第21話:人伝う 心の手

「はっ……!」


 がば、と部屋の中で起き上がる。周囲を見回すと、カエデ、ミレット、ぺリラの三人が眠っていた。……良かった、とりあえず戻ってはこれたみたいだ。


 三人の顔を見ながら、狭い部屋の天井を眺め、深々と溜息をついた。


「――チャンスは、あと一回」


 ワイバーンのところにたどり着くまで一日半程度。魔力も減っているし、一度町に戻り、ゆっくり食事や休息を取ったうえで明日改めて挑戦する必要がある。となると、残りは二日。ワイバーンの広場を越えたらすぐに糸玉があるようなので、十分に間に合うだろう。……問題は、あの広場をどう突破するか、だ。


「気配を殺して、草でもかぶって匍匐前進する……?」


 ただ、ワイバーンは目も鼻も良い。盗賊なら気配の殺し方も心得ているし、おそらくカエデもそのあたりはうまいだろうが、私とミレットはたぶんあっさり見つかるだろう。試してもいいが失敗したら最悪だ。何もできないままにまた捕獲される。やはり一か八かではなく、確実に突破できる手段を考えなくてはならない。


 色々案を考えながら唸っていると、ミレット、ぺリラ、カエデの順番に目を覚ました。


「――あぁ、最悪やった。刀落としてもうたから死ぬんに苦労したわ、片手やし」


「私はもうメイスで掴まれた足をぶっ叩いて自ら落下しました」


「アタシも矢で撃ったらびっくりして離したからそれで終わり。いやー結構スリルあったね落ちるの」


 自死を頼むのは複雑な想いではあったけど、とりあえずみんな元気そうでよかった。


「さ、帰って、ご飯食べて、作戦を練って、ゆっくり寝よう。……泣いても笑っても、明日がラストチャンスだ」


 そう。明日の出発が最後だ、そこで突破できなければ、私たちは、死ぬ。彼女たちは、冷静でいられるかな……。


「せやな、最後の晩餐になるかもしれんし。いいもん食べよ」


「そうですね。……あ、先生前にデートしてたあのレストラン連れてってくださいよ」


「あそこ美味しかったよねー。いいじゃん行こう行こう」


「デートちゃうやろ」


「デートですよアレは」


「うん。アレはデート」


 え? ノリ軽くない? 最近の子ってそんな命に対して淡泊なの? それとも私に気を使ってるの?


 私が絶句しているのを見て、三人は笑った。


「前にも言うたけど、うちら過去色々あったからな。――ここで、みんなで笑ってるだけで奇跡みたいなもんなんや。だから……もちろん必死で抗いはするけどな、ダメやったらしゃーない、って気持ちでもおるんよ」


「そうですね。……私は、鬼でも、受け入れてくれる人が見つかっただけで、あぁ、この人生良かったな、って思えるくらいには幸せなんですよね。だから……ここで終わっても、後悔はないと思います」


「ウチも一歩間違えたら奴隷だったしー。こうして歩き回って好きなもん食べれるだけでラッキー、って感じだよ」


 三人の言葉に、私は唇をかむ。――ダメだよ、そんな。諦めるようなこと、言わないで。


「……ま、暗くなるよりはマシか。いいよ、レストラン行って好きなもん食べよ。そんで……最後の晩餐じゃないよ。また、ぜーったいに、行くからね。無事に四人で戻った後に。約束!」


『はーい』


 ――絶対に、果たしてやる。……たとえ、どんな手を使っても。


◆◇◆◇◆◇


 それから。私たちは町へ戻り、レストランでの食事を楽しんだ。――まるで、何事もない、日常のように。私はその後、三人と別れ、冒険者協会の本部へと向かう。


「カイルさん、今います?」


 既に夜だが、どうせ働いているであろう協会長のカイルさんを受付の人に呼び出してもらった。


「よ。……その顔は、ダメだったか」


「はい。残念ながら。一応報告と、あと――もしかしたら、お別れになるかもしれないので、一応ご挨拶に」


「……そうならんことを祈るが、まぁ言っても仕方ないな。会議室で状況を聞くよ」


「時間、大丈夫ですか?」


「部下の命が掛かってるのに優先すべき仕事なんてねぇよ」


 会議室に入り、カイルさんに状況を説明する。


「ワイバーンの群れか……単独到達だったら他が囮になってシーフを行かせるのが良さそうなんだがな」


「アメミット曰く、全員で、ということだったので……たぶん到達してない人は死ぬでしょうね……」


「だよなぁ。ワイバーンの視力と嗅覚は鋭い。気配を消すことに慣れていない人間はあっさり発見されるだろう。だからと言ってそれだけの数を殲滅できるのはそれこそS級冒険者クラスだ。つまり、何とかして、平原を駆け抜ける間にしかないだろうな」


「囮……ですか」


「あぁ。一階での戦いでも魔物同士をぶつけたんだろ? 何かしらの魔物を誘導して、そいつが襲われている隙に駆け抜けるのが最善だろう」


「そうですね。私も同じことを考えていました。蟷螂はさすがに難しいですが、猪や鹿、歩きキノコなんかはうまく誘導すれば注意を逸らせるかと」


「少なくとも獲物を捕まえたら巣に持ち帰るまではワイバーンはいなくなるはずだ。誘導できた魔物の分だけリスクは減らせる」


「見つけた魔物を片っ端から捕獲、ないしは誘導をする……何か食べ物でもあればいいのですが……持ち込めないですし、何か森の中で探すしかないですね」


 ひとまず方針は決まった。時間はもう遅い。明日に備えてそろそろ寝ておきたいところだ。


「ありがとうございます、カイルさん。じゃあ、私はこれで」


「おう。……必ず、帰って来いよ。あの三人連れてな」


「……三人は、絶対に帰します。私も――まぁ、何とかしますよ」


 カイルは複雑な表情を浮かべたが――何も言わず、私に腕輪を一つ手渡した。


「……これは?」


「アルメリアから預かった。呪いを緩和する道具らしい。……とはいえ、永続的ではなく、せいぜい時間稼ぎ程度だろうということだが」


「なるほど……時間稼ぎでも、助かります。ありがとうございます」


 私は腕輪を受け取ると、部屋を後にした。――この場所に、再び来れますようにと祈りながら。


◆◇◆◇◆◇


 自分の部屋に戻った私は、寝る準備を整えた後、身辺整理を行う。近日中に腐敗する可能性のある食料はまとめて処分。もし誰かに部屋を託すことになったときのために、整理整頓をしておく。ずっと机に飾っていた、古ぼけた、昔の仲間の写真。それを、明日ダンジョンに着ていく服の胸元に入れた。それと――。


「そういえば、一枚も写真、撮ってなかったっけ」


 その時の景色を紙に映すことができる魔導具。カメラと呼ばれているソレは、昔の仲間の遺品だ。撮影にも印刷にも特殊な道具が必要になるため、あまり使ってはいなかったものの、メンテナンスはしてある。


「明日、出発前に一枚撮っておこうかな」


 ――最後にするつもりはないけれど、いい機会でもあるだろう。今の、私たちの姿を、残しておこう。いつか、見返す日のために。



 





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