最終話:リトライダンジョン


「着いた―!!!!」


 さすがに大声が出てしまった。ついに戻ってこれたんだ。メルトの町へ。


 まだまだ発展途上の町だったから、二年前と比べると景色は色々と変わっていた。新しいお店、開拓された土地、見知らぬ人々。でも、カモメが鳴き、多様な人々が当たり前に歩く港町の美しい景観は、変わらない。


「そういえば、センセの家、ちゃんと残ってるで。定期的に掃除もしとる」


「え! そうなんだ、よかったー。心配してたんだよね」


「一度、確認がてら荷物を置きに行きますか? どうせこのあとカイルさんのとこ行かないとならないですよね?」


「あー……そうだね、さすがに戻ってきたよ報告はしないとな……」


「だったら着替えたら? 別に汚れてるって程でもないけどーなんかこう……そこはかとないダンジョン臭が……」


「え! なにダンジョン臭って! ヤダ私絶対しみついてるじゃんそれ!」


 カビ臭いとかそういうことなんだろうか……? どうしても潜れば潜るほど地下深くになるしなぁ……。


「ウチらには臭いとか別にわからんけど、なんかこう……センセ、年頃の女性らしさは皆無よな」


「……そうですね。飾り気、化粧気が全然ないというか……」


「……なんてことを……!」


 ショック! みんなが何かこう、女子に! なっている! ……これが二年の歳月……だってしょうがないじゃん周りに人間いないし、最低限の保湿とかはしてたけど魔力が潤沢だったからそんなに気を遣わなくても大丈夫だったし、人外相手に化粧とか別にいらなかったし……!


「とりあえずセンセー、身支度してから行こっか、うん。なんなら化粧手伝ってあげようか?」


 教え子たちに化粧を手ほどきされる絶望!


「うぅ……たぶん私の化粧品全部死んでるから、あとで買う……! 二年ほぼなんもやってないから、お手伝いお願いします……!」


「ええなそれ楽しそうや」


「なんかいいですね! みんなでお買い物!」


「おう、任せとけー!」


 みんなあったけぇなぁ……ていうか私、もうすぐ三十になろうというのにこんなんでいいのか……? アレ? やっぱりダンジョンに二年間籠ったの、失敗だったのでは?


◆◇◆◇◆◇


 絶望に打ちひしがれながら部屋に戻る。懐かしいな……本当にちゃんと掃除をしてくれていたらしく、埃一つない。


 私が着替えをしようとクローゼットを漁っていると、横から三人分、六対の視線を感じる。……なんでこの子ら部屋に入ってくんの? いや、百歩譲って入ってきてもいいけどさ、なんでいんの? 着替えるんだから出て行ってくれないかな。


「センセ」


「んー? 何ー?」


 私は必死に無難な服を吟味していて、生返事になった。


「私たち、先生を、お助けしたわけじゃないですか」


 ……何かを、求められている? あ、そういやお礼言ってない……! 私としたことが。まともな人間関係に触れていないとどうしても対人能力が下がるな。


「そ、そうだよね。ごめんね。ちゃんとお礼を言ってなかった。――うん。改めて、ありがとう。私を、助けてくれて」


「……それだけー?」


「えっ? あっ、お店?」


 アレかな、ご飯とか、お酒とか、そういうのを奢るって話かな。あとで全然連れてくつもりだったけど、今日予約取れるかな。


「それもやけど……囚われのお姫様を救ったら、なんか、こう、あるやろ」


「いや別に私囚われの姫では……」


 カエデの目がちょっと怖い。


「ありますよね、こう……なんか」


「え? どうしたみんな」


 三人とも前よりずいぶん背も伸びて、体格も良くなった。……狭い部屋にいると随分圧を感じる。


「センセー。チューして」


「ストレートに言われた!」


 チュー!? なぜ!?


「ご褒美に決まってるやろ」


「はい、決まってます。古来より」


「せっかくだしさー、お願い!」


「えぇ……私もう三十近いんだけど、需要ありますか……?」


『もちろん』


 即答だった。なんかダンジョンに挑み過ぎておかしくなってるんじゃないかこの子たち。


 ――しかし、彼女たちに救われたのもまた事実。そして、望まれていることも事実。


「……まぁ……手や足を斬り落とすのに比べたら、なんてことないか……」


「その感覚はどうかと思うで」


 カエデに突っ込まれるが、とりあえず無視して覚悟を決める。


「よしいくぞ!」


「先生、もっと色気をください」


 ミレットなんか手厳しくない?


