第7話 トークタイム〈壱の姫シャルロッテ〉
箱庭の儀、初日の顔合わせは失敗。
開始前に出会った五国の王子が、なぜかわたしを見る。見つめてくる。なぜ?
真夜中に散歩をするような子どもっぽい変な姫だと、そういう視線?
それなら良かった、それならわかりやすい。でも、それとは違う。
まさか、一目で恋に落ちたとか?
なんて、それはわたしの妄想。そんな経験をしてみたいという、ただの妄想。
夜のガーデンで出会ったことを、もっとはっきりと口止めしておくべきだった。
バレたらお互い困ると思ったのだけど、困ったのはわたしだけ。
ランベルト王子の意図がわからない。考えてもわからない。
今日からトークタイムが始まる。
ガーデンに集まった姫と王子に、神殿女官が再度、説明をしている。
それを聞きながら、提出済みの希望票を思い出す。
第1希望から順に、弐国リーンハルト王子、四国ユリウス王子、五国ランベルト王子、七国ディルク王子、九国ケヴィン王子、と国数の順にするつもりだった。けれどランベルト王子の不審な行動から、五国を第5希望に回した。
説明していた神殿女官が咳払いをする。
「注意事項を説明させていただきます。
まず、リーンハルト殿下、ユリウス殿下、ディルク殿下、ケヴィン殿下は、拾国の姫君のみをご記入されました。
殿下方、一人の候補者のみ書かれますと、組み合わせが難しく、トークタイムができません。これは零国が望む箱庭の趣旨に反すると、判断いたしました。
今日は初日ということもあり、強制的に組み合わせを決定させていただいております。今後は、できれば5人、少なくとも3人の姫君のお名前を書かれますよう、お願いいたします。
なお、指名された姫君には拒否権があります。とはいえ、拒否されてばかりでは箱庭の儀が進みません。拾国の姫君にはその旨をお伝えいたします。
そして、ランベルト殿下、5名の記入欄全部に同じ姫君の名前を書かれるのも、お控えください。」
やはり皆、拾国の姫君が何か知っているのではないかと、考えている。
100年に一度の箱庭の儀、今回は80年後だった。それを銀の巫女姫が予言したとかしないとか。
そして、ランベルト王子が書かれた姫の名前まさか、わたしとか。なんて、それは自意識過剰というもの。
顔を上げれば、ランベルト王子と目が合った。
儀式の前に出会ったとバレたら非常に困るのだけど。それとも、何か想像もつかないような理由があるとか?
わたしは内心おののきながら、何とか表情を取り繕う。
神殿女官が今日の組み合わせを告げる。
「テレーゼ姫とケヴィン殿下、シャルロッテ姫とランベルト殿下、……」
続きを聞かなくては、でも。
なぜ第5希望。なぜランベルト王子。なぜわたしは、これほど動揺してしまうの。
第三館に移動する。
トークタイムの部屋で向かい合ってソファに座る。
「シャルロッテ姫、よろしくお願いいたします。」
王族らしい意匠を凝らした騎士服のランベルト王子が、礼儀正しくわたしに声をかける。
あの夜もそうだった。
「姫?」
「いえ、申し訳ありません、トークタイムというものは初めてなので、少々戸惑っておりました。」
「私もです。」
ランベルト王子の深みのある声。あの夜もそうだった。
あんなわたしを見られたから、取り繕いたい。
子どもっぽいと思われないように、取り繕いたい。
壱の姫として見えるように、取り繕いたい。
けれど、あんなわたしを見られた後では、どう取り繕ったら良いかわからなくなる。
ランベルト王子が提案する。
「姫、もしよろしければ、どんなふうに休日を過ごされているのか、お聞きしたいのですが。」
……トークタイムってそういうもの?もっと、長所や使えるスキルに知識教養をアピールする、そんなイメージだったけど。
とりあえず質問に答えてみる。
「庭園で過ごすことが多いです。四阿で楽器を弾いたり、本を読んだり、ティータイムを。あるいは散歩をして過ごします。」
……しまった。そのままを、取り繕いようのない返答をしてしまった。もっと姫らしい回答があったかもしれないのに。
そんなわたしを、ランベルト王子が見ている。あの夜もそうだった。
「夜も散歩をされますか?」
ランベルト王子が聞く。その質問はやめてほしい、けれど。
あの夜も、そして今も。ランベルト様のわたしを見る視線は、子どもに対するものではなく、あきれているのでもなく、まして馬鹿にするでもなく。
好意的な、あたたかな眼差し。
取り繕いたい。でも、どんなわたしでいたらいいのか、わからなくなっていく。
「侍女が心配しますので、夜は時々。
ランベルト様は、休日をどのようにお過ごしでしょうか?」
とりあえず同じ質問で返す。ランベルト様が笑みを浮かべる。
「遠乗りに行くこともありますが、部屋で過ごすことも多いです。本を読んだり、あるいはチェスを少し。」
遠乗りが好きなの?馬が好きなの?どこに行くのが好き?どんな本を読むの?読む本は決まってる?チェスは、わたしには全然分からない、おもしろいのかな?
