは知的好奇心を満たしたいということだもの。ではユリウス王子は、それを知って“どう”したいのかしら?


 午後は、シャルロッテ姫、イザベル姫、テレーゼ姫とのお茶会。

 実は私、人数が多いお茶会って苦手なのよね。と思っていたら、意外にも気楽な時間を過ごすことができた。

 そして、話題のひとつに前回の箱庭の儀についても混ぜてみたけれど、テレーゼ姫はもちろん、イザベル姫も、そしてシャルロッテ姫も、残念ながらよくわからないということだった。


 私はこの機会にもうひとつ聞いてみることにした。 

「書庫の本は読まれましたか?もしそうなら、感想をお聞きしてみたいです。」

 シャルロッテ姫は思案顔で。

「一度、夕方に書庫に行って、本を開いてみましたけれど。前回は姫1人と王子6人で、今回とかなり条件が違うように思いまして。参考にするには難しいと判断しました。」

 イザベル姫はうんざりと。

「午後に一度、見てみましたわ。

 どうでもよろしいですけれど、私たちの行動もあのように記録されるかと思うと、もう恥ずかしくてしようがありませんのよ。ええ、きっと次回の参加者が笑って読んでくださいますわ。」

 テレーゼ姫はおろおろと。

「すみません。そのようなものがあるとは存じませんで。」

「知らない方がいいと思ましてよ。」

「クリスタ様はいかがですか。」

「なかなか、読みごたえがありますね。」



 晩餐のあと、書庫に向かう。

 早く来たためか、ディルク様はまだのよう。ひとりで先に本を読み進める。いつもより、書庫ががらんとして感じられる。

 しばらくすると、ディルク様が来られた。

「悪いが、今日は中止にしてくれないか。俺の方に用が入った。館まで送る。」

 私一人でも読みたかったけれど、ディルク様の有無を言わせない声色に、そう言える雰囲気ではなくなって。

 残念に思いながら部屋に戻れば、また国から手紙が届いていた。ちょっと、ため息をつきたい気分ね。

 でも、明日のトークタイムはきっとディルク様のはず。そう思ったら、気持ちが明るくなった。




 けれど。トークタイム5日目は再びケヴィン様だった。

 なぜかしら、ほかの3人の姫は、5日で5人の王子に当たっているのに。


 そして午後、ディルク様からメッセージカードが届いた。

 “すまないが、書庫には行けなくなった。お願いがある、姫には部屋にいてほしい。”

 ここまで書かれると、さすがに不審に思わざるを得ないわ。箱庭は安全な場所のはず。けれど、ディルク様は危険な場所だと考えているかのようで。

 そして、なぜかしら。私、とてもがっかりしているわ。


 追い打ちをかけるように、今日も国からの手紙が届いた。仕方がないので開封する。

 内容はやはり、何としても卵を孵すようにと繰り返し書かれていた。追加で、素晴らしい結婚相手を捕まえてくるように、という案件が増えている。


 でもね。

 箱庭で愛を育み、卵を孵し、婚約、そして結婚。けれど、それで結婚が決まったからといっても、お相手がいくら素晴らしくても、その後うまくいくかどうかは、別なんじゃないかしら。


 日記帳を取り出して、ページをめくる。

 私が箱庭の儀に参加することが決まってすぐ、密かに届けられた日記。前回の儀式に参加した参国の姫の日記を。

 箱庭の儀が終了してから1年くらいの間の出来事が、この日記帳に記されている。日々の小さな出来事、大学園のこと、公務のこと、それから婚約者となった七国のコンラート王子のこと。


 そしてもう一つ、この日記には繰り返し出てくる名前がある。

 アディ。

 愛称だと思うけれど、明らかに婚約者の王子のことではないわね。日記を読む限り、兄弟従兄弟でもなさそうで、参国にいる友人というわけでもなさそうで。


 “今日は雨ね。こんな日は、アディのことを思い出すわ。”

