第2章:樹海の迷宮

第13話:深い森の奥 眠る獣たちへ捧ぐ

「改めて見ると、このダンジョン……いや、ダンジョンというか、森? ナニコレ?」


 私はダンジョンの二階に降り立ち、改めて周囲を見回した。一階は基本的に石造りの部屋があり、そこに魔物や罠が配置されていて『造られた』迷宮であることがわかりやすかったんだけど、ここの通路は木々や蔦、草によって形作られていて、隙間も当たり前にあるので、目の前を小型の動物や魔物が通過したりするし、頭上に敵がいるような状況もありうる。


 ――あ、ほら、歩きキノコが。


「ほい」


 てくてくと歩く人の腰くらいの大きさのキノコを、カエデが真っ二つに立ち割った。


「あー。なんか、かわいそう?」


 歩きキノコは一階でも出てきた雑魚モンスターであり、ほとんど害はない。


「もらった魔導具の試し斬りや」


 確かにカエデが手にしていたのはダンジョンに入った際支給された刀ではなく、先日1階のボスを倒して手に入れた、魔力を武器化する魔道具だった。


「どうですか? 使い勝手は」


 ミレットの問いかけにカエデは素振りをしながら答える。


「刃に触れることもできるし、感覚的にはあんまり変わらへんな。鍔とか鞘とかないから、とっさの時に困る場面もありそうやが」


 そんなふうに雑談をしながら、緑に覆われた通路を進む。虫が多いし湿度も高いため快適とは言い難いが、今のところ特に危険は見当たらない。出てくる魔物はキノコや大グモ、大サソリなど、落ち着いて対応すればそこまで危険はないような連中だ。


「一階でレベル上げ過ぎたんとちがうか。バジリスクまで倒すんは想定外やろたぶん」


 どうなんだろう。バジリスクを放置したままミノタウロスを倒すのもかなり大変そうには思えるけど……。


「お。部屋だ。ガサガサいってるるからなんかいるよー気を付けてー。それなりにでかそう」


 ぺリラの注意に促され、私たちは慎重に部屋――というか、広場に入る。通路の上部は木々に覆われ光があまり届かなかったが、広場では空が見えており、明るい。その中央に――。


「でかい猪か」


 地面を掘って食べ物を探しているのは、体高が私とそう変わらない大きさの猪。……正面から戦うのは危険だ。


「ミノタウロスほどじゃないだろうけど、激突したらただじゃ済まなそう。そうだな……ぺリラ、カエデからその武器受け取って、弓か何かで遠距離からダメージを与える。私も魔術を撃つからそれで削ろう。近づいてきたところをミレットが足止めして、カエデが魔導具をぺリラから受け取って止め。……みんな、いけそう?」


 一番危険なのはミレットだが、ミノタウロスとの状況を見るに、鬼の力と強化の魔術をうまく重ねれば、対応できる……と思う。


「ウチはいけるで」


「アタシも大丈夫。弓矢がいいね。まだ距離もあるし」


「はい、鬼の力を使えば、大丈夫かと」


「……ミレット、無理してない? 大丈夫?」


 念押しで確認する。そもそも彼女にとって、鬼の力を使うことが好意的なのかがわからないのだ。一応自分の種族はシスター服で隠していたわけだし。


「はい。……私は、正直、この力が怖かったんです。でも……みんなのためになるってわかったから、大丈夫です」


 ミレットは力強く言ってくれた。うん、これなら大丈夫そうだね。


「よし、じゃあ――作戦開始!」


 ぺリラが魔導具を使い『弓矢』を作り出す。魔力によりグリップ以外の部品全てが形作られ、矢も生成された。おそらく、魔力消費はそれなりに多いだろう。


 ぺリラは大きく深呼吸すると、弓を構え、猪を狙う。――今のところ、まだ気づかれてはいない。一撃でダメージを与えたいところだ。私自身も魔術の準備をする。森林での炎はリスクが高いので、今回は稲妻の術を準備する。


「――当たれっ!」


 放たれた矢は狙い違わずイノシシに迫り――そのまま右目を貫く! 普通の弓と比べると威力が高いように見えるので、おそらくは魔力によって強化されているのだろう。間髪入れず私が放った稲妻も猪に直撃した。さすがに一撃で絶命はしなかったらしく、大きな声を上げている。とはいえ、十分にダメージは与えられただろう。