そんなことをぱっと思い付き、どう会話をすれば壱の姫らしいのか考え、そして。
ランベルト様が知りたいのはそんなことではなさそうだと、そんな気がした。わたしの壱の姫らしさが知りたいのではなく、ただ。
答えでも問いでも、シャルロッテというわたしのことが知りたい、そんな気がしてしまった。
「遠乗りでは、どんなところに行かれますか?」
思いついたままに聞いてみる。ランベルト様が答える。
「行き先よりも、馬に乗ることを楽しみます。起伏のある丘や草原が好みです。
姫は乗馬をされますか?」
「王女として習う範囲内でしたら経験があります、という程度なので。
丘や草原を馬で走るというのは、あまり想像もできなくて。」
「お嫌いでなければ、走らせなくても、常歩でも楽しめると思いますよ。
庭園がお好きならば、時には丘や草原で過ごされるのも良いのではないかと。
儀式の最中でなければ、私がお誘いしたいくらいですが。」
えっと、それは。
「早駆けを楽しまれたいランベルト様と、常歩がやっとのわたしでは、お誘いいただいてもご希望に添えるかどうか。」
たぶん無理、きっと無理。けれど、ランベルト様は再び笑みを浮かべ、断言する。
「そんなことはありません。楽しみ方はいろいろありますので。」
……よくわからない、と思っているうちに、ランベルト様が話題を変えた。
「姫は、どのような本を読まれますか?」
「お気に入りの詩集があって、最近は繰り返しそれを読んでいます。
物語も好きです。挿絵がきれいなものも好きです。」
「今度、見せていただけませんか?」
「令嬢が好むようなものなので、果たしてランベルト様がご覧になって楽しいかどうか。」
「かまいません。姫のお好きな詩でも、挿絵のある物語でも。」
……これ、どのくらい社交辞令?詩集は持ってきいるけど、どのくらい本気?
