幕間:君の手を握るから

「――ついに、辿り着いたな」


 仰々しい扉の前で、カエデは呟く。


 ダンジョンの地下十階。様々な罠を潜り、魔物を打倒し、幾度となく死を重ねて、ここまで来た。


 疲労や緊張はあるが、幸い大きな傷や欠損、状態異常はない。――問題なく、ボスに挑める。


「準備はいいですか? 全員に強化を掛けます。……どんな魔物がいるかって、全く情報ないんですよね?」


「うん。ここ辿り着いたのはアタシらが最初だかんね。……でも、足音で、めちゃくちゃでかいことは分かる。あと、部屋の中、温度が高そう。たぶん火に関係する魔物だ」


「なるほど。だったら耐火の術も掛けて――よし、準備できました」


「扉に鍵はかかってないね。どうする?」


「ミレット、扉開け頼む。ぺリラ、目標に向けて弓矢で一撃。できれば目ぇどっちか潰してくれ。ウチは即突っ込む。でかいんやったらまず倒さんと斬撃届きづらいからな、足を潰したい。ミレットはすぐに追いかけてきて援護頼む。ぺリラは遠距離から狙撃続けてくれ。……他、何かあるか?」


「大丈夫です」


「りょうかーい」


「さぁ――行くで!」


 ミレットが扉を開け放つ。広い部屋の奥、三人を睨むように佇んでいたのは――。


『――レッドドラゴン!』


 まるで血のように赤い体躯の、巨大な竜だった。


◆◇◆◇◆◇


「――避けて!」


 ぺリラが叫ぶ。レッドドラゴンは既にこちらの気配を察知していたらしく、扉があいた瞬間に猛烈な勢いの炎を吹きつけてきた。


 耐火の術を施しているとはいえ、直撃を受ければ無事では済まない。


 三人はそれぞれバラバラの方向に飛び、何とか躱す。ぺリラは回避行動をとりつつ、魔導具の弓を構えて魔力の矢を放った。


「当たれっ!」


 風の魔術により速度と威力を増した矢は高速で竜の左目に迫り――貫く。竜は悲鳴を上げると怒りに任せて再び炎を部屋中に吹きつけた。


 回避行動の直後、しかも先ほどよりも広範囲への炎だ。避けるのは難しい。カエデは炎の回避が困難と判断すると、一気に竜に向かって駆ける。全身が炎に包まれるが、ミレットの防御と自身の魔力強化を信じた。――さすがに無事とはいかず、全身に軽くない火傷を負っているが、致命的な損傷はない。焦げた髪を乱しながら、竜の足元まで駆け寄ると――。


「――奥義、村雨むらさめ


 竜の左前脚に、激しい雨を彷彿とさせる、水の魔力を纏わせた連撃を放った。さすがに一撃で切断するほどではないが、竜の足から血が噴き出し、痛みに思わず左前脚を上げた。そして、間髪を入れず。


「はあああああああああー!!!!!」


 同じく炎を突っ切ったミレットが、手にしていた巨大なメイスを思い切り振りかぶり――竜の右前脚を殴りつける。既に鬼の力を開放しており、全身から魔力が迸っていた。


 軸となっている右前脚を殴りつけたので、竜はバランスを崩し、前方へと倒れこんだ。――竜の首が、カエデの刀の射程に入る。


「――終わりや。雲耀うんよう


 目にも止まらぬ――否、映らない速度で振り下ろされた刀は、何の抵抗もなく、竜の首をすり抜けた。


 そして、ずるり、と、赤い竜の首が落ちる。速すぎて竜自身も斬られたことに気づかない程の一撃。事実、地面に落ちた首は、なんだか間抜けな顔をしたまま絶命していた。


「カエデさん、やりましたね!」


「さっすがー」


 ミレットとぺリラが近づいてくるが、カエデは顔を顰めた。


「……せっかくセンセに会えるっちゅうのに、服も黒焦げ肌も髪もボロボロや。……出直そかな」


 ミレットが苦笑しながら全員に治療術を掛ける。服はどうしようもないが、少なくとも肌と髪は何とかなるだろう。


 カエデが必死に身繕いをしているとき、倒れた竜の奥にある、小さな扉が開く。そこには――。


「や、久しぶり。――強くなったね、三人とも」


 懐かしい、師の姿があった。


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