「まだ戦う気満々やね。ぺリラ。武器よこしぃ」


「はーい。あとよろしくー」


 ふらつきながらも怒りに燃えるイノシシは、こちらに向けて突進を仕掛けてきた。だが、全身を魔術で強化したミレットが、その牙を掴みあっさりと止める。


「くっ……! ミノタウロスに比べたら、全然楽ですね……! カエデさん!」


 ミレットが叫ぶ。その直後――。


「これで、終いや」


 一閃。カエデの斬撃が、あっさりのイノシシの首を落としていた。ぺリラの弓の時も思ったけど、この魔導具、かなり強力だ。


 イノシシは少し経ったあと光に包まれ、毛皮だけが残った。何かに使えるかもしれないし、一応拾っておくことにする。さすがにレベルアップこそしなかったが、自分たちは二階の敵にも十分通用する、という確証を得ることができたので、満足し、談笑しながら部屋を出て先に進んだ。


 ――このダンジョンが、そんなに甘いわけはなかったのに。


◆◇◆◇◆◇


 初めに異変に気付いたのはぺリラだった。通路を進みながら、周囲をきょろきょろと見回している。


「どうしたの? ぺリラ。なんかいた?」


 私の問いかけに、ぺリラは首をかしげる。


「なんかねー見られているというか……首のあたりがチリチリするような感じがあるんだけど、うーん。よくわからん! この階は生き物が多すぎてうまく気配が探れないんだよね」


 獣人の彼女でもわからないか。……とりあえず、慎重に進むしかないかな。


「ま、なんとかなるやろ。さっきの猪くらいやったら、仮に後手に回っても対応はできるはずや」


「そうですね。……ただ、不意打ちは怖いですし、毒なんか受けるとまずいので、一応皆さんに防御の術を掛けておきますね」


 ミレットが防御強化の術を全員に掛ける。これで、少なくともいきなりやられることはないだろう。――その気持ちがあったのか、ぺリラも先ほどの警戒を少し薄れさせて、先に進んだ。その瞬間。


「――ぁ」


 突然、ぺリラが消え入りそうな声と共に視界から消える。……横道に入ったか?  まさか、落とし穴か何かだろうか。


「ぺリラ? 大丈夫?」


 私が声を掛けて前に進もうとすると、カエデに腕を掴まれた。


「……さっきの声、あれ、いきなり首でも絞められんとああいう発声にはならんで」


「……それ、どういうこと――」


「――んんっ」


 今度は、後ろから、ミレットの声。振り向くと、既に彼女はいなかった。……まずい。この通路、何かが、いる。


「いったん、さっきの広場に――」


 言いかけたカエデが、目の前で何かに、。そのまま通路頭上の木の上に連れていかれる。


「カエデ!」


 私が足を踏み出そうとしたとき。


「えっ」


 喉元に刺さる、いくつもの棘。痛みを感じる間もなく、すごい勢いで引き上げられた。声は、出せない。がっちりと首が何か棘の生えた物体に挟まれている。これは……なんだ? 


 連れていかれたのは、草木が生い茂る茂みの中。私を挟んだものの正体は。


蟷螂かまきり――)


 巨大な。おそらくは私の倍以上はあろうという、蟷螂。私を挟んだのは、巨大な鎌だったのだ。三角の、体の割に小さい頭が、私に近づく。


(や、やめ――)


 全身が総毛立つが、どんなにもがいても挟まれた鎌はびくともしない。三角の頭に、恐ろしい牙があることに、私は初めて気が付いた。こわい。こわい。こわい。やめて、やめて、やめ――。


 ガリ。


 蟷螂の大あごが、私の頭を齧る。ミレットの防御の術もお構いなしだ。それだけ、強力な魔物、ということだろう。恐慌状態にあるせいか、不思議と痛みは感じない。だが、頭に穴をあけられたのが、理解できた。そして、その穴に向けて、蟷螂がさらに、牙を突き立てていくのがわかる。あぁ――私の、大事なモノが、食べられる。


 ――蟷螂は、鳥を食べる時、頭に穴をあけて、脳を食べる。そんな話を聞いて、ぞっとしたことを、今更ながらに思い出していた。


 ブツン、と音を立て、意識は暗転する。――まず止めを刺してくれるのは、蟷螂なりの慈悲なのかもしれない。そんなことを思いながら、私の命は終わりを告げた。






 


 


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