第16話:どうにかなりそうな理性

「へぇ。ウチらが死んだあと、そんなことあったんやね」


 カイルたちと相談した後、私はいつものカエデたちが泊る宿に戻り、夕食を取りながら今後のことを相談した。――虚実織り交ぜて。


「五日間限定で、アリアドネの糸玉を中間地点に設置してくれるなんて、助かりますね。あの蟷螂何度も突破するの嫌ですから、そこまでいければ途中から再開できる、ってことですもんね」


 そう。私は今の状況を『この五日間だけ、糸玉がダンジョン途中で手に入る』という形で彼女たちに伝えた。目的と期間は認識を合わせておかないと様々な個所で矛盾が生じるからだ。


「だねー。アメミット? だっけ。あのワニの人、やるじゃん。期間限定のサービスっていうのもいいよね。今がんばろ! って気持ちになるし」


 三人は概ね好意的だ。そりゃそうだろう。ペナルティには一切触れていないのだから。だが、これでいい。あとはうまいこと誘導さえできれば、モチベーションが高い状態で挑戦を繰り返せる。


「センセ。なんか隠しとることあらへん?」


 カエデが目を細めて、こちらを見る。……勘が良いなこの子。


「いや? 何か気になることあった?」


「これ、ワニの人にメリットないやん。せっかく作ったダンジョン簡単にクリアされかねんし。理由がよーわからん。特に罰則もないように思うしな」


 もちろん、こう問われたときの説明は考えてある。


「うーん……。カイルさんにも聞いたんだけど、どうやら二階って、クリア者まだ出てないらしいんだよね。そもそもあの蟷螂ゾーンを突破できる人さえほぼいないみたいで……だから、定期的に条件を緩和することでダンジョン挑戦をあきらめる人を減らす目的があるんじゃないかな。想像だけど」


「ふぅん。まぁ筋は通るか。……なんか、乗せられてるみたいで嫌やけどな。楽できるっちゅうんなら乗ったるか」


「そうそう。やったほうがいいよ。早速明日から出発して――まぁ集中力が続く限り、急いで攻略しよう。カイルさんからもアリアドネの糸玉の大体の位置聞けたしね」


 もらった一枚の紙を取り出し、共有する。皆一様に前向きだ。ここまでは問題ない。あとは――どうやって、突破するか、だ。


「でも、今までうまくいかなかったですよね……何か、作戦とかあるんですか?」


 そう。ミレットの言うとおりだ。ご褒美があっても、そこまでたどり着けなくては意味がない。


「うん。任せて。私が作戦を考える。取りあえずは――明日、試してみよう」


 言葉は努めて冷静に。生命を使った作戦を自分なりに考えた。


 ――仲間を失ってから、私は色々な状況で冒険をした。傭兵として戦争に行ったこともある。様々な絶望や悲惨な目にもたくさん遭った。だから、この位のこと、何とでもなる。


◆◇◆◇◆◇


 私たちは九時ちょうどにダンジョンに入り、一時間ほどかけて大蟷螂おおかまきりが潜む通路の入り口付近まで辿り着いた。草木が鬱蒼うっそうと生い茂り、人の行く手を阻んでいる。あそこに無防備に入り込めば、たちまち狩人たちの餌食になるだろう。だから――。


「じゃあ、作戦を発表するね。まず、基本的にあの通路に入ることはしません。あれだけ草木があると遠距離攻撃も阻まれるし近接戦闘で複数の蟷螂に襲われたらまず勝てない。だから――釣る」


 私の言葉にカエデが口を開いた。


「釣る言うてもなぁ……結局あいつら人を襲うときしか出て来うへんかったし。誰かを囮にするん?」


「囮にして引きずり出しても、その人が邪魔で遠距離攻撃ができないでしょ。魔術か弓矢で頭吹っ飛ばすのが一番手っ取り早いからね。近接戦闘は基本避けたほうがいいと思う」


「じゃあ、どうするんです?」


「うん。あいつらさ……強力ではあるけど、所詮は昆虫、なんだよね。だから、やりようはあると思う。――ぺリラ、同じ狩る側の視点から、あの蟷螂たちの動きはどう見えた?」


 ぺリラは猫の獣人。つまり獲物を捕まえる側の種族だ。


「え? うーん……蟷螂って、待ち伏せ型の狩りなんだよねー。たぶんだけど、獲物を選んだりしてなさそー。動くものをただ機械的に狙ってるんじゃないかな?」


 ぺリラの言葉に私は頷く。


「そう。つまり、例えば肉の塊とかを置いたところで、彼らは寄ってこない。ここに私たちがいても別に襲い掛かってこないのと一緒でね。つまり……彼らのテリトリーの中に、動くもの、蟷螂が食べるものを放り込んで、そこに食いついたところを釣る。それしかない」


