第14話:残念。もうにげられない

 あれから。


 絶望的な『死』を迎えたものの何とか持ち直し、町へ戻ってみんなといつものように食事をとった。


 翌日、今までの『死』の経験もあり、特にモチベーションの低下もなくダンジョンへの再挑戦を行い――再度、無残な死を迎えた。蟷螂かまきりを避けて別の道を選んだものの、どうやらアレらは二階の至る所に生息しているらしく、似たような状況下で各個撃破された。


 ちなみに、二階は一階と違ってフロア構造は固定らしい。まぁ確かに、あんな森をいちいち作り直していたら大変だろうけど……。


 さらに翌日。再々挑戦時をした時には、蟷螂を通路に誘導し、正面からの戦闘を挑んだ。だけど――複数体で飛行して襲い来る蟷螂に対抗しきれず、全員で無残な死を迎えることとなった。


 三度目の全滅。さすがに私もこのままではまずいと思ったので、アドバイスをもらうため、冒険者協会を訪れた。ダンジョンの攻略の依頼主である協会長とアポを取り、報告がてら色々相談をしてみるつもりだった。


「うーん……大蟷螂は遠距離から叩くしかないよなぁ、やっぱ。攻め手に回られると勝てない」


 通された会議室の中でぶつぶつと独り言を言っていると、部屋に金髪の大柄な男性――協会長のカイルさんと、もう一人、女性が入ってきた。彼女は……。


「フレア?」


 前にパーティメンバーにも話したことがある、半竜のS級冒険者、フレアだ。年齢は確か二十代の前半。若さに似合わない圧倒的な戦闘能力を持つ、この町で最強の冒険者の一人。


「おう。一応一階クリア者だからな。どれだけ参考になるかわからんが、ちょうど見つけたから連れてきたんだ」


 なるほど。さすがカイルさん。協会長の立場なだけあって気が利く。


「や。久しぶり、リクニス」


「おひさ。話すの何年ぶりだろね」


 年齢はリクニスのほうが上だが、冒険者とのランクはフレアのほうが全然上なので、以前一緒に冒険した時からお互い特に敬語などは使わない。そもそもフレアが敬語を使っているところは見たことなどないのだが。


「で、今日はあたしなんで呼ばれたの? なんかモメ事?」


 S級冒険者を呼ぶような事態ってあんまりないもんね……。


「ちげーよ。今、リクニスに例の『不死のダンジョン』に挑んでもらってるんだが、二階で行き詰ってるらしくてな。お前確か、一階突破はしてたろ。何かアドバイスとかないかと思ってな」


「あー。あの悪趣味ダンジョン。でもあたしら一階突破してすぐ帰ってきちゃったよ」


「それでもなんも知らない奴よりはマシだし、何よりお前は戦闘経験が豊富だからな。そこから言えることもなんかあるだろ。何せ、二階をクリアした奴はまだいないんだからな」


 確かに。フレアはS級冒険者で、国内外問わず様々な状況下での戦闘経験がある。その視点からだと見えるものもあるかもしれない。が、しかし。


「え? 二階クリア者ってまだいないんですか?」


 私は驚き、声を上げてしまった。


「ああ。途中で脱出は可能らしいが、一番奥まで行った連中でもそこ止まりだ。それも、命からがら死にかけて運よくたどり着いた、みたいな感じでな。正直言って参考にならん」


 そうだったのか……何人も突破しているのかと思ってた。それだけヤバい階層、ってことなのだろうけど……。


「なら、せっかくだし、ちょっと聞いてもらおうかな。少し恥ずかしい話ではあるんだけど、今二階で――」


◆◇◆◇◆◇

 

「なるほどね」


 これまでの冒険の経緯なども含めてかいつまんで状況を説明した。


「ど、どう? なんかアドバイスとか、もしあれば聞きたいんだけど……」


 フレアはこちらの目をじっ、とみて口を開く。先ほどの少しのんびりした様子から、明らかに変わっている。戦士の顔だ。


「リクニス。戦闘時に作戦を立てているのは誰?」


「え? あぁ、基本は私かな。他三人は冒険者としての経験も少ないし、私は魔術師だから後方から指示も出しやすいしね」


「そ。やっぱね。リクニス。あなたは冒険に慣れているからこそ、を立てられていない。そこが敗因」


 フレアの言葉に思わず息を飲む。ダンジョンに、対応した戦術……?


「リクニス。このタンジョンの特徴は?」


「え? えーっと。死んでもやり直せる」


 『不死のダンジョン』と言われる所以だ。


「それは半分。もうひとつ、戦術的にとても有利な点がある。気づいているでしょ?」


「……レベルアップ?」


 仮に身体の欠損や、一部が石化するような状況下においても、敵を倒しレベルが上がれば、。これは――やり直しができるとはいえスタート地点に戻される『死』以上のアドバンテージだ。


「そう。例えば今回の蟷螂が相手だったら、一人を囮にして、手でも、足でも、とにかく即死しない部位を喰われている隙に、敵を倒せばいい。生き物は他の何かを襲っているときが最も無防備なんだから」


