第20話:体に残る野生 従い動きな即行
「一応、おさらい。ワイバーンに遭遇したら、初撃はカエデが受ける。……大丈夫?」
私は、広場へと通じる通路でみんなに声を掛ける。全員の起床後、ワイバーンとの戦闘に向けた作戦を立てた。カエデの提案にミレットはだいぶ渋い顔をしていたが、毒を持つ相手に対して治療役がやられることのリスクを鑑みて一応納得はしてくれた。
「カエデさん。無理はしないでくださいね」
「……頷きたいところやけど、たぶん無理せんと倒せんと思うわ」
「ま、アタシらで精いっぱいフォローしよ。カエデは魔導具使う?」
「せやね。避けられるかわからんし、初撃受けたら今の武器たぶん壊れる思うし。魔導具つこて反撃した後ぺリラに返すわ」
「はいよー」
「どこからどう襲われるかわからないので、全員に強化の術を掛けますね……とりあえず武器と、防具へ。身体強化は、いります? 下手に強化すると体を動かす感覚も変わっちゃうとは思うんですが……」
「ウチはかけといて。ちょっと時間もらえれば対応できる」
カエデ以外はみんな武器と防具の強化だけに留めた。私は風の術でワイバーンの速度を抑えた後に雷か爆発で撃ち落とす予定だ。
魔術の準備と心の準備、そしてカエデの身体強化への対応は終わった。
「そうだ。みんな、あまり言いたくはないけれど、一つだけ――」
私は、全員に一つ、お願いをする。……残酷な、でも絶対に伝えておかなくてはならないこと。
全員が頷くのを見て、私は気を取り直し、声を上げる。
「さて、それじゃあ――行こう!」
まだ二階に挑戦し始めて二日目。ここで突破できれば簡単に目標達成だ。逆にここで失敗すると、もう後がない。できればこの挑戦で越えたい。
私達は意を決して、広場に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇
目に飛び込んできたのは、広場……というか、広い草原だ。形状はほぼ円形。木々はほとんどなく、空が良く見える。――聞いていた通り、遮蔽物は岩がいくつかある程度。ここを横断しようと思ったら全力で走っても一、二分はかかるだろう、それくらいの広さだ。ダンジョンの中とは思えない。
そして――空には巨大な翼を持つトカゲが一匹。ここは狩場なのか、上空を旋回している。……ここを突破したシーフ、よくアレを避けられたな……。
「ヤバイねコレ。逃げ場も隠れ場もないじゃん……。おまけに広場の外側、変な木で囲まれてて、そっちに逃げることもできやしない」
ぺリラが珍しく余裕がない表情。それも当然だろう。この広場全体を包む、圧力。中に入ったものは獲物であると告げる、空を泳ぐ飛竜の姿。野生の感覚を持っていれば絶対に踏み入りたくないのは想像できる。
まだ広場に入ったばかりだというのに、ワイバーンは既にこちらを狙って上空を旋回し始めている。視力が恐ろしく良いのだろう。迷っている暇はない。強化魔術の効果時間もあるし、一気に倒してこの広場を突破する――!
「あの岩のところで迎え撃とう」
広場の入り口から少し進んだあたりに、ギリギリ一人が身を隠せる程度の岩があった。うまくアレを使うのが良さそうだ。
私たちが駆けだすと、ワイバーンはそれに合わせるように高度を下げて旋回する。誰を狙うかを考えているのだろう。
「ウチが狙われないとあかんな。他三人、岩の陰に身を伏せとき」
カエデの指示に従い、私たちは岩陰に身を隠す。――頼んだよ、カエデ。
ワイバーンは狙いを定めたのか、少し空中で静止した後――カエデに向けて一直線に降下する。よし。ここだ!