 “ふと箱庭のことを思い出した。懐かしい気がするわ。アディのことも。”

 “やっぱり気になるわ。アディは元気かしら。幸せでいてくれれば、それでいいのだけど。”

 “アディは私よりもずっと行動力のある人だから、きっと大丈夫よ。そう、思いたいわ。”

 “コンラートはアディのことを気にし過ぎよ。私がちょっと話題に出しただけで。”

 “もう、どうしてコンラートは分かってくれないのかしら。アディは大切な友人だといっているのに。”

 “コンラートと喧嘩しちゃったわ。でも私も譲れない。アディのことを悪く言うなんて。”

 “アディからもらったプレゼント、たった一つの思い出。内緒にしなくてはね。”

 “やっぱりこれは隠しておかなければ。大事な指輪だから。”


 姫はアディのことを繰り返し思い出し、そのたびに気にしている。更には、アディの件で婚約者の王子とたびたび喧嘩もしている。

 そして指輪。姫は指輪をひとつ隠し持っていた、アディからもらったシンプルな金のリングを。

 

 書庫の本、前回の箱庭の儀の記録に、アードリアンという名前が出てくる。四国から参加した王子の名前として。アードリアンの愛称は、アディ。


 とはいえ、日記のアディと、アードリアン王子が同じ人物かどうかは、正確にはわからない。

 なぜ、姫がアディのことをあんなに気にしていたのかも、日記に理由が書いてないからわからない。

 婚約者の王子と喧嘩をしていたからといって、その後のことは、この日記からはわからない。

 指輪を大切に持っていた理由も、姫にしかわからない。

 

 日記帳を閉じる。

 恋も、愛も、私にはよくわからないわ。 

 

 けれど。この日記の最後のページに記されている言葉。

 “もし、箱庭の鍵があれば、こんなことにはならなかったのかしら。”

 箱庭の鍵は見つけた方が良さそう。けれど今のところ、書庫の本にこの言葉は出てこない。

 この言葉がキーワードになるならば、重要な伏線として、最初から出して欲しいところよね?




 一週目のトークタイムが終了、そして2日間の休日。

 これで書庫の本が思う存分読めるわ!ということで、女官が持ってきてくれたハーブティーとパウンドケーキと一緒に、書庫にこもって好きなだけ読むことにした。


 集中して読んでいたら、いつの間にか書庫が薄暗くなっていた。夕方のせいかしら。物音ひとつしない静かな書庫に、少しだけさみしい気分になった。

 

 女官が書庫の灯りを付けにきてくれた。テーブルには暖かいティーポットも置かれる。

 今日は、20巻のうち半ばまで読み進められた。

 本の中では、トークタイムが終了して、次のデートタイムというものに進んでいる。前回の姫はトークタイムと同様、1日1人の王子と午前中を一緒に過ごしている。

 午後は約束をした王子と過ごしたり、ガーデンに行ってその時いた王子と過ごしたりしている。


 トークタイムと違うところは場所が増えていること。どこで過ごすか選べること。第三館の2階にある音楽室、ダンス室、美術室、図書室、実験室、そして1階の書庫。ガーデンでも、四阿、噴水、蔓薔薇のアーチが続く小道、と選択肢が増える。


 この中で何よりも気になるのは、やはり図書室ね!

 この館に2階があるのは分かっていたわ。でも立ち入り禁止とでもいうように階段下にロープが張られていたから、2階は儀式に関係ない場所かと思っていたのよ。

 それが、こんな理由があったなんて!?