「いや、そういうの無理だから! なんかこう、勢いで行かせて!」


「まぁ仕方ないかぁ、じゃ、アタシからー!」


 目を瞑り、こちらを向くぺリラ。……うわ、改めて見るとこの子めちゃくちゃかわいいな。猫耳だし。


 震えそうになるくらい緊張しつつ、そっと頬に口づけた。……どうだ!


「えーほっぺ?」


「十分でしょ!」


 頬が熱い。これ以上を求められても困る。


「まぁ仕方ありません。……では私にも」


 ミレットは背がかなり高い。私も割と長身なのだが、全然届かないので少し腰を落としてもらい、私は背伸びをして頬に口づける。


「……ふふ。いいですね。背伸びしてる先生、かわいい」


「……ミレットさぁ、なんか性格変わった?」


 ここ二年で何があったんだろう。


「さぁ、センセ。ウチの番や」


 目を瞑るカエデの姿は、記憶にある彼女とはだいぶ異なっていた。……背が伸び、女性らしさを増した雰囲気もそうだし、髪を伸ばしたこともある。それに――当たり前だが、とても綺麗になった。元々美しい少女だったが、磨きがかかっている。これは、身近にいる男性が放っておかないだろうなぁ。そんなことを思いながら、自分も目を閉じ、カエデの頬に唇を寄せる。


 ――触れた感触は、なんというか、妙に柔らかかった。……ん?


 恐る恐る目を開けると、カエデはいつの間にかこちらを向き、唇の高さを合わせていた。……つまり、口と口が、触れ合っていた、のだ。


「――――! カエデ――!」


「ウチ頑張ったんやからこのくらいの報酬はええやろ! じゃあ下でなー!」


 カエデは私が硬直している間に素早く部屋を出ていった。そして。


「あ、カエデさんずるい!」


「ちょっと―! 抜け駆け禁止ー!」


 ミレットとぺリラもカエデを追うように部屋を出た。残されたのは、呆然と立ち尽くす疲れた女が一人。


「…………なんなんだ、一体」


 ぽつりとつぶやく、が、答えなんてない。……ここ二年で、彼女たちの想いが妙な方向に膨らんでしまったのは分かったけど。


「…………ま、なるようになるか……」


 考えようかと思ったけど、やめた。あの子たちはまだ若いし。うん。一時の気の迷いだろう。……そうだよね?


 何とも言えない感情を抱えながら、唇を指でなぞる。


 ふと、部屋を見渡すと、机の上に写真立てが一つ。


「――あぁ、これ」


 二年前、私がダンジョンに行く前に撮った、ぎこちない四人の写真。――今とはずいぶん違う、初々しい少女たちだ。


「飾っててくれてたんだ、懐かしいな」


 私はその写真の隣に置かれていたカメラを手に取る。また、新しい写真をここに飾ろう。


 私たちの、新たな出発の記念日に。


◆◇◆◇◆◇


 ――かつて『不死のダンジョン』と呼ばれた迷宮があった。


 死を迎えても何度でも挑めるその迷宮は、様々な冒険者を吸い寄せ、幾度もの死を与える、呪いの場所だった。


 しかし、二年前。その迷宮は大きくその姿を変えた。


 一人の冒険者がダンジョンを創り出す神と交渉し、安全な迷宮へと作り替えられたのだ。


 いつの間にか『不死のダンジョン』という恐怖を煽る呼び名は使われなくなり、何度でも挑戦できる、成功するまでやり直せる、という前向きな意味へと変貌を遂げた。


 今その迷宮は――『リトライダンジョン』と呼ばれている。



 

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これにて、リトライダンジョン完結となります。

今まで読んでくださった方、ありがとうございました。


好きなことをたくさん詰め込んで書いた作品で、色々なことを学ぶことができました。


もし読んでみて面白いと思っていただけた方は、いいね、星、感想などいただけると幸いです。


ではまた、次の作品でお会いしましょう。


2024/06/10 里予木一



 

 

 

  



 

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リトライダンジョン 里予木一 @shitosama

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