第3話 前日~初日〈六の姫イザベル〉

 気まずいわ。

 というか、やってしまったわ。

 夜中の寝室で一人反省会なんて、わざわざやりたくなんてないのに。


 昼間の姫たちとのお茶会。

 二人の姫が髪色の話をしていて、別にあたしの髪がどうとかそんな話じゃなかったにも関わらず。

 カっとなって。


 姫たちと仲良くしたいとは思わなかったけど。

 だって仲良くしたところで、箱庭の儀の趣旨を考えると、つまりはライバルってことじゃない。

 卵を孵す姫と王子は1組だけ。

 だから、ライバルとしていろいろ駆け引きしたり、欲しい情報を手に入れるためにこちらの情報を交換条件として出すとか、相手の望む行動をしてあげるとか、たぶんそんな事をすることになりそうだと思ったわよ。

 だけど、ことさら仲悪くする気もなかったのに。

 

 自分の短気さが恨めしい。

 でも、無理。

 髪の色を言われると、もう。

 

 あたしの国は金髪が好きなのよ。そして赤毛が大嫌い。

 赤毛だから、性格が悪いだの、頭が悪いだの、姫としてふさわしくないだの。

 くだらないわ。髪の色とその人の人格とはまた別よ。

 でも、あたしの周りは蔑みと嘲笑、同情と哀れみそればかり。

 

 だから、努力したのよ。勉強に、マナー、それから社交。

 でも、どうしてよ。

 努力すればするほど、できるようになればなるほど、蔑みも嘲笑も、同情も哀れみも、増えていく。

 赤毛がそんなに努力するなど滑稽だと、努力しても赤毛はなくなりはしないのにと。

 だから、もっと努力することにしたわ。

 誰もあたしに文句を付けられないほど、勉強も、マナーも、社交も、全部できるようになればいいと。


 ま、そんなことばかりしていたら、性格ひねくれちゃうかもね。

 あたしの努力がまったく無駄だとは思わないけれど、それだけじゃどうにもならないから、別のことで見返してやりたくなったわ。

 何しろ箱庭の儀式に参加することが決まった時、“役割を果たせ、さもなくば生贄になれ”なんて言われたのよ。どんな嫌味よ、ムカついたわ。だから!

 この箱庭で、イケメンでハイスペックな王子様をつかまえて、ついでに卵も孵せば、いわば凱旋よ。

 国に戻ったら、誰もあたしに何も言えないわ。いっそ、ひれ伏せばいいわ。

 そのためにも、絶対に、イケメンハイスペック王子をつかまえるんだから!


 ま、そんなことばかり考えているあたしが、一番くだらないんだけど。




 そして翌日の午後。

 箱庭の儀を開始するということで、再びガーデンに集まることになった。

 ……気まずいわ。早めにどこかで一言、マナーを失して申し訳なかったとか何とか、言っておきたいけれど。


 ガーデンにおもむけば、白いテーブルクロスのかかった大きな丸テーブル、そのこちら側は姫、向こう側には王子が座っていた。

 空いている席は3つ。

 女官に席まで案内される。姫の席は壱、参、六、八、拾の順ってわけね。

 軽く一礼して座る。

 

 壱の姫と参の姫に目礼すれば、壱の姫は微笑んで、参の姫はごく普通に目礼を返した。

 ちょっと待って、何その昨日のことなど気にしてませんという態度は。それはそれでムカつくわ。  

 仕方なく、澄ました表情で背筋を伸ばす。これくらいしか、今できることがないのよ、まったく。


 そんなことをしている間に、八の姫がやって来た。そしてあたしの隣に座る。

 ずっとうつむいていた昨日とは違って、今日は顔を上げている。昨日、あんなにおびえていたいた姫がね。 

 やるじゃない。気持ちを切り替えられたのか、それとも覚悟を決めた、とかね。


 八の姫はきっと、王家の血は引くものの継承権の順位はかなり低い。けれど箱庭の儀に参加できる年齢の令嬢が彼女しかいなかったから、姫として参加させられた、その推測が一番しっくりくるわ。たぶん彼女はそんなつもりまったくなかったのよ。いきなり箱庭の儀に参加する姫になるなんてね。