とりあえず、質問で返す。
「ランベルト様は、どのような本を好まれるでしょうか?」
「歴史ものをよく読みます。例えば……」
こんな感じで会話は続き、話題が途切れることもなく、1時間半のトークタイムを行った。
終わった後、すっかり忘れていたことに気づいた、儀式の開始前に出会った件について口止めしておくのを。会話に気を取られすぎた。そんな自分にがっかりした。
午後はクリスタ姫をお茶会にお誘いした。国数の順に、参国クリスタ姫、六国イザベル姫、八国テレーゼ姫の順に誘ってみる計画を立てている。
クリスタ姫とは共通の話題が分からなかったので、国での毎日の過ごし方について聞いてみた。
多くの時間を大学園で過ごされているようで、今調べている古代遺跡の話、珍しい植物の話、風系魔法を封入した魔石の話などをお聞きした。わかりやすく明朗な話し方、クリスタ姫は才女という言葉が似合うと思う。
そこから話は広がって、大学園のティールーム、好きなケーキ、そんなこともおしゃべりした。
トークタイム2日目、ガーデンにおもむけば今日もランベルト様の眼差しを感じる。わたしは自意識過剰すぎるのでは、そんな気もしてきた。
2日目のお相手はディルク王子。魔獣の出現状況と場所を聞かれた。わたしが把握している限りお伝えしたけれど、王子には不十分だったご様子。この方は何か、知っているのかもしれない。
午後はお茶会。イザベル姫が招待に応じてくれた。クリスタ姫いっしょにということだけど、トークタイムより緊張する。
「箱庭の儀が開始される前日のことですけれど、無作法な振る舞いをしていまい、少々申し訳なかったと思っておりますの。」
と澄まし顔のイザベル姫。どんな言い方であれ、自分の非を認められるのはすごい。
クリスタ姫がにっこりと笑う。
「お手洗いなら仕方ないと思いますわ。」
それはフォローになっていないのではと思い、口をはさむ。
「目にゴミが入って、の方がよろしくありません?」
しかし、イザベル姫はあきれたご様子。
どうしようかと思ったけれど会話は続き、モテない話までしてしまった。けれど、場の雰囲気は悪くならず、むしろ楽しいおしゃべりで終わった。
でも不思議。クリスタ様も、イザベル様も、わたしよりよほど姫らしいのに、モテないらしい。
お茶会の途中、ランベルト様がガーデンに来られたのが目に入った。ディルク王子と何か話されている様子。そして一瞬、わたしに向けられた視線を感じた。
その夜、今までのあれこれを思い出して考える。
夜のガーデンで出会ったことがバレたら、お互い困ると思った。
でもランベルト様は違った。わたしは困るけど、ランベルト様は困らない。
それならば、やはりランベルト様には早急な口止めが必要なのでは、という思いに駆られる。
なぜ困らないのか、わたしに視線を向ける理由は何なのか、ランベルト様の意図がわからない。考えてもわからない。
いっそ、ランベルト様に聞けばいいのかもしれない。
そう、聞いてみればいい。
真夜中の寝室で、部屋着に着替えストールを羽織る。フレンチドアを通り、小道に出て、ガーデンに向かう。
光玉が漂う。影が揺れる。
わたしの足音と、どこからか聞こえてくる噴水の水音。
ガーデンに着けば、ぽつんと置かれたままのテーブルがあった、その椅子に座る。
ぐるりと見回せば、咲き乱れる白い花々と揺らぐ影、そして暗闇。
誰もいない。誰も、いないみたい。
思い付きでここまで来た。結局、誰もいなかったけど。
がっかりしたのか、ほっとしたのか、自分でもよくわからない。
ただ思い出した、ランベルト様の声と大きな手を。それだけ。
でも、せっかく来たのだから、楽しまなければもったいない。
ガーデンの小道に沿って歩いていく。気の向くままに歩いていく。
聞こえてくるのは水音と、わたしの足音だけ。
そしてまた噴水にたどり着いた。
わたしは、ここが好き。
夜の静寂に水音が軽やかに響いている。
噴水の縁に腰かける。
見上げれば無数の淡い光、星の影。ここには、わたししかいない。
目を閉じる。
ただ、水の音を聞く。途切れることのない水音を聞く。
どのくらいそうしていたのか、不意に重い靴音がした。
目を開ける。
「姫、そろそろ戻られませんか。」
落ち着いた深みのある声。
ゆっくりとこちらに歩いてきたランベルト様が、わたしの前にひざまずく。
……驚いた。
でも、まだ戻らない。聞きたいことがある、まずは。
「いつから、いらっしゃったのですか?」