「それは……」


「躊躇う必要ある? 倒して、レベル上がったら戻るんだよ?」


「……生きたまま、食べられるのは、精神的には相当キツイよ。食い殺されるのだって結構しんどかったのに」


「……? なんで? いいじゃん別に、すぐ戻れるんだから」


 フレアの心底理解できないという表情。その瞳は、爬虫類じみた、不気味な様子が見て取れる。あぁ――彼女は、やはり、人間じゃないく、竜。強者の理屈だ。これは。


「さすがに、そう簡単にはいかないよ。みんなまだ若い、子供だし」


「じゃああなたが囮になればいい。――あ、でも遠距離から不意を打つべきだから、やっぱり近接担当のどっちかだな、囮は。蟷螂は攻撃力は高いけど、脆い。大きな火球を頭にぶち込めばたぶん殺せる。……喰われている仲間も焦げるかもしれないから、防御の術は掛けておいた方が良いけどね」

 

 淡々と『生命』を犠牲にする策を提案するフレア。これが、S級冒険者であり、半竜の考え方なのだろう。


「ストップ。言いたいことは分かるよ。わかるけど……さすがにそれは容認できないかな。ありがとね、フレア」


 私は溜息をついて、席を立つ。残念ながら、ここでこれ以上得られるものはないようだ。


「そ。まぁ別に、わけでもないしね。好きにしたらいいよ。あたしはただ、その戦力でできることを伝えただけだし」


「……すみません、カイルさん。もう少し、私たちで頑張ってみます」


「あぁ。ま、無理はすんな。こいつの言ったのは頭がおかしいやつの理屈だ。――勝てなければ、死ぬ。そんな状況下で生きてきたやつの考え方だからな。ある意味『不死のダンジョン』はその対極にある場所だ。心が壊れない程度に、色々試してみるといい」


「はい。ありがとうございます。……また、何かあったら報告しますね」


 私は二人に告げて、部屋を出た。――これでいい。あの子たちに犠牲を強いるような、戦いは本意ではない。少しずつお金も稼げているし、もう少し経験が積めたら、こんなダンジョン攻略をやめて、普通の冒険に出ても良いわけだし。


 そんなことを考えながら、いつものパーティメンバーが泊っている宿へと向かう。


 ふと、頭によぎるのは、あの、化け物。アメミットと名乗った、あの化け物に、放ってしまった、宣言。


「ま、攻略する、とは言ったけど……別に、約束したわけでもないもんね……」


◆◇◆◇◆◇


 そして、四度目の挑戦。うまく釣り出した蟷螂の一体を、何とか炎の魔術で倒したものの、その音に驚き、飛び出してきた蟷螂たちに襲われた。全員一丸で対応したものの――最終的に、私以外の三人は殺された。そして、蟷螂たちは獲物を手に入れて満足したのか、みんなの死体を持ち、森の中に消えていった。残ったのは、魔力の切れた、私だけ、だ。――地獄のような光景と己の無力さに、心が折れそうになる。


「……すぐに殺してくれるのと、痛みは感じないようになっているのが救いだけど……」


 そう。おそらくは何度も『死』を繰り返すことのハードルを下げるためだろうが、この洞窟における傷に痛みはないのだ。だから、重傷を負うことによるリスクは自身の肉体が欠損することによる精神的なダメージと、欠損に伴う身体能力の低下となる。

 

 ただ、こんなことを繰り返し、死や傷に慣れてしまったら、現実世界でまともな冒険はできなくなる。傷が痛いことには、きちんと理由があるのだ。だからこそ私は、この経験をあまり重ねたくはなかったし、それを当たり前にしてほしくなかった。カエデ、ミレット、ぺリラの三人には、未来があるのだから。――もう、いっそダンジョン攻略はここで辞めようか。そう思った時。


「――なにをのんびりしている?」

 

 心臓が、跳ねる。私の内心を見透かしたかのようなタイミングで声を掛けてきたのは、以前であった、浅黒い肌の女性。――ダンジョンの管理者にして、化け物。


「……アメミット。どうしたの? こんなところで。もっと奥にいるんじゃなかったっけ?」


 動揺を押し隠し、平静を装う。


「あれだけの担架を切っておいて、この程度の場所で何度も時間と命を無駄遣いしているようだからな。……少し、発破を掛けに来た」


「へぇ? 意外と、見ててくれてるんだ。私たちのこと」


「あぁ。あまりにも生ぬるい戦い方だな。リクニス。お前の宣言はその程度のものだったのか?」


「まだ二階での冒険は始まったばかりだよ。これから――」


「いや、こんな茶番はうんざりだし何より――お前、逃げるつもりだろう? そうはいかない」


 アメミットは手をこちらに向けてかざすと――何やら呪文を唱え始めた。これは……何か、まずそうな。


 呪文に合わせて、黒い帯状のものがこちらへ向かって来る。とっさに魔術で防ごうとするが――まったく効果はなく、その帯は、私の首に絡みつき、消えた。


「……これは?」


「それは、呪いだ。明日の――九時。お前たちがいつもダンジョンに来る時間だが――それから丸五日の間に、この二階の途中にあるアリアドネの糸玉を回収してみろ。できなければ、その首にかかった呪いが発動し、お前は、首と胴が分かれて死ぬ」


 ……タイムリミットが設定された。うかつだった。まさかこんなやり方を取ってくるなんて……!


「くっ……この呪いは、私だけのもの?」


「いや。お前だけなら、最悪自死を選ぶだろう? お前が死ねば、残りの三人もまとめて首と胴が泣き別れ。パーティメンバー仲良くさよならだな」


 冗談ではない。そんなこと、許されてたまるものか……! だが、この化け物が、そのくらいの力があることは明白だった。


 私の不用意な発言が、文字通り自らの首を絞めることになるなんて……。私は絶望と共に、目の前の褐色の女性を、強く睨みつけることしかできなかった。


 



 



 

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