 でも、せっかく箱庭まで来たのだから、イケメンかつハイスペックな王子をつかまえちゃえばいいと思うわ。ま、できればあたしのライバルにはならずにね。


 そして、拾国の姫、銀の巫女姫と呼ばれている彼女の席は空いたまま。

 とってもキレイで、求婚する者が後を絶たたない姫君だとか。このまま来ないでくれると、ライバルが減って助かるけど。


 さて次は、王子五人をさりげなく観察してみますか。


 ……1人、あからさまなのがいるわ。というか、あからさま過ぎない?初回なんだから自重しなさいって、言いたくなるくらいよ。

 なんていうか、一目惚れ?壱の姫しか見ていない。 

 一見愚直な騎士タイプに見えるけれど、案外策士かも。さすがにあれだけ態度に出されたら、もし壱の姫が欲しいなら、彼とやり合うことを覚悟する必要があるものね。

 他の王子もそれは分かったって感じ?苦笑するか、面白がるか、知ったこっちゃないって態度。

 見つめられている壱の姫は、かなり戸惑っている様子。

 この件について参の姫はあらまあ!、八の姫はあらあら?という反応。 

 はいはい、結局あたしもそれにならうしかないのよ。まあまあ!ってことで。まず、この王子は除外っと。 


 さてその隣は、興味のないものは興味がない、ってタイプに見える。あたしのこと眼中にないわね。

 ……え?今、一瞬だけど、参の姫とアイコンタクトを取った。

 まさか、この王子と参の姫は知り合いなの?興味のないものは興味がないって王子が、参の姫には興味を示している、みたいな。

 仕方ないわ、この王子も除外ね。

 

 一番右端はこの中ではもっとも王子らしい、誰もがイメージするような王子様に見える。だからかしらね、ちょっと違和感があるっていうか、理想の王子様を演じているような。

 あまり関わりたくないわ、訳ありそうで。


 かといって、この一番左端にいる王子はといえば。こういう場なんだから、足を組むのはやめなさいよ。面白がるように皆を見ながら、椅子の背にもたれかかるってのは、さすがにやりすぎ。これと交流したいかと言われれば、何か面倒、後回しでいいわ。


 残った最後は、お気楽そうな雰囲気の王子様。見たところ、お気楽さしか感じられない。お気楽な雰囲気が強すぎて、ハイスペックかどうかもわからないわ。視線が合ったせいか、その王子があたしに向かってにこっと笑った。眼中にないよりマシだけど、これはこれでどうなの!?


 ……まったく、ため息をつきたい気分だわ。

 たぶん皆、仕事ができるタイプだと感じる。ただし、最後の王子は除く。 

 王子5人、それぞれ方向性の違うイケメンだってのも分かるわよ。


 でも。

 想定外よ、狙いたい王子がいないってのは!

 イケメンハイスペック王子をつかまえる作戦が、初回からして挫折しそう。

 そもそもの作戦が、バカバカしいには違いないんだけど!


 それとも単に、イケメンハイスペックなら誰でもいい、という覚悟があたしには足りなかったかしらね。

 でも、この王子たちを見ていると、誰でもいいとはあまり思えないのよ。


 なら、あたしの好みに一番近いのは誰?

 ……ちょっと待って、そもそも、あたしに好みなんてあったっけ!?

 想定外すぎるわ。そこから考える必要があったなんて!

 今までそんなこと考えたこともなかったのに。この手のマニュアル本があるなら、学んでおくべきだったわ。

 

 拾の姫はまだ来ない。 

 相変わらず、壱の姫が1人の王子に見つめられている。

 ……認めたくないわ、心の中にもやもやしたものが渦巻いてくることを。

 でも、うらやましい。そんな気分になるわ。

 それもそうよ、認めたくはない、でも。あたしのことを好きになってくれる人なんて、いそうにないのだから。


 ああもう。

 この王子と壱の姫が愛を育めばいいんじゃない?

 王子はきっぱり決めましたと言わんばかりだし、壱の姫も戸惑ってはいるけど嫌がってはいないし。

 

 ああもう。

 あたしも誰か一目惚れしてくれない?この中にはいなさそうだけど!

  





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