第19話:どこまでも行こう一緒に

 私たちは改めて団結し、ダンジョンの奥へと進んでいく。草木はさらに鬱蒼と生い茂っているが、空が夕暮れを越え、薄暗く変わってきた。どうやらこの空は実際の時間と連動しているらしい。案外本物なのかもしれない。


 道中、何度かの動物や昆虫系の魔物と出会ったが、ぺリラが即座に検知し、ミレットの強化魔術バフを掛けたカエデがほぼ一瞬で斬り伏せていた。……本当に強くなったし、コンビネーションも良い。これなら、もしかしたら簡単に突破できるかもしれない。


 既にダンジョンに潜ってから半日以上経過している。周囲も暗くなってきたし、そろそろ休息を取らないと危険だ。ちょうど広場に到着したし、ここで夜を明かすとしよう。


「――よし、じゃあここをキャンプ地とします!」


「なんやそれ」


「まぁでも確かに……もう暗いですし、夜で歩くのは危険、ではありますよね」


「アタシは夜目聞くからこのくらいでもなんとかなるけど、みんなはそうはいかないもんねー」


 とりあえず合意は得られたようなので、荷物から道具を取り出す。と言っても、ランプや着火剤、毛布と水、非常食くらいしかないのだが。


「……こんなとこでキャンプして、大丈夫なんか? 魔物、来ぉへんのかな」


「気持ちはわかるけど……基本的に獣は火を恐れるから……虫は普通だと明るいところに来るんだっけ」


「大型の虫型の魔物が火に集まるかはちょっとわからないですけど……あ、そうだ。ちょっと待ってくださいね」


 ミレットは広場に生えている野草を見て回っているようだ。……なんだろ?


「ありました。これ。この葉っぱを燃やすと、虫除けになりますよ。気休めですが、ないよりはマシでしょう」


「ん。なんか嫌な臭いー、これやだ」


 ぺリラは苦手な臭いらしい。虫にも効果はありそうだ。


「魔物に襲われるよりはましだからね、我慢して。……じゃあ、火を焚こうか。ご飯は……非常食くらいしかないよね。一応お肉とかあったっけ」


「さっき鹿倒したときに肉落としとったな。食えるんちゃうか」


「あ、荷物に塩もあるね。取りあえず塩振って焼いて食べようか。……なんか、不思議なことにあんまりお腹減ってないけど」


「確かに……このダンジョン内だからなのか、あるいは私たちの肉体の問題なのかわかりませんが、空腹感はあまり感じませんよね。食事は魔力の回復にもつながるので食べたほうが良いのは間違いないですけど」


 ひとまず火をおこし、食事を済ませ、雑談をしていた時にふと気づく。


「……そういえば、トイレ行きたくならないね」


 他三人も、確かに、という表情を浮かべていた。


「確かにそうやな。水分も食事もほとんどとってへんし、ここまで長時間ダンジョンにいたことなかったから気にしてなかったわ」


「さすがに、不自然ですね。何らかの仕掛けがありそうです……が、まぁ、トイレもなさそうですし、気にしなくて済むならそれでよいのでは?」


「こういうところだと、虫に刺されたり、植物にかぶれたりとか怖いしねー。しなくていいならその方が良いよ、うん」


 ぺリラの言葉にやたら実感がこもっていた。まぁ、でもその通りだ。冒険の際にもトイレは割と問題になる。魔術で浄化したり分解したりは不可能ではないが、その手間が省けるのは大きい。


「そろそろ寝ようか。見張りは交代で。一人二時間ずつ、八時間かな。異論ある人は?」


 皆首を振る。じゃあ一人当たり六時間睡眠を確保して、夜明けに出発、って感じかな。幸い気候は温暖で、毛布一枚でも快適に眠れそうだ。下草も柔らかいし。


 あまり眠気はなかったが、魔力の回復のためにも横になる。最初は警戒をしておきたいので感知が得意なぺリラ。以降は特に何もなければ私、カエデ、ミレットの順番だ。


「じゃあみんな、おやすみぃー」


 ひらひらと手を振るぺリラを見たあと、ふと空を見上げた。


「星、綺麗だね」


「ほんまやなぁ。なんか、久しぶりに星空見た気がするわ」


「横になると、こんなに空が広いんですね。気にしたことなかったです」


「お、流れ星だ」


 ぺリラの言葉に、思わず上体を起こした。――なんとなく、祈りを捧げる。


「――どうか、みんな無事に、帰れますように――」


 星に願ったささやきは、夜空に溶けた。この想いが届きますように――。


◆◇◆◇◆◇


 ぺリラの見張りでも特に何か起こることはなく、二時間後、私は見張りを交代した。眠気はなかったのだが、緊張感や疲労は溜まっていたのか、目を閉じるとストン、と眠りに落ちていた。二時間しか寝ていないが、意外と頭はすっきりしている。


「じゃ、センセー、おやすみぃー」


 布団に潜り込むぺリラを眺めた後、私は周囲を警戒しつつ、この後の行動をシミュレーションする。


「明日は糸玉の手前にいる魔物の部屋まで辿り着けるはず……そこで、おそらく戦闘になる」


 カイルさんに見せてもらった糸玉までの地図を思い出す。以前突破したというシーフは気配を殺して戦闘を回避したようだが、私たちはそうはいかない。ぺリラ一人ならともかく、他三名が戦闘を回避できる可能性は低い。


