第4話 初日〈八の姫テレーゼ〉
“戻れると思うな、役割を果たせ、たとえ死んでも。”
命じられたことはこれだけです。
役割というのは、姫として卵を孵す役割を担ってくるように、ということでしょう。
国のため死ぬ気で、途中で放棄することなど許されない、そんな意味だろうと思われます。
でも、私はそれについては詳しくないのです。
当たり前です。
零国の大神殿が行う“箱庭の儀”と呼ばれる儀式は、姫か王子のみが参加できるのです。
それなのに、なぜ私が、箱庭なんて場所に来ているのでしょう?
王の考えることは、ホントわかりません。
しかし、箱庭の儀がまだスタートすらしていない昨日、もう失敗するとは、反省をしなくてはなりません。
昨日こちらに到着して、三人の姫君にお会いしました。
ただでさえバレないかと緊張しているところに、姫君が三人も。
会話するどころではありません。
姫君オーラがすごい中に、平凡な私が一人……。
壱国のシャルロッテ様は、これぞお姫様というイメージの可愛らしさ。
参国のクリスタ様は、知的、聡明という言葉が似合いそうな姫君。
六国のイザベル様は……、何がお気に障ったのか、私にはさっぱり分かりませんでしたが。気に障ったということを、かくも堂々と行動で表すことができるとは、素晴らしいと思います。
そして、ガーデンには来られなかった拾国の巫女姫様。なぜずっとお部屋にいらっしゃるのか、やはり私にはさっぱり分かりませんが。引きこもりたいという希望をいかようにしてでも叶えんとするその心意気は、賞賛に値します。
けれど。
思えば不思議です。なぜ皆さま、私が本物の姫じゃないって、気づかなかったのでしょう?
実に不思議です。私には姫君オーラはもちろん、姫君らしさなど何もないというのに。
ということは、姫の中にも私のような平凡タイプがいるということかもしれません。
物語の中に、そんな姫君が出てくることもありますし。
きっとそうです。そうに違いありません。そういうことにしておきましょう。私の心の安寧のために。
けれど。
王の考えることは、やはり分かりません。
ここに来るはずだった姫君が、駆け落ちされたからといって。
没落した子爵家の娘を、姫君に仕立て上げようなど、無理無茶無謀以外の何ものでもないと思われるのですが。
……ああ、王様の耳はロバの耳って叫びたい。
残念ながら、この替え玉作戦は決行されてしまいました。
私は、これからのことを考えてみるしかありません。
ままならないことというのは、あるのです。それは知っていますから。
うちの家だって没落しましたし。悲しいことですが。
しかし、私が本物の姫ではない以上、役割を果たすのは難しいと思うのです。
やはり、箱庭で必要なのは姫。零国が、大神殿が言っているのだから、絶対です。
その絶対を破ることは、絶対やってはならないのです。
王子様方をだますことになるのも、心苦しいです。
だからといって、私が姫ではないと告白して、皆様から非難の視線を浴びる、というのも避けたいところです。私が姫ではないとバレて罰を受ける、などということも回避したいのです。
つまり、真面目に姫として儀式に参加しているように見せながら、誰とも愛を育むような関係にならなければ良いのだと思います。
万が一、愛を育むようなことになっては超絶、困ります。だって私は姫じゃないですから。
だから、無難に、穏便に、ちゃんと参加してますよという雰囲気を出しつつも、どの王子様にも選ばれないよう振舞えばよいわけです……。
私、誰かに選ばれるかもしれない前提で考えていますが、そもそも王子様が私に目を留めるということがあるでしょうか?
茶色の髪の、平凡な顔立ちの、平凡な体つき、これといって目立つところのない私が?
