第24話:君の元へきっと辿り着く
目覚めたのはよくわからない場所だった。枯れ木で形作られた――巣、だろうか。私はどうやら、あの巨大ワイバーンに連れ去られ、餌として捕獲されたようだ。
外を覗くと、恐ろしく高い岩山の上にこの巣が作られていることが分かった。ここもダンジョンの一部なのだろうか。謎は尽きない。はっきりしていることは……どう頑張っても、明日の朝九時までに元の場所には自力で戻れないということ。そして――呪いは残念ながら防げないということだ。三人にはもらった腕輪で呪いは防げると嘘をついたが、カイルさんから聞いた情報だと実際は多少弱める程度でしかないらしい。
「――私の冒険、ここで終わりか……?」
ワイバーンの姿は見えない。もしかしたらここは巣ではなく、食べ物の貯蔵庫なのかもしれない。
「――ただ死を待つのは、嫌だな」
あの子たちと約束をした。だから――最後まで、私はあがく。
漆黒の闇の中、私は空に向かって口を開く。
「――アメミット。どうせ見てるんでしょう。少し、話をしたいんだけど」
元々理不尽なルールなのだから、交渉の余地くらいあってもいいはずだ。
「――なんだ。遺言なら聞いて、あの三人に伝えてやるが」
夜に溶けそうな肌の女性が、虚空から姿を現す。
「とりあえず、三人は無事なんだね」
「ああ。糸玉の確保までは済んでいる。――だが、ギリギリまで、お前を探すつもりらしいな」
「そりゃそうなるよね……とりあえず目標は達成しているみたいで良かったけど」
とりあえず三人の命は保証された。あとは……私が何とかして生き残るだけだ。さて、どう交渉しようかな……。
「――この腕輪。私たちの中で最も優れた魔術師が開発したものなんだけど……あなたの掛けた呪いを弱める効果がある」
私は腕輪を掲げる。
「……ほう。確かに、私の掛けた術に干渉する力がありそうだ。だが……完全に消し去るには至らんだろう。せいぜい多少変質させる程度。それで、何ができる?」
「うん。これは前提。あなたの呪いを弱めることはできている。そして――あの、最後に出てきたでっかいワイバーン。あれ、ちょっと理不尽じゃない?」
「……仕方がない。ただのワイバーンだと人を意識的に狙わないんだ。前もそれで抜けられたからな。対策として設置した」
やはり、アレはすり抜け防止のための魔物だったのだ。……ただ、難易度が理不尽すぎる。事前に知っていたとしても私たちのパーティでは全員無事に突破することは相当厳しいだろう。五日という期限を考えるとほぼ無理だと言っていい。
「そ。でもその結果、クリアがほぼ不可能なダンジョンが出来上がっちゃったよ。……こんなの、今後誰も挑みに来ないでしょ。犠牲を出してギリギリ突破可能な難易度の上、管理者の干渉まであるんだから、こんなのフェアじゃない。わかるでしょ? そのくらい」
残念ながら、この二階の難易度は理不尽すぎる。バランス調整が全く適切にできていない。これでは挑戦者も来ないだろう。――私の死が伝われば、猶更だ。
「……何が言いたい?」
「――このダンジョンを運営していく上で、あなた達には情報が足りない。分析もできていない。そもそも、人の心がわからない。だから……この呪いを、何とかしてくれるのなら、私が手伝ってあげるよ、このダンジョン運営を」
アメミットは驚いたような顔でこちらを見る。
「今、この呪いは腕輪の力で弱まっている。この状態なら命令の書き換えもできるでしょう? 私の命を奪うのではなく、私をこの迷宮のために働かせるようなペナルティに変更してほしい。そうすれば、私はここで、ダンジョンにより多くの人を招く方法をアドバイスできる。要するに――私を雇え、って言ってるの」
「――ほう。それで? お前は死ぬまでここで働くのか?」
「さすがにそれは嫌。だから――条件をつけ足してほしい。このダンジョンを攻略されたら、私は解放されるようにして。完全攻略だとさすがに時間がかかりそうだから……そうだなぁ、十階とかがいいかな」
「……わかった。自分が解放されやすいようにダンジョンを簡単にするつもりだな?」
「そんなことはしないよ。どうせやるならきちんとする。できないように呪いで縛ってもいい。ただ、今回みたいな理不尽な難易度にはしない。ちゃんと作戦を立てて、準備をすれば攻略できるように作る。そうしなきゃつまらないし、成長にもつながらないからね。もちろん、失敗したら死んでもらうけど。――それなら、貴女の望みも叶うでしょ?」
このダンジョンの目的は、冒険者の死を何度も味わうこと。――だったら、誰も来なくなってしまう事態は避けたいはずだ。
「……悪くない。だが、なぜそこまでする? 別にお前、命をそんなに大事にしてないだろ」
少なくとも、前にアメミットに会ったときは、いつ死んでも仕方ないと思っていた。だけど。
「ちょっと前まではそうだったけどさ。あの子たちといっぱい約束しちゃったからね。また、一緒にご飯食べようって。一緒に帰ろうって。だからさ――どんな手を使っても、私はまた戻らなきゃならないんだ。そのために……色々な冒険者や、あの子たちに死を何度も体験させることになっても、さ」
私は、私の命のために、あの子たちのために、どんな手を使ってでも生き延びてやると、そう決めたんだ。