 見抜けなかった自分が悔やまれる。

 女官と交渉して、夜だけ使わせてもらえるようにできないかしら。それとも夜、私一人で階段を上がり、図書室に行って……、鍵がかかっていたら入れないわ。それに部屋に入ることができても、灯りをつけたらすぐに見つかってしまう。ならば早朝なんてどうかしら。鍵がかかっているかどうかだけでも確かめて、いえ、女官の掃除中に偶然を装って入り込む方が……。


 そこまで考えたところで、我に返った。

 図書室に行きたい。箱庭にある図書室にどんな本があるのか見てみたい。もちろん、読みたい。

 でも、とテーブルに積み上げた本を見る。こちらも読みたいから、図書室はデートタイムになるまで、待つことにしましょう。




 休日2日目、書庫のドアを開けた私に向かって、ディルク様が笑った。

「やっぱり、来たな。」

「もちろんです。」

と、気づけば私も笑っていた。

「昨日も来たのか?」

「もちろんです。」

「なら、連絡しておけばよかったな。」

と、ディルク様が失敗したという顔になる。

「俺は昨日、鍛錬の方をしていたんだ。ここにいると体がなまる。」

「剣の、ですか?」

 本のページを開きながらお聞きしてみれば、ディルク様が話してくださる。

「七国には、魔獣退治用の魔法剣が5本ある。その1本と俺の相性が良くて、魔獣討伐もやっているんだ。本当は、学園で研究だけしていたいんだが。」

 その言葉に思わず顔を上げてしまった。そこにはディルク様の本音があるようで。

「だから昨日、午前はランベルトと、午後はケヴィンと手合わせをしてもらっていたんだ。」


 姫どうしの交流があるように、王子どうしも交流があるのは当然ね。でも、どうしてこのお二人なのかしら?確かに見た目、ランベルト様もケヴィン様もお強そうではあるけれど。

「ランベルト様は騎士団に所属していらっしゃるとか。だから、手合わせにちょうど良いということですか?」

「それもある。俺も早朝は鍛錬をしているが、ランベルトは毎日かかさず朝と夕方しているからな。それと、魔獣の侵入状況について最初に聞いたのがランベルトだったんだ。あれについてはランベルトも気にしていた。」

 なるほど。

「ではケヴィン様は?」

 聞いたとたん、ディルク様が噴き出した。

「最初はケヴィンから決闘を申し込まれたんだ。」

「箱庭で?決闘ですか?」

 決闘をしてどうしようというのかしら?楽しいのかしら?卵を孵すなんて目的がなければ、やっぱり箱庭にいるのって暇だから?

「ということは、暇つぶしに決闘を?」

 ディルク様が笑い出す、それはもう楽しそうに。

「たぶんそうだな。ケヴィンは王子皆に決闘を申し込んでいた。」

「……それでどうなったのか、お聞きしても?」

「ランベルトは淡々と、リーンハルトはにっこりと、ユリウスはのらりくらりと、断っていたな。俺は、決闘じゃなく手合わせならと答えてこうなった。」

 

