第15話:相反する心緒
――明日の九時から五日間。その間にダンジョン二階の中間地点にたどり着き、アリアドネの糸を手に入れられなければ、私たちは、死ぬ。
絶望的なルールを告げて去ろうとしたダンジョンの管理者、アメミット。私は彼女の背中に声を掛ける。
「待って」
「ん? どうした。命乞いか?」
「いえ。どうせ、叶わないでしょ? 無駄な時間を使う余裕はないから。それより……その条件、一方的すぎない? 今はまだ攻略の糸口すらつかめていないんだし、何かしらの……そうだね、例えば報酬とか、あってもいいんじゃない?」
条件を押し付けられるのは気に食わなないし、何よりこちらからも条件を示さないと搾取をされるだけだ。それに、あわよくば前払いで報酬を受けて、戦略の幅が広げられないかと思ったのだ。
「ふむ……そうだな。リクニス。お前、このダンジョンでは、魔術がかなり制限されているな?」
「え? うん。私、ダンジョンの外では精霊の力を借りてたからね。ここだと基礎魔術しか使えないから、どうしてもできることが限られる」
基礎魔術は、自身の能力やセンス次第で様々なことができる反面、難易度が高い。魔術式をその場で脳内に描き、威力、距離、方向など様々なパラメータを即座に設定し発動させる必要がある。私はその手のことがあまり得意ではないため、どうしても定型的な魔術の使い方しかできないのだ。
「――よし、それなら、この課題をクリアしたら、ダンジョンの外で契約している精霊をこの中で使えるようにしてやろう。本来はダンジョン内で精霊を見つけ、契約する必要があるが……特別サービスだ。どうだ、悪くない条件だと思うが」
「……悪くはないけど、その報酬、事前には貰えない?」
死んでしまっては、精霊が使えようが意味はない。そもそもこの条件を達成した後もダンジョン探索を継続するか、正直わからない。
「ダメだ。さっきも言ったが、今回の試練はお前らに危機感が足りないから出したものだ。難易度を下げるつもりはない。――まずは今の状況で、戦略を見直し、試練を突破して見ろ。ああそれと……他の奴に協力を要請するのはなしだ。今いる四人全員で、条件を達成しろ。一人だけ達成しても、そいつしか助からんからな。では、また会えることを、祈っているぞ」
そう言い残すと、アメミットは姿を消した。私は、呪いを確かめるように首に触れ――少し目を閉じると、行動を開始する。まずは、一刻も早く町へ戻り、この魔術の解除ができないかをカイルさんに相談してみよう。厳しそうなら……本気で、戦略を練らなくてはならない。
「――このこと、みんなにも話すべきかな……」
悩ましいところだ。話せば、おそらく必死さは生まれる。だが冷静さは欠ける。時間が無くなればなくなるほど、混乱を招く可能性もある。彼女たちは優秀な冒険者だが――同時に、まだ経験は浅い。一旦は、自分の旨に留めよう、と決める。
「カイルさんにその辺も相談してみるか……」
私は今後の方針を決めると――首に触れたままの手に魔力を込める。
さぁ、迷っている時間も、躊躇っている時間もない。覚悟を決めよう。まずは――文字通り、己を殺すところから。
ボン、と音がして、手のひらから放たれた火球が私の首を吹っ飛ばした。くるくると首だけで宙に舞う意識の中で、ほんの少し、この試練に、高揚している自分がいることに気が付く。
――さぁ、ここから、リトライだ。
◆◇◆◇◆◇
「なるほどな……面倒なことになったもんだ」
まだ日が昇っている時間だったこともあり、カイルさんは比較的容易に捕まった。フレアさんは残念ながらもう別の任務で行ってしまったらしい。代わりに『玉虫の魔女』の異名を持つ、この町で最強の魔術師、アルメリアさんに同席してもらえることになった。彼女も同じくS級冒険者で、『不死のダンジョン』一階の攻略経験者だ。
「あの……アルメリアさん、私にかかっている魔術って、どんなものですかね?」
アルメリアさんはエルフで、銀の長い髪を持ち、常に柔和な笑みを浮かべている。……裏を返せば、表情から感情が読み取れなくて、ちょっと怖い。フレアとはまた別の方向の恐ろしさがある。あと、年齢が不詳。
