第17話:そのまま野生の姿に戻れ

「お、レベル上がってるじゃん。11だ。ここまで来たら結構元の――外にいる時と同じくらいの戦闘能力に近くなってきたんじゃない?」


 私は努めて明るく話す。彼女たちが、私に委縮しないように。遠慮しないように。……怖がらないように。――難しいかな。


「……せやな。だいぶ動き戻った気がするわ」


 カエデが軽く刀を振り、動作を確かめている。良かった、とりあえずまだ付き合ってはくれるらしい。


 少し弛緩した空気が戻る。しかし――まだ、これで終わらせるわけにはいかないのだ。蟷螂はまだ通路に何匹も潜んでいるのだから。


「じゃあカエデ、ミレット、ぺリラ。続けようか」


 私の言葉に、カエデは顔を顰める。


「……センセ」


「わかってる。でも、今は最善手を取りたい。たぶん、二、三体倒せばまたレベル上がると思うんだよね。だから――お願い、付き合ってよ」


「先生。やっぱり、何か、あるんですか?」


「センセー、だいじょぶ?」


 みんなの気遣いが辛い。……まぁさすがに、何か隠してるとは気づかれてるだろうなぁ。私、人を騙すの下手だ。


「大丈夫。後で、もう少し話そう。でも今は……ここを突破することを、最優先にさせて」


 レベルアップに伴い、私の左手は元に戻り、ゴーレムに括りつけた餌はなくなった。つまり――また、やり直しが必要ということだ。腕の付け根を縛り、カエデに差し出す。……もしも彼女が拒否したら、自分で何とかしないとな。


「当たり前やけどな。いい気はせえへん。好きな人の手、斬るなんて」


「うん。――でも、やられるなら、カエデがいいかな」


「ずるいわ。センセ」


 泣きそうな表情を浮かべ、カエデは刀を抜き、構える。再び、私の左腕に、彼女の刃が振り下ろされた。


◆◇◆◇◆◇


 一匹目の大蟷螂おおかまきりは、先ほどと同じ手段で倒すことができた。だが、残念ながらレベルは上がらず、私の左手はそのままだ。――誤算だったのは、蟷螂の腕の棘や、顎でゴーレムに括りつけた腕が破損しており、再利用が困難だったことである。


 つまり――、餌が必要となった。


「――あかん。百歩譲って餌を用意するにしても、センセにこれ以上負担はかけられん」


 カエデの言葉に私は反論する。


「ダメ。カエデとミレットは近接戦闘で止めを刺す役割があるし、ぺリラは弓を撃たなきゃならない。――私は、ゴーレムを操作して、遠距離から魔術を当てればいいから、極端な話、右手一本あれば何とかなる。他に選択肢はないよ」


「で、ですけど、先生の魔力も足りなくなるのでは……?」


「レベルも上がっているし、大丈夫。いざとなったら髪を代償にするし」


「ま、センセーが大丈夫っていうなら、いいんじゃない?」


 今までと意見が異なったのはぺリラだ。……まぁ、彼女は獣人だし、価値基準も人とは少々異なるだろう。


「うん、ぺリラの言う通り。大丈夫だよ、ありがと。――じゃあ、カエデ、何度も悪いんだけど、左足、お願いできるかな」


「――貸しやからな。必ず返してもらうから、死んだらあかんで」


 カエデは嫌そうにしながらも、素晴らしい技量で私の左足の膝から下を切断した。


 そして――次の蟷螂を倒したときもレベルは上がらず、私は両足と左腕を失った状態で、再度蟷螂を倒すことになった。幸い、その後に何とかレベルアップし、元のカタチに戻れたことを報告しておこう。


◆◇◆◇◆◇


「……さて、あとはこの通路にあと何体の蟷螂がいるか、かな……」


 さすがにこの後はレベルも上がりづらい。手足を犠牲にした戦法を使った挙句、レベルがなかなか上がらない状況だと完全にお荷物になってしまうだろう。そろそろ戦術を変える必要がある。


「心配せんでええよ。もう身体能力は元と遜色あらへん。そんで、何度もあの蟷螂を倒しとる。――これで、まだセンセに頼らなあかんようなら、仲間として失格や。ミレット。強化と補助、頼む。ぺリラ、その魔導具、貸したって」


「はい! 筋力強化も入れます?」


「頼むわ。ちょっと馴染むまでかかると思うけど、それくらい何とかしたる」


「はいどーぞ。他なんかフォローいる?」


「気配、探れるか?」


「虫の気配って読みづらいけど、隠れそうな場所とかは大体わかったからね、たぶんいけるよー」


 カエデを中心に三人でてきぱきと戦い方を決めている。良い傾向だけど、あの、私は……。ていうか怒ってるねこれたぶん。うん、どうしようかな……。


「センセ」


「は、はい。何?」


「よく見ときや」


「……はい……」


 どうやら私は関わらせてもらえないらしい。確かに、レベルアップで手足が戻ったとはいえ四肢に違和感はある。本当にまずかったら介入がいるだろうが……今の彼女たちなら、任せても大丈夫な気がした。それだけの、自信と成長が感じられる。


 三人は通路に向けて接近する。通路の入り口付近にいた蟷螂はすべて退治済みだろうから、いるとすれば奥に潜んでいるやつだろう。私も後ろから通路に向けて近づく。


「……いた。擬態してるけど、たぶんあそこ」


 ぺリラが指をさす。……私の位置からじゃよくわからないな。茂みにしか見えない。


「他は?」


「たぶんいない。見える範囲だと残り一体だねー」


「なら――さっさと片付けるで!」


 カエデが通路に向けて走る。追いかけるようにミレットも続いた。ぺリラはさらに後方で茂みの様子を凝視している。何か動きがあれば警告するつもりだろう。


 カエデが鎌の射程内に入った瞬間――ぺリラが指摘した箇所から、二本の鎌が目にも止まらない速さでカエデを襲う。


「遅いわ」


 カエデは紙一重のところで鎌を避け――。


「奥義――野分のわけ


 薙ぐように振るわれた刀は風となって文字通り草を分け――そこに潜んでいた蟷螂の鎌を切断し、その勢いのまま体を両断した。


「やああああ!」


 続いてミレットの攻撃で、蟷螂の頭が砕かれる。もがく様子は見せたがそれで終わり。――あっさりと、三人の少女たちは今までさんざん苦労した蟷螂を正面から打倒した。


「ぺリラ。他おるか?」


「通路の奥まで見てたけど、動きなーし。たぶんいないよ」


「やりましたね……ついに、突破です」


 喜ぶ二人を尻目に、カエデは私の方に向かって歩いてくる。……怒られるのかな。


「センセ」


「……何?」


「見たか?」


「うん。強くなったね、みんな」


「せやろ。だから……もう、一人で抱えて、考えんのやめ。ウチらも、一緒に戦うから。一人で何でも背負わんでや」


 どうせ、何か隠しとることあるんやろ、とカエデは言った。


 私は苦笑し、頷いた。


「――うん。もう、みんなに頼っても、大丈夫そうだね。ここからは一緒に頑張ろう」



 


 


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