「少し前からです。」
落ち着いた返答、礼儀正しい態度。
聞きたいことがあるならば、聞いてみるしかない。
「今日もその前も、あのようにわたくしをご覧になっては、すでに出会っていたことが皆に知られてしまい、わたくしにとってもランベルト様にとっても、都合が悪いと思うのですが。」
「誰も、気にしていませんでしたが?」
これも落ち着いた返答。
でも、しれっとそういうことを言わないで。あれは誰もが気づいていた。
「では、なぜ、あのようなことをなさるのでしょう。理由をお聞きしたいのですが。」
ランベルト様の落ち着きが、少し揺らいだように感じた。
「姫は戸惑われていました。今も、戸惑われている。
私が理由を話せば、もっと戸惑われることでしょう。」
ランベルト様が顔を伏せる。
それでも、聞かなければ対策を講じることができない。
「わたくしは壱の姫としてここに来ています。十国のうち壱国だけが行使できる権限があることは、ランベルト様もご存知のことと思います。その権限を持つからこそ、わたくしはできるだけ公平であらねばなりません。卵を孵す役割を得やすくするため、箱庭の儀のルールを軽んじ、皆に先んじて参加する王子と出会った、そう見なされることは避けなければならないと、わたくしは考えます。
一昨日、ランベルト様と出会うに至ったわたくしの行動は、軽はずみでした。できることなら、出会わなかった状態にするべきなのかもしれません。」
ランベルト様が顔を上げる。
思い出す、重ねた手、触れた指先、その熱を。
「私は、姫の行動を軽はずみとは思いません。私の行動もまた、箱庭の儀のルールを軽んじたものではありません。出会わなかった状態に戻すことは、私にはできません。」
揺るぎない返答、どこまでも礼儀正しく、真摯な眼差し。
「シャルロッテ姫、要するに、私はあなたに一目惚れをしました。」
トークタイム3日目、早めに支度が整う。
昨夜は結局、ランベルト様に部屋まで送っていただいた。
わたしは何も言えず、ランベルト様もあれ以上は話されなかった。わたしに何かを望まれることも、なかった。
部屋にいるのも落ち着かず、早めにガーデンにおもむく。
すると、ランベルト様だけがガーデンの一角にたたずまれていた。
わたしはまだ、この状況にどう対応したらいいのかわからない。立ち尽くしたわたしに向かって、ランベルト様が歩み寄る。その眼差しは昨夜と変わりなく、けれど。
ランベルト様が苦笑する。
「申し訳ありません。姫がこれほど動揺されるとは、予想外でした。」
何となくムッとした。
「予想外とは、どういうことでしょう?」
「姫は、男から愛を告げられることなど、慣れていらっしゃるとばかり。」
やっぱりムッとする。わたしはこんなにも取り繕えないのに。
「今まで、わたくしに求婚した殿方はおりません。恋人がいたこともありません。
そもそも、恋人や婚約者がいるような場合、箱庭の儀に参加できないことはご存知のこと思いますが。」
ランベルト様の表情が明らかに驚いたものに変わる。
「そう、でしたか。それは嬉しいです。」
……嬉しいって、何。
ランベルト様が一歩、わたしに近づく。
「昨夜お伝えしたことは、私の気持ちそのままです。ですが、姫が戸惑われるだけならば、言うべきではなかったかと、少し後悔していました。
今、その後悔はなくなりました。
ただ、やはり姫は戸惑われているご様子。今は、これ以上の言動を控えますので。」
取り繕いたい。
取り繕えるならそうしたい、わたしは壱の姫であると。壱の姫としての役割と果たしていると。
けれど、どう取り繕ったらいいのか、もうわからない。
だって、ありえない。
ランベルト様がわたしを好きらしいということも。わたしが誰かを、気になっているということも。
だって、わたしはこれだけは大丈夫だと思っていたのだから。絶対に大丈夫だと。
誰かがわたしを好きになることはないと。わたしもまた、誰かを好きになることはないと。
それなのに。
ランベルト様がまた一歩、わたしに近づく。そして、声をひそめてわたしに告げた。
「夜にガーデンを散歩されるのであれば、護衛をさせていただきたいのですが。」
……わたしは、ひとりで散歩したいのだけど。
トークタイムは進んでいく。
リーンハルト王子とは、お互い長所や使えるスキルに知識教養を出し合う、そんなイメージ通りのトークタイムだった。ただ、少し不思議な感じもした。結婚相手として品定めされているというよりは、人となりを見定める、そんな雰囲気だったから。