「そうね……私が見る限り、相当高度な契約魔術ね。これ、無理やり解除しようとするとたぶんリクニスさんの首が吹き飛ぶわね」
「げっ」
「アルメリアでも無理か? お前、そういう契約魔術とか得意分野だろ」
カイルさんの言葉にアルメリアさんは考え込むような仕草を見せる。
「うーん。時間をかけて紐解けば、無理ではないんだけど……五日ってタイムリミットがあるでしょう? そのルールに従ったほうがよっぽど可能性はあるわ。これを掛けた、アメミット? たぶんただの魔物じゃない。おそらく神獣の類。でなきゃここまで高度な魔術を何の儀式もなしに使えないわ。……そもそも、あのダンジョンの作り手の一人ってだけで、普通じゃないことは間違いないけど」
――神、か。言われてみれば普通じゃないとは思っていたが、そのクラスの存在とは。ちなみに神は、天界などでひっそりと暮らしていると言われ、神聖魔術は彼らの力を借りている。力の規模や性質もまちまちだが、人よりも遥かに強い力を持つことは間違いない。普通に生きていて、出会うことはまずないのだがまさかあんな所いるなんて。
「となると……やっぱり正攻法で、アリアドネの糸玉を手に入れるしかない、ってことですね……」
「そうね。術式はコピーしたから、調査は進めておくわ。解呪はできなくても、条件を緩和したり、被害を減らすことはできるかもしれないから」
アルメリアさんはそう言うと、足早に部屋を出ていった。ありがたい。
「一応、そこまで到達したパーティに聞き取りしといたけどな。蟷螂の群れを突破したものその時点で残りはシーフ一人。そいつが単独で気配を殺しながら魔物を避け、何とかいくつかの部屋を突破して手に入れたらしい。極限状態だったから確実じゃないが、発見した魔物や大体の位置は聞けたから渡しとく」
私はカイルさんから一枚の紙にまとめられた聞き取りの結果と、ざっくりした地図を受け取った。これで多少は楽になる……といいなぁ。
「しかし、こいつら、お前たちよりも経験豊富で、全員冒険者ランクはB以上だった。そのシーフだけがA級だった。それだけの実力者でもそんな状況になる、ってことだ。……勝算はあるのか? 何かフォローできることがあれば……」
「昨日フレアに言われたようなことを、考えてます。――生命を、天秤にかけた、戦術を。おそらくは、アメミットもそれを期待しています。その上で、タイムリミットに絶望し、死んでいく私たちの様子を楽しもうというのが目的でしょう」
「……だな。他の連中には、話すのか」
カエデ、ミレット、ぺリラ。彼女たちが、この事実をどう受け止めるか。――受け止められるか。
「たぶん、受け止めてはくれると思います。ただ……パフォーマンスへの影響は想定される。色々経験していてもまだ若いし、未熟です。最初は良いですが、終盤が特に危険で、下手をするとパーティ内のもめ事などに発展するリスクもある。だから――少なくとも今時点で、私は伝えるつもりはありません」
人間、厳しい状況下では他人に攻撃的になる。命が掛かっている状況で平静を保つのは相当に難しい。
「……そうか。これについては、俺からは何とも言えん。直接あいつらを見たお前と、その経験、判断に委ねるしかない。ただ――何かを隠すってことは、バレたときのリスクがあるってことを考えておけよ」
カイルの言葉に、心が揺れる。……情報を共有し、共に考え、進んでいった方が良いのではないか。その方が、一丸となり、前向きに進めるのではないか。だが。
「はい。もちろん。――すべて、私が責任を取ります」
もしもこの試練が突破できないとき――あなた達に絶望は与えない。いつものような死を迎え、そのまま、眠りにつくのだ。すべての恐怖と、絶望と、焦燥は、私が背負おう。それが――『先生』としての役割だと思うから。
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