ああ、良かった。ほっとしました。
頑張っても、頑張らなくても、王子様が私に目を留めることなど、万が一にもありえない。
ああ、良かった。……それはそれで、悲しいことではありますが。
そして、今日からが本番らしいです。
まず、姫君と殿下方と顔合わせらしいです。
大丈夫、きっと何とかなると思います。たぶん、何とかなるといいなと思います。
この箱庭での私の世話は、女官の皆様方がしてくださいます。
こんな生活は久しぶりです。いえ、かつて令嬢であった時以上です。
ここには姫と王子しか入れません。お付きの侍女や従者も入れません。だからでしょうか、女官の皆様は、姫君のお世話をするだけの高いスキルをお持ちだと思われます。いえ、確定です。
今日のメイク、そして結い上げられた髪。たぶんですが、流行を押さえつつも、私に似合うようにしていただいているのだと思います。
そして、何ということでしょう。持ってきたドレスを、無理矢理持たされたドレスを女官の皆様が私に合うように調整してくださったのです。
鏡に映っているのは、自分で言うのもなんですが、淑やかな上品さをまとった令嬢。
驚きました。とても驚いています。これが驚かずにいられるでしょうか。
私至上、最高に綺麗。
だってこの平凡な私が、平凡ななりにも綺麗になれるのだと、初めて知ることができました。
もちろん、外見だけ整えたところで、姫君になれるとは思っていません。マナー、社交、教養どれをとっても、私には足りないところしかありません。
そもそも、私が姫ではないということは、絶対的に変わりません。
それでも、今日は少し顔を上げてみようと思います。
女官に連れられて、ガーデンにおもむきます。
指定された席に着こうとして。
とりあえず、つまずきそうになりました。ぎりぎりで回避しました。
大丈夫。ここに座っているだけで、私は私を褒めます。
大きな円形のテーブルに、王子様が5人、姫君が3人、そして私。
席が一つ空いています。拾国の姫君は今日も欠席のようです。引きこもりたいという意思を貫かれたのでしょうか。お見事です。
イザベル姫は、昨日のことなどなかったかのように、澄ましてお座りになっています。気に障ったけれどそれ以上は引きずらないということでしょうか。こちらも素晴らしいです。
儀式の進行を司る神殿女官が、開始を宣言しました。
箱庭の儀、詳しいことはここに来た姫または王子しか知ることはできません。
いよいよです。さあ、どんなことが始まるのでしょうか?
固唾をのんで見守ります。
神殿女官が告げます。
「では、殿下方から自己紹介をお願いいたします。」
……拍子抜けしました。単に自己紹介でした。
初対面どうしなら、そういうものかもしれませんが。
あ。
私の自己紹介は、いったいどうしたらいいのでしょうか!?さっそくパニックになりそうです。いえ、もうなっています!
落ち着いて、私。大丈夫。大丈夫じゃないけれど、大丈夫。
ひとまず様子を見ることにしましょう。先に殿下方の自己紹介、その次が姫君、この席順なら私は最後です。最後には何か話さなければなりませんが、まだ時間があります。
まずは、右端の殿下からお話になります。
「弐国の第三王子、リーンハルトです。僕は大学園に在籍していますが、兄について財政方面の仕事も始めています。趣味は読書、特に歴史の本が好きですね。」
なるほど、肩書や、今なさっていることと、それに軽く趣味を付け加えれば良いとわかりました。
簡潔に、自慢でなく、卑下でもなく、ごく自然にご自身のことをそのまま話されていると感じます。読書のジャンルに歴史と付け加えられたのも、何となくお人柄がわかり良いと思います。模範解答のような自己紹介です。
さすが王子様、このような回答をすらすらと口にすることができるとは、何度もこのような場に遭遇され熟達されたに違いありません。
回答と同様、この場にふさわしい正装をきちっと着こなされ、しかもお似合いです。
次の殿下が話されます。
「四国のユリウス、第三王子。オレも学園生。ちょうど試験の真っ最中でさ。ここに呼ばれて助かったよ。」
……なんか軽い。
お人柄がよくわかる自己紹介ですが、助かったというところをにっこり笑って話されるので、より軽さが目立ちます。せかっくの正装が台無しでは、と心配になってしまいました。
しかし、この自己紹介でもOKなのでしょうか?