「王子の皆様とお話されているんですね?」

「まあ、トークタイム以外は暇だからな。ランベルトとは話が合う。リーンハルトも話ができるヤツだ。ケヴィンは傍若無人だが、あいつの話はおもしろいな。」

「では、ユリウス様は?」

「あれはあれというか、頭のいいヤツだけどな。」


 すごいわ。私はディルク様のことをそう思う。箱庭に来た王子たちと、それぞれに応じた関係性を築いている。

 なぜなら、私は姫という立場を差し引いても、親しいといえる友人がいないから。そういう友人が欲しいと思うことは、たまにあるけれど。


 そこに女官がティーポットを持ってきて、カップにお茶を注いだ。ハーブティーの香りがふわっと広がる。


「そういえば、ユリウスには、卵とは何か、箱庭とは何か、みたいなことを聞かれたな。」

 ディルク様が、ハーブティーの香りに首をかしげながらそう言われるので。

「私もトークタイムで似たようなことを聞かれましたよ?」

と答えれば。

「君はどう思う?」

と問われたので。


「良い質問だと思います。私も知りたいです。

 なぜこの世界では、箱庭の儀なんてものが、行われているのか。

 なぜ100年に1回なのか。それがどうして、今回に限って80年後だったのか。

 なぜ姫と王子でならなければならないのか。

 卵を孵すとはどういうことなのか。もしも、卵を孵さなければどうなるのか。」


 ディルク様がカップを置いて、私を見た。

「君と話すのは興味深いな。

 ふつう、そんなことには疑問を持たない。零国、大神殿は絶対だからだ。

 箱庭の儀はあるべきもので、卵を孵すこともまた必然、疑問を持つ必要もないほど、当たり前のことだ。」

 ディルク様が苦笑する。

「俺も当事者にならなければ、きっとそう思っていた。

 君はそれを調べているのか、書庫の本で?」

「書庫の本と、あとダメモトで神殿にも聞いてみました、質問票を送って。」

 ディルク様が身を乗り出す。

「本当に送ったのか!?」

「ええ、そして戻ってきました。」

「見せてもらえないか?」

「ええ、いいですよ。ちょうど今、持っていますし。ただ、あまり期待されない方が。」

と、ドレスの隠しポケットから折りたたんだ紙を出して渡す。


 ディルク様が食い入るようにそれを見ているけれど。

 50項目ぐらい質問を書き出し、可能ならば回答をと神殿にお願いし、回答は返ってきたのだけれど。


「箱庭や箱庭の儀に関することについては、神託だから、そういうもの、決まっていること、という回答ですね。

 なぜ80年後だったのかとか、姫と王子の人数とか、前回と違う点については、大神殿の大巫女様が可と判断した、という答えです。

 愛を育むとは具体的にどういうことか、また卵を孵す基準については、神殿女官が儀式の経過を見守るようです。神殿女官に判断がゆだねられる、ということでしょうか。」

 

 つまり、この回答からは具体的なことが分からない。

 ディルク様はどうかしら、一行一行丁寧に読まれているようだけど。

 しばらくして、ディルク様から折りたたまれた紙が戻ってきた。

「ありがとう、参考になった。ほかには何を調べている?」


 “箱庭の鍵”をと言いたいところだけど、こう答えておく。

「疑問に思ったいろいろなことを。

 姫と王子の人数を変更しても良い理由は何か、とか。

 書庫の本、儀式の記録がとってある理由も、引き続き気になっています。

 箱庭の儀も、儀式として決まっているようにみえて、細部については現場対応というか、臨機応変というか、そういうものを感じるのに、その理由が推測できないところも。」

 とにかく疑問がいっぱいあって、とっても気になる。

 ついでに、ディルク様が何を調べていらっしゃるのかも。


「ディルク様の疑問は何でしょう?」

「……君と似たようなものだ。君が昨日読み進めたぶん、今日は追いつかないとな。」

と、ディルク様が本を手に取って読み始めたので、私も昨日の続きを読み始める。

 はぐらかされてしまったけれど、不快には感じなかった。たぶんディルク様には何か理由があるのだと、そう感じられて。


 本の中では、デートタイムの3週目に入った。

 ここから、なぜか姫のデートタイムのお相手は、コンラート王子が一番多く、次いでアードリアン王子になる。

 姫にとってコンラート王子は、トークタイムの途中から一番気にしていた王子。一緒に過ごすことを一番楽しんでいた王子。姫が選ぶ王子をすでに知っていることを差し引いても、私にもそれはよく分かった。ただ、コンラート王子のほうは姫に対してどう思っているかが分かりにくい。実は私の読み込み方が足らないのかしら?

 アードリアン王子とは、デートタイムの1週目、音楽室で王子がクラヴィーアを弾き、姫が歌を披露したあたりから急に仲良くなっている。唐突だわ。理由がわからない。私、恋愛小説の大半はよく分からなかったりするのよね。やはり行間の読み方が足らないのかしら?