ケヴィン王子は、トークタイムの部屋には共に入ったものの、会話しても無駄だろうと、すぐに部屋を出てしまわれた。わたしは興味があったから、残念。わたしと同じように、卵を孵すこととは別の役割を担われて箱庭に来られた、そんな感じがしたけれど。
ユリウス王子は、興味深かった。箱庭とは何か、卵とは何か、そんな一見当たり前のことを改めて聞いてくる王子の目的は、何なのだろうかと。
姫同士のお茶会もできた。
3日目は再びクリスタ様と。
4日目はテレーゼ様もいっしょに4人の姫で。
5日目は拾の姫君をお茶会にお招きしたけれど、受けてはいただけなかった。
ランベルト様とは、朝のガーデンで挨拶をして少し会話をする。
午後もガーデンで会えば、少し会話をする。
夜の散歩は行っていない。
そして時々、ランベルト様の視線を感じる。
ランベルト様のわたしを見る眼差しは変わらない。わたしを包み込むような、あたたかい眼差し。初めて出会った夜も、今も、いつも、いつも。
そしてわたしは、わたしの気持ちを自覚する。ランベルト様の視線を感じるそのたびに、ランベルト様が気になることを、日に日に増してゆくこの気持ちを。
わたしは卵を孵す役割を得てはならない。けれど、出会わなかった状態には戻れない。戻ることはできない。だから、この状況にどう対処すればいいのか、分からない。
2日間の休日、その後2週目が始まった。
1週目と同じようにトークタイムは進んでいく。
そして、王子方と毎日挨拶をかわし、トークタイムだけでなく何かしら会話をすれば、分かってくることがある。
王子の誰からも、卵を孵す役割を得たいという意欲を感じない。
では、零国の招請に応じて、国からの命を受けて箱庭に来ただけかというと、そうでもない。
ディルク王子は知っていることがあり、何かを調べている。
リーンハルト王子も何かある。それは姫や王子に関すること。
ケヴィン王子は、この性格の方に命令するのはたぶん無理。本人が望んで来ているはず。では、その望みとは何なのか。
ランベルト様も、実は不思議。わたしに対し、卵を孵す役割を得ようとは持ち掛けてこない。理由は分からない。
そして、ユリウス王子。この王子が一番分からない。やる気もなく、のんびりと、ただ流されてここに来ただけ、そんなふうに見えるのに、どこか奇妙でちぐはぐな印象。
同時に姫についても、わかってくることがある。
クリスタ姫は、卵を孵すことについては興味がなさそう。したいのはもっと別のこと、という感じ。ディルク王子と書庫で何か調べられているようだし。ただ、お二人は良い雰囲気に見える。
テレーゼ姫は、箱庭でなんとか過ごすことができれば、それで良いみたい。たぶん八国の事情が原因だと思われる。ただ、テレーゼ姫は気づいていないようだけど、姫を気にかけている王子がひとりいる。
拾の姫は、見事に引きこもり状態。姫の部屋に女官の出入りはあるけれど、本人の姿は見えない。本当にそこにいらっしゃるのかと、そんな気もしてくるほど。
イザベル姫は、卵を孵す役割を得ることに対して、最もやる気のある方。是非お願いしたい。わたしは心から応援している。ただ、やる気のある王子がいない。
箱庭に来る前、思い描いていた姫と王子のイメージは、平たく言えば、卵を孵す役割を奪い合うというもの。だから、何かしらの調整が必要なはずだった。
だから、わからない。けれど、調整の必要がないとも思えない。わたしが知らない何かがある、そんな感じもする。
トークタイム2週目の最終日。
今日も、いつもと同じ朝になるはずだった。
朝、ガーデンに向かえば、すでにランベルト様とディルク様がいらっしゃった。お二人に挨拶をして、来られたクリスタ様にも挨拶をし、それから席に着こうとして、呼び止められた。それがケヴィン様だったので、ちょっと驚いた。
話があると言われ、かなり大雑把に腕を引っ張られる。よろけてしまったわたしを、ケヴィン様が「悪い」と言いながら、これまた大雑把に引っ張る。その結果、抱きとめられるような格好になったものだから、わたしも慌てる。そこにランベルト様が割って入った。
わたしを背にかばうようにして、ランベルト様が剣を抜く。その眼差しが剣呑で。それを見たケヴィン様が、好戦的に応じて剣を抜く。この方、単に戦いたいだけでしょう!?それ見ていたディルク様が「何やってるんだ!?」と剣を抜いて止めに入る。本当に何してるのかな……!!