「――面白い。いいな。良い感じに狂ってる。交渉成立だ。その腕輪から干渉し、お前に掛けられた術を書き換えよう」
「ありがとう。あと、お願いなんだけど――あの子たちと、話をさせてもらえないかな」
――約束破ってないぞ、って言わないとならないしね。
◆◇◆◇◆◇
ワイバーンの広場を越えた先にある部屋。そこにアリアドネの糸が入った宝箱は置かれていたらしい。少女たち三人は、そこで言葉も発さずにしゃがみこんでいた。――暗いなぁ。そりゃそうだけど……。
「――や。みんな、元気?」
私が部屋に入り声を掛けると、三人は勢い良く立ち上がり――私に声を掛けようとして、すぐ後ろにいるアメミットに気づき、臨戦態勢を取った。
「センセ。そいつと一緒にいるってことは……」
「残念だけど、そのまんまみんなで町へ帰る、ってわけにはいかないんだ。――少し、説明をさせてね。こほん。……この度――私、リクニスは、冒険者からダンジョン運営者に転職することになりました」
『はぁ!?』
流石にそれだけでは伝わらないので、改めて三人に向けてこのまま一緒には戻れないこと、ダンジョンの運営を手伝うこと、そして――再び冒険者に戻るには、十階を踏破する必要があること、を伝えた。
「――おめでとう。みんなは、私の授業から卒業だよ。これからは一人前の冒険者を目指して、さらに頑張ってほしい」
「いや、何いい感じにまとめようとしてんの? 何が転職やあほか」
「卒業って……いやいや、先生が勝手に私たち巣立たせてるだけじゃないですか!」
「二階で何度も死にまくってんじゃん! 十階って……何年かかかると思ってんのさー!」
うん。やっぱり納得はしてもらえなかったか……。
「だってさぁ、仕方ないよ。そりゃなんもなしに帰れるんならベストだけど、この人許してくんないし、めちゃ強いし。……何とか妥協してこの条件なんだ。わかってほしい。あと、大丈夫ダンジョンはちゃーんと攻略できるように難易度調整するからね。ほんとこんな無理ゲー設定にしてたら誰も来なくなっちゃうし。うん。私もね、与えられた仕事はしっかりとこなすタイプだから、任せて」
「あかん……もうセンセが何言うとるんかウチには分からん……とにかく一発殴らせぇ」
「……そうですね、私もちょっとさすがに全然納得いきません。神よ。我が師に鉄槌を下すことをお許しください……」
「面白そうだからウチも一緒にやるー」
あれ、ダメだ全然理解を得られない。
「え。あのちょっと待って。アメミット、止めて」
「さすがに私でもお前の言い分がふざけてることは分かる。殴られてやれ」
三人がこちらに向かって歩いてくる。カエデは私の襟首をつかんで引っ張り――。
そのまま、強く抱きしめられた。
「……えっ?」
ミレットも、ぺリラも私にしがみついている。ど、どうした。
「……いやや。なんでセンセだけここに残らなあかんの?」
「……先生。私たちのために、約束を守ってくれたのは分かります。でも……会えないのは、寂しいですよ、すごく」
「……センセーさ。ふざけなくていいんだよ。しんどいでしょ。大丈夫だよ、すぐにまた会えるように、ウチら頑張るからさ」
「みんな……」
なんだ。バレてた。ふざけて、調子に乗って、何だったら嫌われてもいいくらいに思ってたのに。罪悪感を抱かないよう、みんなが私のことなんか気にせず、地上に戻れるように、したかったのに。……芝居が下手だなぁ、私は。
――いつの間にか、夜が明けていた。タイムリミットまで、もう少しだ。
「おっけ。最後に、お話しよう。これまでのこと、これからのこと。あとはまぁ……くだらないことでもいい、なんでもさ」
アメミットにはタイムリミットまで席を外してもらった。みんなにはいっぱい怒られた。でもたくさん笑顔も見れた。いっぱい手を握った。色々なことを話した。永遠に続けばいいと思った。
――でも、時間は残酷だ。もうすぐ、九時になる。
「――時間だ」
アメミットが現れ、タイムリミットを告げる。
私たちは、最後にお互いを抱きしめ合う。――もう、言葉は尽くしたから。
「センセ、待っといて。すぐ迎えに行くわ」
「先生。戻ったらまたみんなでご飯食べましょうね」
「センセー。囚われのお姫様みたいだね。いい子にしてるんだよ」
姫なんて年でもないけどな、と苦笑する。
「――うん。みんながちゃんと成長できるように、一人前の冒険者になれるように、ダンジョンを造るから。そしたら私のところまで来れるよ。待ってるね」
そう。これは、私にとって最後の、先生としての仕事なんだ。――彼女たちを、育てるための。
「ばいばい」
カエデが放り投げたアリアドネの糸玉が光を放ち、出口を形作る。
三人が手を振り、地上へと戻っていく。
私は、それを見送り、少し泣いた。でもすぐに、涙をぬぐい、アメミットへと向き直る。
「――さぁ、私の新しい職場を紹介して。……待遇が悪かったら、改善を求めるからね」
「あぁ。できる限り、善処しよう」
こうして、私たちの冒険はひとまず終わりを告げた。何が正解だったかはわからない。でも、私はまだ生きていて、みんなと会うチャンスはある。
――大丈夫。あの子たちは、私の生徒たちは、私の元へきっと辿り着く。
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