 情報を見落とさないよう細部まで読むようにしているけれど、こうなると姫を中心にコンラート王子とアードリアン王子の行動を追ってしまう。


 姫はデートタイムの音楽室で、アードリアン王子にこんな話をする。コンラート王子の気持ちがわからないと。トークタイムもデートタイムも自分に付き合ってくれるけれど、自分を尊重してくれるものわかるけれど、果たしてそれは好きということなのだろうかと。卵を孵すという役割を果たすために義務として行っているのではないかと。自分は好きでも、コンラート王子はそうではないかもしれないと。

 そしてデートタイム4週目の午後、ガーデンにて。姫とコンラート王子が話しているところに、アードリアン王子がやってくる。


“アードリアン王子「コンラート、はっきり言わせてもらえば、君の態度は分かりにくいよ。アリーセ姫が悩んでいる。もう少し、自分の気持ちをはっきりと姫に伝えてあげてくれないか。例えば、好きなら好きとね。」

アリーセ姫「アディ、ちょっと待って、何を言って!?」

コンラート王子「姫……。アードリアン、君にそのようなことを言われる筋合いはないと思うが。」

アードリアン王子「改善する気はないのかな?僕の大切な友人であるアリーセ姫を、これ以上悩ませるようなら、君に決闘を申し込まなければならないようだ。」

アリーセ姫「アディ、お願い待って。あなたがそこまでする必要はないのよ。」

コンラート王子「姫、やはりあなたは……。あなたがアードリアンを気にしていることはわかっていました。」

アリーセ姫「コンラート、あなたも待って!私にとってアディは大切な友人なの!」

コンラート王子「アードリアン、決闘が必要だというなら応じよう。剣を抜け。」

アードリアン王子「やっとその気になったかな?」

アリーセ姫「ああ、ごめんなさい!!」

アリーセ姫「本当にまぎらわしいことになって、ごめんなさい。アディ、ありがとう、あなたが私のことを考えて、こんな行動をしてくれたのはわかってる。だから、ここからは自分で言うわ。」

アリーセ姫「コンラート、ずっと聞けなかったの。私にとって聞きたくない結果になるのが怖くて、先延ばしにしていて、それをアディにちょっと愚痴っただけなの。私はあなたが好きよ、儀式とか卵を孵すとかそういうことに関係なく。だから、もし、もしもあなたが私のことを好きでもなんでもないのなら……。」

コンラート王子「アードリアン、確かに君の言葉は聞く価値があったようだ。私はこれでも十分態度に表していたつもりだったのだが。姫、私はあなたを愛している。」

アリーセ姫「ええっ!?……私が気づいてなかっただけだというの?」

コンラート王子「もっと早くに伝たかった。だが、あなたは私よりアードリアンと距離が近くなってしまった。だから、あなたの気持ちが変わったのかもしれないと、考えていた。」

アリーセ姫「……私の行動のせいなの?」

コンラート王子「お願いだ。愚痴でも何でも、私に話してもらえないだろうか。」

アリーセ姫「……そういうのは、ちょっと殿方には話しにくいというか。ええと、はい、コンラートに話せるよう頑張ります。」”


 ……やはり、そうではないかと思っていたけれど。

 ガーデンにしても、トークタイムやデートタイムの部屋にしても、近くに女官がいるから記録が取れるのでしょうね。音声を記録する魔道具か何かを携帯している、と考えるのが妥当かしら。


 それからしばらくして、デートタイム6週目、アードリアン王子が失踪した。


「……え?」

 思わず声に出したら、

「どうした?」

とディルク様が声をかけてくださったけれど、私はとりあえず読み進める。そして。

「ああ、驚きました。王子のひとりが失踪するなんて話になるとは思わなくて。」

「貸してくれないか。」

 こちらに手を伸ばしたディルク様の声が険しくて、私はこれにも驚いてしまった。そして。

「……確かに驚いたな。箱庭の儀式の一環だとは。」

「本当に。失踪した王子を姫と残りの王子で探すのが、さらに次の段階のようですね。何かこれ、あれに似ていますね、推理小説とか?」

「意味わからないな?」




 そんな休日を過ごした後、トークタイム2週目が始まった。

 私の毎日は、朝の散歩、トークタイム、午後のお茶会、夜はディルク様と書庫で読書。

 そして、私のトークタイムのお相手にはディルク様が当たらない。なぜかしら。


 書庫の本の中では、アードリアン王子を探すため、アリーセ姫とコンラート王子が中心となって他の王子や女官たちに聞き取りをしたり、書庫の本を調べたりしている。ついでに、王子が滞在する館の隠し通路や隠し部屋を探したり、発見したりしている。