「魔物は――変わっていなければ、ワイバーン」


 腕無しドラゴンとも呼ばれる羽の生えた爬虫類型の魔物。ドラゴンとは異なりブレスは吐かず、魔術も基本的には扱わない。サイズもドラゴンほど巨大ではない――とはいえ、人間からすれば倍以上はある上に飛行能力が高く機動力に優れる。空から一方的に攻撃を受けるため非常に危険。さらに、その尾には毒針があり、獲物に突き刺して動けなくなったところを襲うこともある。


「……結構な経験を積んだパーティで、遠距離攻撃手段が豊富にないと厳しい相手。しかも隠れるところの少ない広場で相対することになるみたいだし……」


 私は頭を抱えた。弓矢をぺリラに持たせて私と二人で狙撃をするにしても高速で飛行する相手に当てるのは困難だ。何らかの方法で動きを止める必要がある、のだが……。


「ミレットに攻撃を受けてもらってそのタイミングで翼を何とかして地面に落とすしかない……かなぁ。ただ、ワイバーンの毒は強力だから尻尾の一撃を喰らったら戦闘不能。初撃で落とせないと、たぶん負ける」


「……ん、センセ、ふぁ……どしたんぶつぶつ言うて」


 いつの間にかカエデが目を覚ましていた。ありゃ、起こしちゃったか。そういえばもう二時間近く経つ。そろそろ交代の時間だ。


「あぁ、カエデ。……ちょっと、明日戦う魔物のことをね」


 私はカエデにワイバーンのことを話す。


「……飛竜か。相手の攻撃に合わせて落とすしかあらへんな。飛んでる相手には一方的にやられるだけや」


「私もそう思う。……ミレットに受けてもらいつつ、羽を潰す戦い方かなぁとは思ってるけど……」


「ミレットは毒受けたときに治療してもらわなあかん。……ウチが受けるのがええんちゃうか」


「……カエデの体格だと、一撃もらったら、終わりだよ、たぶん」


 ミレットは体も大きいし自身への強化もしやすい。しかしカエデは小柄で華奢だ。受け止めるのは無理で、技量で攻撃を流すしかないだろう。……かなり、リスクは高い。


「それくらいできんと、勝てんやろ。……具体的な計画は、みんな起きたらしたらええけど、基本はその方向がええと思うで」


「……わかった。また後で、話そう」


 ――いざとなったら、私が初撃を止めよう。魔術での防御をうまく使えば、不可能ではないはず……。そんなことを思いながら毛布を被ろうとしたとき、カエデに声を掛けられた。


「――なぁ、センセ。ウチら、まだ頼りないんかな」


 ぽつり、と呟く。……一人で作戦立ててたからかな。

 

「ん? そんなことないよ。ただ……今まで一人で何でもやることが多かったからかな、癖になってるみたい」


 思い出すのは仲間を失った昔のこと。自分の作戦のミスが原因だった。――だからこそ、もう失敗はしたくない。自分が、何とかしないと。もう間違わないように、この子たちを導いてあげないと。


 私の様子を見てカエデは立ち上がると、そのまま私のそばに来て、ぎゅうっ、と私の体を抱きしめた。えっ。な、なに?


「――大丈夫。ウチらはそう簡単に死なん。だから、全部背負わんでええ」


 カエデの言葉と、温もりが、私を包む。


 ――思ったより、私は色々背負っていたみたいだ。緊張が解け、少し泣きそうになった。


「――うん」


「あとな、センセ。自分の命、大事にしいや」


「……ん? なんで?」


「その返しがもうあかん。みんなで帰るって、センセも一緒やからな」


「……あー、うん。そうだね。なんか私、自分の命って度外視しがちなんだよね。……たぶん、昔自分だけ生き残ったせいなんだけど」


 あの時、自分の命の価値はなくなったと思った。みんなの命を奪って一人だけ生き残ったのが心底申し訳なくて、せめてこの命で、たくさんの命を救わなければと思ったのだ。


「――ちゃうやろ」


「え?」


「センセは、一人だけ生き残ったんやない。んや。細かい状況は分からんけど、一人生きてるってことは、そういうことやろ」


「――――」


 そんな考え方、したこともなかった。でも確かに、私のミスを、私を庇うように、みんな戦って、そして、命を落としていった。それはつまり――。


「みんなに救われた命なら、大事にせんとあかんよ。それに――もしセンセが死んだら、ウチらは今のセンセと同じ気持ちになる。生徒にそんなこと、思わせたらあかんやろ」


 ――あぁ、そうか。私がもし、ここで命を落としたら。彼女たちはずっと、自分たちのせいで私が死んだ、ってことを背負い続けるのか。それは――ダメだな。


「……そうだね。ごめん。ありがとう、カエデ。大事なことを教えてくれて」


 私は、久しぶりに昔の仲間の顔を思い出す。


 ――彼女たちに守られた命だ。簡単に捨てるわけにはいかない。絶対に、みんなで帰るんだ。星に願うだけでなく、確実な方法を考えなければ。


「――絶対、生きてやる」


 もらった命を、無駄遣いしないために


 

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