「壱国の姫としての権限を行使します。
両者、剣を引きなさい。ここで争ってはなりません。
わたくしがよろけたのは、わたくしの不注意です。
九国ケヴィン様、五国ランベルト様、わたくしを気づかってくださったこと、感謝します。
七国ディルク様も、ご配慮ありがとうございました。」
ケヴィン様がつまらなさそうに剣を引く。ディルク様が剣をおさめ、ランベルト様も剣を下した。
「シャルロッテ様、ちょっと失礼。」
とクリスタ様が、わたしの少し乱れた髪とドレスの裾を直してくれる。
ほかの姫と王子もガーデンに集まり、いつもの雰囲気に戻る。
ひとまず騒動はおさまったものの、ランベルト様の表情はまだ険しい。
でもここで、これ以上ランベルト様の肩を持つことはできない。ランベルト様の行動は、きっとわたしのためだったのだろうと、思うけれど。
だから、メッセージカードを送った。ランベルト様に宛てて、夜、ガーデンの噴水のところでお会いしましょうと。
夜、噴水に着けば、ランベルト様はもう来られていた。
そして、私の前で騎士のようにひざまずき頭をたれる。
「朝の件は申し訳ありません。姫の手を煩わせるようなことを。」
ランベルト様の声が固い。
……これ、自意識過剰過ぎじゃないといいのだけど。
「朝のことは、わたくしのためにしてくださったのだと、勝手にそう思ったのですが。
ケヴィン様はただ大雑把なだけですが、それをわたくしを蔑ろにするような行為だとお思いになり、わたくしのために剣を抜いてくださったのだと。」
ランベルト様が顔を上げる。
「シャルロッテ姫、私はあなたを愛しています。」
まっすぐな眼差し、どこまでも真摯なその言葉。
わたしは疑問に思っていたことを、聞いてしまう。
「出会ったばかりでも?」
ランベルト様が答える。
「私も驚いています。時間をかけて育つ愛もあるでしょう、しかし一瞬で心が決まる愛もある。」
「けれど、こうして何度もわたくしと会っていれば、その、最初の印象と違う、思っていたのと違うということもあるのではありませんか?」
「ますます愛しいと、そう思う気持ちがつのるばかりです。」
……熱が、初めて出会ったとき指先に感じた熱が、体中にあふれるような気がする。
それを抑えるように、ぎゅっと両手を握り、うつむけば。
「シャルロッテ姫、」
と名を呼ばれる。少し顔を上げれば、ランベルト様と目が合う。
「これは私の気持ちをお伝えしたまで。姫のお気持ちを今すぐお聞きしようとは思いません。
ですが。」
ランベルト様が言葉を切る。その眼差しに熱がこもる。
「トークタイム、ほかの王子と会話をすることは、姫にとって必要で重要なことだと理解しています。
ですから、私はこのガーデンで待っています。
私が待っていることを、どうか覚えていてください。」
ランベルト様が立ち上がり、わたしに手を差し出す。
「部屋までお送りします、姫。」
真っ暗な寝室で、わたしは座り込む、ただ両手を握り締めて。
でも、心からあふれてくるものは。
嬉しい。
ただ、嬉しい。
こんなにも、ランベルト様の言葉を嬉しいと感じている自分がいる。
気持ちを伝えてくれた、その言葉に応えることもできないのに。
均衡を崩さないため、誰かと愛を育んではならない。
そう伝え、あなたを愛することはできないと言えば、簡単に問題は解決する。
でも、わたしはそうしたくない。
あんなに真摯に気持ちを伝えてくれた方に、わたしはわたしの気持ちを偽りたくない。
だから考えなければ。
今まで、わたしには関係ないと深く考えなかったこと、知ろうとはしなかったことを。
愛を育むとは、具体的に何を指すのか。どの行動がそれに結びつくのか。
卵を孵すとは、結局どういう意味なのか。
その条件とは、最終的に何なのか。
それを、知らなければ。
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