 



 5日目の朝、今日もいつも通りトークタイムが始まるかと思ったら。

 よく分からないうちに、シャルロッテ姫をはさんで二人の王子が剣を抜いていた。

 私には手の出しようもなく、ただ成り行きを見守っていたら、やっぱりディルク様はカッコイイ、ということに気づいた。


 そうして場が収まった一瞬、シャルロッテ姫とランベルト王子の視線が交わって。

 それは私にも分かるほどの強い何かで。私はただ瞬きして驚いて。

 その後は、シャルロッテ姫はいつもどおりに、ランベルト様は押し黙って会話もされなかったけれど、なぜか既視感に襲われた。ごく最近、似た場面に遭遇したような?

 ああ、書庫の本ね。いえ、思うほど似ていないわ、状況は全然違うから。 

 もう、このお二人が卵を孵すのでいいんじゃないかしら?



 

 結局ディルク様とのトークタイムは実現しないまま、2週目の休日となった。

 午前は私一人で書庫の本を読み進める。午後はディルク様も来られていっしょに。休日の2日目も同様に。

 私が読んでいるのは20巻目の後半、あと少しで謎が解ける。

 本の中では、いよいよアードリアン王子探しが大詰めで。 

 ホールにある彫像の向きを変えると、その後ろに隠し通路が現れ、その階段を上がっていくと、屋根裏部屋に着く。そこには、アードリアン王子の服、剣、持ち物があった。

 その後、神殿から“箱庭の鍵”を探すようにと指示がある。そして、箱庭の鍵を探したが見つからなかった、という一文があり。アリーセ姫とコンラート王子は卵を孵す儀式、単に儀式としか書かれていない何かを行い、姫1人と王子5人は箱庭から出た。


 ……?

 そこで話は終わっていた。 

 結局、アードリアン王子はどうなったのかしら。

 結局、箱庭の鍵が見つからなくても、それで良かったのかしら。

 

 この記録は、何か隠しているのかも。

 何を隠しているのか。何を隠さざるを得なかったのか。

 零国、大神殿にとって都合の悪いこと。あるいは、儀式の参加者にとって都合の悪いこと。

 知られたくない、知られてはならないような、何か。


 いつの間にか書庫は薄暗くなっていた。

 私のページをめくる手が止まったせいか、本から顔を上げたせいか。ディルク様が私の様子に気づいてくれる。

「ああ、ちょっと暗くなったな。灯りをつけるか。」

 私は迷った。このもやもやとした何かを伝えたいような、それとも知らないままでいた方がいいような。

「どうした?」

 ディルク様がそう聞いてくれるから、私は。


「20巻目、最後まで読みました。ページは3分の1ほど残っていますが空白です。

 最後、アードリアン王子がどうなったのか、はっきりと分かりません。書かれてないんです。」


 ディルク様が息を呑み、私の差し出した本を受け取る。

 私は驚く。ディルク様の様子はまるで、結末を知っているかのような、そんな反応だったから。

 

 最後の数ページを読み終えたディルク様が本を閉じる。そのまま何か逡巡するように唇をかみしめ、そして。

「君を不安にさせたり、怖がらせたりしたくなかった。

 だが、君はもうこれを読んでしまった。すでに不審さを感じているなら、はっきりと言った方がマシだろうか。」


 書庫の薄闇に、ディルク様の声が落ちる。

「箱庭で、誰か死ぬかもしれない。」






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