第18話:この気持ちは離さない

 あれから。私たちは通路を抜け、その次の部屋に来ていた。天井は空なので、部屋というより広場だが。蟷螂や他の魔物の生息を警戒したものの、ひとまずここは安全地帯のようだ。


「警戒は必要だけど……とりあえず少し休もうか」


 広場の真ん中あたりに四人で円を描くように座る。仮に通路から何かが襲ってきても体制を立て直すだけの時間が取れる距離だ。


「――さて、とりあえず情報共有をしようか」


「せやね。……センセ、何、隠しとるん?」


 カエデの言葉に合わせ、ミレット、ぺリラもこちらもじっ、と見る。何もないよ、大丈夫だよ、では誤魔化されてくれなさそうだ。――仕方ない。


「実はね……五日間でアリアドネの糸玉を手に入れることができない場合……ペナルティがあるんだ。精神状態に影響する可能性があるから、言わなかったんだけど」


「……大丈夫ですよ。先生だけで抱えていられる方が、私たちとしては不安になります」


「そーそー。取りあえず、話しちゃいなー」


 私は溜息をつき、一つずつ慎重に、言葉を紡ぐ。――の、言葉を。


「そのペナルティっていうのはね……今の二階まで来ている記録の消去。つまり、ってことなんだ」


 ギリギリ。嘘はついてない。やり直しになるのはダンジョン攻略ではなく、人生だが。はっきり言ってこの状況下で本当のことを伝えるメリットはない。命がかかった状況でパフォーマンスが発揮できるのは奴だけで、基本的には恐れ、委縮し、自暴自棄になる。いいことなんてないのだ。――だから、私は間違っていない。もし失敗しても、嘘に気づくことは、ないわけだし。うん。


「……ふぅん」


 カエデはこちらの目を見る。……逸らしたい、けど我慢。


「……ぺリラさん。どう思います?」


 ミレットは獣人の少女に問う。ん? なんでだろ。


「……嘘、ではない。でも本当のことは言ってない。そんな感じの気配」


 シーフとしての経験か、あるいは動物的勘か。ぺリラはこちらの言葉の裏をほぼ正確に見抜いていた。


「そ、そんなことないよ」


「ま、ウチでも怪しいって思うくらいやからな。そもそも、そのくらいやったら隠すことないやん。はっぱかけるためにも教えたほうがええ。隠したっちゅうことは……聞いたらまともに戦えんような罰があるってことやろ」


 ……まいったな。ぺリラもそうだけど、カエデも想像よりずっと色々考えている。彼女たちを甘く見過ぎた。


「先生。私も、カエデさんも、ぺリラさんも、それなりに人間関係で苦労しています。だから――人の嘘や誤魔化しには敏感なんですよ」


 そういえば、彼女たちはみんな、過去に色々あったんだ。その経験から、人間観察力が高くなるのは自明だった。――もっと、私がうまく嘘を付ける人間なら良かったんだけどな。


「そっか……。うん、わかった。嘘ついてごめん。本当のことを話すよ。だから……聞いてほしい」


 私は意を決して、アメミットからの言葉を告げる。


「実は……五日以内にアリアドネの糸玉を手に入れられなければ、全員が死亡する呪いをかけられたんだ」


 ――大丈夫、きっと彼女たちなら、受け入れてくれる。そう、確信していた。


「――――えっ」


 三人はその言葉を聞いて絶句していた。


 ――アレ? なんか想定してた流れと違うなこれ。

 

「いや……それあかんやろ。なんかそれこそ記録消去の上魔力を持ってかれるとか、手に入れたもの全部取られるとか、そんなんか思っとったんやけど……命はあかんよ、常識で考えてみぃ」


 まさかの倫理観がいかれたやつに常識を説かれだした。おい。ちょっと待て。


「な、なんでそんなこと受け入れたんですか……全力で拒否して止めてくれなきゃ困りますよ……ええ……引く……」


 ヤバイ。あのミレットが見たことない表情をしている。ちょ、ちょっとまって。そういう雰囲気じゃなかったんだって、わかって。


「……センセー、アホなの? 知ってる? 命って、一回失ったら終わりなんだよ?」


 アホにアホ扱いされた! いや、アホは言い過ぎだけどでもちょっと待って。私の積み重ねた尊厳が。


「ちょ、ちょっと待って。それは、流れ上もう断れない感じで仕方なく……」


「押しに弱い初心うぶな女の子か。はぁ……センセ、もう少し、頼りになると思っとったんやけどな……」


「自分だけならまだしも、私たちの命までって……そこは、流れとかじゃなくて、もう少し交渉できたのでは……? まぁでも先生、流されやすそうですもんね……」


「死んじゃうってわかってて受けたの? ばっかでー。アタシだってダメっていうよそんなん」


 私はがっくりとその場で崩れ落ちた。もうだめだ。何を言っても言い訳にしかならない。断ればアメミットがどういう行動に出たかわからないとか、そもそもあの化け物がどのくらいの実力者かなんて、彼女たちは知らない。……実際、私が委縮してひどいペナルティを受け入れてしまったのは事実ではあるし……。


 三人は私の方を見ると、はぁ、とわかりやすくため息をついた。


「ほんま、しゃーないな。センセ。ウチがおらんとなんもでけへんな」


「そうですね。先生は冒険者の経験は積んでるとはいえ、こんなダンジョンに挑むのは初めてでしょうし」


「ま、リーダーやってるとはいえ人間ってそんなもんだよね。うん。大丈夫、わかってるよセンセー」


 三人は、そういって、笑う。


 ――あぁ、そうか。別に、先生だから、ベテランだから、リーダーだから、一人で背負う必要なんてなかったのか。


 彼女たちは、私を許そうとしてくれている。だから、あんな態度を取ったんだ。起こったことは仕方がない。だから、一緒に解決していこうと。


 まいったな。色々な経験をしている少女たちは、私よりもずっと、大人だ。


「うん……ありがとう」


 私は、ここ数日、ずっと辛くて、責任に押しつぶされそうになっていたことにいまさらながら気づかされた。そして、泣いた。


「みんな、一緒に、帰ろうねぇ」


 涙を流しながら三人を強く抱きよせる。――絶対この子たちを殺させたりなんかしない。私が守るんじゃない。みんなで、力を合わせて帰るんだ。


 ――この気持ちは、離さない。

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