第25話:君とつくるREALITY

 三人の、戦う姿を見ていた。


 ここで働くようになってからの二年間、彼女たちの成果は聞いていたものの、実際に戦う姿を見ることは許可されていなかった。


 ――本当に、めちゃくちゃ強くなったなぁ。


 大サソリと、スライムと、大コウモリに苦戦して、天井に潰された日のことを思い出す。


 あの日。この子たちを連れてダンジョンに潜るのは無理だろ、と思った。


 ――でも三人とも、素直で一生懸命ないい子たちだった。


 いつの間にか、竜を倒して私を助けられるくらいに強くなったんだね。


 的確な判断、素早い行動。元々素養はある三人だったから、経験が追い付けばそりゃ強くなる。


 それに――場違いな感想だけど、みんな綺麗になったなあ。なんだろねこの十代女子の成長。ちょっと前まで子供だと思っていたのに、今や立派な女性だ。


 いっぱいの誇らしさと、少しの寂しさがある。


 成長のきっかけを作ってあげられたことと、それを見届けられなかったこと。


 竜を倒し、身支度をする様子を見ながら、私は扉を潜り、三人の前に姿を現す。


「や、久しぶり。――強くなったね、三人とも」


 言葉は簡素に。でも、たくさんの想いを込めて。


◆◇◆◇◆◇


「センセ!」


「先生!」


「センセー!」


 三者三様の、せんせいが響く。


 三人が一気に駆け寄ってきた。あぁ、大人っぽくなったけど、まだまだ子供だな。


 そんなことを思いながら両手を広げていたら――そのまま私は三人に押し倒された。ぐえ。


「ちょっと遠慮しいや! 竜倒したのウチやぞ!」


「私の強化が無かったら倒せてないですよ!」


「それ言ったらアタシが火を使うでかい魔物だって気づかなかったらもっと苦労したじゃん!」


 ――ダメだ、こいつら全然成長していない。さっきまでの感動を返して。


「ストーップ! 犬じゃないんだからもうちょっと落ちついて! ステイ!」


「猫だよ!」


 やかましい。


「最近まで手紙も出せへんかったからな。我ながらよう我慢したと思う」


「せめてもうちょっと連絡ほしかったです」


 気持ちはわかるけど、色々制限掛けられてたんだよ。だって普通にやり取りできたらペナルティにならないって言うんだもの。


「わかった。わかったから離れて。立てない。全く……アメミットもいるんだからね。一応」


「あ、ワニの人!」


 何だワニの人って。一応神様だし。


「や。おめでとう。……まさか君たちが三人で、しかも最速でここまで来れるとは正直思わなかったな」


 アメミットの言葉は確かにその通りだ。三人とも実力は元々あったが経験は薄かったし、ダンジョンのバランスが見直されてからは実力のある挑戦者もぐっと増えた。――正直、彼女たちより有力なパーティはいくらでもいたのだ。


 しかし、その言葉にカエデたちは怪訝そうな顔をする。


「はぁ。あんた神様かなんかなんよな。全然人間のことわかっとらんな……賞品であるセンセを一番欲しいのはウチらなんやからそりゃ一番乗りするやろ。やる気がちゃうもん」


 ……賞品って。


「そうですよ。わざわざ深くに潜らなくてもメリット得られますし。先を目指してたパーティはそもそも少ないかと」


 うーん。なるほど。それはあんまり良くないなぁ。各階の報酬をもっとわかりやすく打ち出さないと。改善点として管理者へ共有しておこう。


「それにアタシらより先に進みそうなパーティには色々小細工して進ませないようにしたし……」


「おい」


 私の手段を選ばない姿勢が悪い方に出たらしい。これは教育的指導が必要。


「はは。まぁ、明らかにダンジョンへの挑戦回数は君たちが最多だし、貴重な魔導具もたくさん手に入れていた。……それだけ、リクニスへの想いが強かった、ということなんだな」


 アメミットは笑う。ここ二年で、彼女も随分人間らしくなった。神様も成長はするらしい。


「せやな。……改めて聞くけど、センセ、連れて帰っていいんよな?」


 カエデの目が、細められ、雰囲気が変わる。嘘をついたら許さないというように。


「あぁもちろんだ。彼女との雇用契約書にもきちんとその旨は記してあるし……ちゃんと業務引継ぎや資料作成も行ってもらっている。まぁ、いざとなったら相談や一時的な依頼はさせてもらうかもしれないが、このダンジョンに縛るのはもう終わりだよ」


 その点は私も抜かりはない。ダンジョンで働くことになった時点で契約はきちんと確認しているし、引継ぎもばっちりだ。……引継ぎ先は泣いてたけど、まぁ、うん。頑張れ。


「……良かったです。最悪の場合、ここで戦闘になる可能性もあると思っていたので」


 ……怖いな。神様敵に回すつもりだったのか。この子ら。


「一応ねー『神殺し』の冒険者にも声掛けたんだよ。いざとなったら手伝ってもらえるように交渉済み」


 さすがにアメミットも鋭い目で三人を睨んでいるが、全く引いている様子はない。それだけの覚悟を決めているし、周到に準備もしたんだろう。……やっぱり、すごく成長しているな。ちょっと眩しいくらいだ。


「――ま、いいだろう。私に君たちと争う気はないし、他の管理者も同じ意見だ。リクニスが有用性を十分に示してくれたからな。これを使って地上に戻るといい」


 アメミットは光り輝く『アリアドネの糸玉』を私に投げる。――これが、彼女からの最後の贈り物だ。


「うん。――アメミット。色々あったけど、私は成長できたし、まぁ、楽しかったよ。ありがとう。またね。なんか今度お菓子送るわ」


 退職時のお菓子を買う場所がなかったのが心残りだ。みんなに私のおすすめをプレゼントしたかった。


「あぁ。……お前に、私は――私たちは、色々なものをもらったよ。こちらこそ、ありがとう。友人とは呼べないだろうが、掛け替えのない仲間ではあったと思っている」


 アメミットから差し出された手を握る。ひんやりとした、美しい手。


「――やっと、雇用関係がなくなって対等になるからね。友人になるのは、これからかな」


 私は笑って、彼女を軽く抱きしめた。――最後に、神様を驚かせたという実績を得られたことが一番の収穫かもしれない。


 そして――私は、職場に別れを告げ、かけがえのない仲間たちと共に、地上へと戻った。


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