「風よ!」
私は広範囲に強風を起こし、ワイバーンの降下速度を抑制する。雷や爆発も考えたが、翼が機能している状態だとたぶん当てるのは困難だ。――そして、カエデの身体能力が強化されている今なら、多少の速度の減衰でも十分効果を発揮する。
「――羽一枚、もらうで」
大型猛禽類のごとく、落下姿勢から脚部での攻撃に切り替えるワイバーン。だが、カエデは足と毒針の攻撃を魔力の刃で受けつつ紙一重で躱し、すれ違いざまに翼の被膜を斬り裂いた。
「これで飛べんな」
ワイバーンはそのまま滑るように地面に落下した。さすがに死んではおらず、すぐに起き上がったものの、飛行は困難なようで、足と翼のカギ爪で体を支えこちらを睨む。これで機動力は削げた。私たちは岩陰から飛び出し、戦闘態勢を整える。
カエデの倍以上ある巨体だが、ワイバーンの中ではまだ小さい方だろう。これなら何とかなりそうだ。とはいえまだ尾の毒針もある。近づくのは危険なので私とぺリラで遠距離から倒すのが良いだろう。
カエデは魔導具をぺリラに渡し、元々持っていた刀を構える。あとはワイバーンの接近を防ぎつつ、打倒するのみ。
ワイバーンは唸り声を上げて飛びかかってくる。だが先ほど空中にいた時の姿とは異なり、動きはあまり早くはない。飛行に特化した魔物なので、脚力はそこまで強靭ではないし、翼が大きすぎるため地上での行動に適していないのだろう。翼を振り回して攻撃を仕掛けてくるが、カエデとミレットがそれを躱し、あるいは受けつつ動きを止める。地上戦であれば毒針もそこまでの危険度ではなさそうだ。
「――雷よ!」
私は雷の術でワイバーンを貫く。さすがに即死とはいかないが、動きが大きく鈍った。そこへ。
「――バイバイ」
ぺリラの放った魔力の矢が、ワイバーンの眼球を貫き頭部を貫通した。
一瞬痙攣し、ワイバーンはその場に倒れ伏す。……作戦が、ぴったりはまった。良かった……。
「意外とあっさりでしたね……」
「うん。やっぱり大事なのは対策を立てることだね……あと、カエデの技量に助けられた」
「ま、元通り動けるようになればこのくらい余裕やね」
私たちが勝利の余韻に浸り、気を抜いていた時。ぺリラの耳が、ピクリ、と動く。そして――。
「まだっ!」
珍しくぺリラが叫び、上空を差す。その一瞬の後、巨大な影が私たちに迫った。
「――くっ!」
カエデがとっさに身を翻す。直撃は避けたが、左手に何かが掠めたように見えた。――ワイバーンだ。
カエデを捕らえ損ねたワイバーンはそのまま高速で空中に戻る。――油断した。ワイバーンは一体ではなかったのだ。くそっ、なんで思い至らなかった……! ここが狩場であるなら、複数生息している可能性なんて十分あったのに……!
「カエデ! 怪我は!?」
「ちょっと掠っただけやが……あかんな、これ。毒や」
彼女の左手は、肘近くまで既にどす黒く変色しかけている。ワイバーンの尾にあるという、毒針だろう。
「急いで治療を!」
ミレットが術を掛けようとする。だが――。
「……ダメや。今そんなことしてたら狙い撃ちされる。こんだけ強い毒、すぐには治らんやろ。なら――こうしたほうがええ」
カエデは右手の刀で自身の左手の肘から先を躊躇なく切断した。赤い魔力液が噴き出すが、素早くロープで腕を縛り止血する。
「――とりあえず岩陰に。傷口だけでも塞ぎます」
ミレットはカエデを引っ張り、術を掛け始める。その様子を横目に見ながら、私は空を見上げて――絶望した。
一体や二体ではない。十は軽く超える、ワイバーンたち。翼あるトカゲは血の匂いに誘われたのか、値踏みするように上空を旋回していた。
「――判断ミス、だ……」
そう。私はこの戦いのルールを間違えていた。最初から、成功例は示されていたのに。
――ここは、戦って突破するのではなく、気配を殺し、ワイバーンを避けながら、広場を越えなくてはならないのだと。
「……ここにとどまってもなぶり殺しだ。カエデ、肩を貸すから――とりあえず、走ろう!」
既にワイバーンには発見されている。隠れるのは不可能だ。取りあえずいったん通路に戻り、作戦の立て直しを――。
カエデに貸した肩の重みが、ふっ、と消える。
彼女は巨大な――ミレットの倍以上あるワイバーンに捕まれ、上空高く連れ去られていた。
「カエデ!」
叫び声を上げるが、他に反応できるものはない。ミレットも、ぺリラも、何かしらの抵抗はしていたようだったが、数の暴力の前になすすべなく連れ去れていく。そして――私自身も。
景色がどんどんと高くなる。意識を失いそうな高速移動。これからきっと私たちは、巣に連れ去られ、食べられる。……ただ、それがいつになるかわからない。例えばどこかに捕らえられ、しばらく経った後に餌として食べられるのかもしれない。
死ねるのならばまだいい。やり直しができる。今の最悪は――死ぬこともなく、ただ悪戯に時が過ぎることだ。だから。
「――戦闘前に、頼んでおいてよかった」
私はワイバーンの両足に掴まれた状態で――自らを標的とした魔術を練る。
「……絶対に、生きてやる」
そう呟くと、私は自らの頭を吹き飛ばした。――みんなどうか、自ら死を選ぶことができますように。
最悪の願いだが、今はそう信じるしかなかった。
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