次の殿下です。
「五国のランベルトです。第二王子として騎士団に所属していますが、大学園にも在籍しています。
学園では主に、政治、経済を学んでいます。」
……やりすぎ。
何となく気づいてはいましたが。礼儀正しいけれど目つきの鋭い方が、壱の姫君だけを見て話しかけられています。黒い軍服風の正装が、威圧感に拍車をかけます。
先のお二人の殿下は、少なくとも姫と王子と、つまり全員に向かって話されていましたが。
壱の姫君は、できるだけ動揺を表さないよう努力して、それでも戸惑いが隠せない、といったご様子です。お気の毒だから、そのくらいにしてあげてください。
次の殿下です。
「七国のディルク。第四王子で学園生。魔獣の討伐もやっている。」
……そっけない。
国、名前、肩書、プラスアルファ。必要事項はそろっていますが、そっけない。王子様らしい正装をなさってますが、窮屈そうです。
しかし、この自己紹介でもOKというサンプルを得ました。
最後の殿下です。
「九国のケヴィンだ。何か知りたけりゃ、俺に直接聞いてくれ。」
……態度が大きい。
椅子の座り方からしてマナーがなっていません。こちらも王子様らしい服装をなさってはいますが、着崩されていますし。箱庭の儀などどうでもいいと言わんばかりの、態度の大きさです。こういう方に近づくと振り回されそうなので、勘弁してほしいです。
しかし、このような自己紹介でもOKというサンプルが得られました。
これで殿下方の自己紹介は終わりですが。
不思議です。
どうして、いわゆる王子様って方がいらっしゃらないんでしょう?どうして、普通の王子様って方がいらっしゃらないんでしょう?
いえ、弐国のリーンハルト殿下は、まさしく王子様という雰囲気です。そのイメージが強すぎて、物語に出てくる王子様を見ている感じすらします。
王子様といえど、皆さま個性的ということかもしれません。きっとそうなのでしょう。そうなのだということにしておきます。
次は姫君方の自己紹介です。
まずは壱の姫君。今日のドレスは全体的に控え目な印象です。ほかの姫君に花を持たせようという意図をお持ちなのでしょうか。それでも可愛らしさは変わりませんが。
「壱国のシャルロッテです。大学園に在籍していますが、今は姉達について視察に同行することが多いです。趣味はクラヴィーアを少し。」
自己紹介も控え目にされましたか。趣味も、姫や貴族の令嬢なら一度は習いそうな楽器のクラヴィーアです。
次は参の姫君。昨日もそうでしたが、装飾の少ない、シンプルでクラシカルな型のドレスです。姫の知的な雰囲気にお似合いです。
「参国のクリスタです。学園生で、数人の教授について学んでいます。趣味は読書、いろいろ読みます。」
わかりやすく、はきはきと話されます。
具体的にどんなことを学ばれているのか、どんな本を読まれるのか気になりました。私が聞いても、下地となる知識や教養が足りないので分からないかもしれませんが。
次は六の姫君。気合が入っているのがわかるドレスです。流行や服飾については詳しくない私ですが、アシンメトリーなデザインを取り入れたドレスがよく似合われています。
「六国のイザベルですわ。大学園に在籍して幅広く学んでおります。今は、マナーや社交を磨き、知識と教養を培う時期と考えています。趣味は、刺繍をたしなんでおります。」
う~ん、素晴らしいです。堂々とした話しぶりに加えて、壱の姫君と参の姫君の自己紹介を踏まえた上で、独自性を打ち出されています。
ここで愛を育み箱庭の卵を孵した後は婚約、そして結婚になるわけですから、結婚相手として優良なスキルを持っていることを強調されたいのでしょう。趣味の刺繍も、女性らしさをアピールということだと思います。……私に伝わっても、殿下方に伝わらなければ意味がないかもしれませんが。
さて、とうとう私の順番がきてしまいました。
自己紹介、これどうしろっていうんでしょう。王の考えることは、ホント謎です。
自国の姫君のことですから、多少知っていることはあります。学園生だとか、歌がお好きだとか。しかし、それを話せば詳しく話を聞かれることになるでしょう。実際に歌うということにもなるかもしれません。そうなったらお手上げです。
王の計画は杜撰すぎます。
替え玉にするならするで、もうちょっとどんなことを話せとか、どんな振る舞いをしろとか、教育をすべきだと思うのです。替え玉の成功率を上げるために、こういった教育は必須でしょう!
今のままでは、成功率が1パーセントもありません。
短い時間でしたが、方針は考えました。
なるべく嘘はつきたくありません。なぜならば、ボロが出るのが早くなるだけだからです。
結論。仕方がないので、そのままを話します。
「八国から参りました、テレーゼと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
ええ、駆け落ちされた姫君となぜか名前は同じだったので、自分の名前だけは偽らずにすみます。
姫君方からも、王子様方からも、え、それだけ?という視線をいただきましたが。
いいのです。私はこれで、いいということにするのです。
ああ、それにしても。こんな欲求にかられます。
叫びたい。
今ここで、叫んでしまいたい。
王様の耳はロバの耳!
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