「やっぱ誰かが囮になるしかないやん。どないするん? ミレットなら即死はせぇへんから、紐つけて走ってもらうか?」


「さすがに嫌ですよ……絶対齧られるじゃないですか。あの鎌もいっぱい棘があって挟まれたらただじゃ済まないですし、下手すると首切られるかも」


 二人が会話を繰り広げる中、私は地面に魔法陣を描いた。昨日のうちに術式を頭に叩き込んでおいたのだ。そして魔力を通し、土からとあるものを創り出す。土が盛り上がり、やがて多少いびつながら人の形を取っていく。大体私と同じくらいの身長の、土人形――ゴーレムが出来上がった。


「おおー! すごいじゃん。ここの入り口とかにいたやつの仲間だね?」


「そ。土のゴーレム。あんまり強度はないけど……簡単な命令なら聞ける。囮はこいつ。これに紐を括りつけておいて、通路まで歩かせる。蟷螂が捕まえようとしたところで引っ張る。そんで通路から出てきたところを遠距離から狙い打ち。死んでなければ近接戦闘でとどめ。どう?」


「んー。悪くはないと思うんやけど……でも、こんな、ただの土人形、蟷螂は餌と認識するか?」


「そ、そうですね……動くものではあるけど……さすがに食べようとはしないんじゃないですか?」


「虫だから反射で掴むところまではしそうだけど、食べようとしたらすぐにばれるよね、たぶん」


 三人の意見はその通りだ。だからもうひとひねり入れる。私は左手の付け根を思いっきりロープで縛り、カエデの前に差し出した。


「……ん?」


 怪訝そうな顔をするカエデ。私はにっこりと笑うと。


「カエデ、この腕、斬って」


 さあ、生命を使った作戦の始まりだ。

 

◆◇◆◇◆◇


「……こんなもんで、ええか」


「うん……たぶん、大丈夫。じゃあ、動かすね……」


 私は少しかすれた声で、右手をかざすと、ゴーレムを動かす。先ほどまでと、少し違う、ゴーレムが、ゆっくりと通路に向けて歩き出した。この腕は、蟷螂を騙すための餌。人と誤認させるための生体部品。


 私の切断面は既にミレットの治療術で塞いである。ちなみに、断面や切れた腕を調べてみたところ、切断面から流れているのは血ではなかった。――赤く、液状化した魔力、としか言いようのないものだった。


 恐らくは、このダンジョン特有の仕組みなのだろう。理屈は分からないが、死んでも生き返ることから察すると、この体はもしかしたら私たち自身ではないのかもしれない。だが、今そんなことはどうでも良い。


 血ではないとはいえ、液状化した赤い魔力は血液と同様切断した際に噴き出し、どんどんと流れ出した。魔力不足で私は立っているのもやっとの状況だ。だが、倒れるわけにはいかない。バランスが崩れそうな肉体を保ち、右手を掲げて、蟷螂を待つ。ゴーレムの移動に合わせて、カエデとミレットはゴーレムと結びついた紐を手に、通路に近づいている。ぺリラは私の横で弓を構える。


 ゴーレムが通路の入り口を、よたよたと進んでいくその瞬間――鎌が、ゴーレムを挟もうと襲い掛かる。その瞬間、ミレットとカエデが紐を思い切り引っ張った。跳ねるように後退するゴーレム。その動きに反応したのか、蟷螂は細長い足で跳躍し、通路の外に飛び出して、その両手の鎌でゴーレムを挟み込んだ。その瞬間――。


 「――火球よ!」


 私は残った魔力で懸命に炎の術を蟷螂の頭に向けて放つ。同時にぺリラが魔導具で生み出した弓矢で蟷螂の頭部を狙い撃った。


 高速の矢が蟷螂を貫き、次の瞬間火球が頭を吹き飛ばす。――しかし、虫の生命力は高い。頭部を失っても動く場合はある。それを想定し、カエデロープを手放すと、刀で蟷螂の両手――鎌を斬り落とした。やはり、防御力はあまり高くないようだ。とどめにミレットがメイスで腹部を叩き潰す。


 蟷螂は頭と両腕を失った姿でしばらくもがくように暴れていたが、ほどなくして動かなくなった。――私たちの、勝利だ。


「はは、やったね」


 顔色が悪い自覚はあるが、何とか予定通り勝利できた。作戦勝ちだ。


「やった、やない。センセがこのあと戦えんやないの。こんな作戦、あかんやろ」


「いや、そんなことないよ、だってさ――」


 私たちの体が光に包まれ、欠損していた私の左手が元に戻る。――レベルアップだ。


「強い敵を倒せば、傷は全部治るんだから。死ななきゃ、大丈夫」


 私はそう言って、笑う。生徒たちは皆、私のことを複雑な瞳で見ていた。


 ――大丈夫だよ。私が、みんなを必ず助けるから。

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