幕間 - 愉快な仲間を紹介するぜ 後編
「ふぅ。お酒も食事も美味しい。いやぁ、今日はいい日だね」
食事はひと段落し、お酒も入ってリクニスはだいぶ気分が良かった。ロータスとの会話も弾み、久しぶりに酔っぱらっている自覚もある。
「まぁ、息抜きになったなら良かった。……しかし、大丈夫か? 結構飲んでるだろ」
「んー? まぁ、うん。あれよ。たまにはね、こんなのもね。いいかなと。――ちょっと、最近は気を張ってたかなぁ」
ロータスは苦笑しつつこちらを見ていた。彼はリクニスよりだいぶ酒に強く、まだまだ頬が少し赤い程度で特に普段と変わらない。
「とりあえず、水頼んでやるから飲んどけ。明日に響くぞ」
しばらくして、ウェイトレスが水を持ってやってきた。……さっきまで、料理やお酒を運んでくれた人と違うな。随分若い。それに、なんか見覚えがあるような――。
リクニスがじぃ、っと身を乗り出してウェイトレスを見ようとしたとき、酔っていたせいでバランスを崩した。ロータスがそれを冷静に受け止める。
「おい、どうした。ちょっと落ち着けって……ん? 殺気?」
ウェイトレスが、胸元から一本の包丁を取り出した。そして――。
「死ねどす」
「――殺し屋――!!!???」
リクニスが叫び声を上げる間、ロータスは立ち上がるとウェイトレスと対峙する。
「なんだその言葉遣い」
「すまんなぁ、衝撃的な光景過ぎてつい地元の汚い言葉が出てもうたわ」
「あれ!? そんな格好してたからわかんなかったけどもしかしてカエデ!? 何してんのあんた!」
「酔った女性を手籠めにしようとする悪漢退治や」
「――リクニス、このイカれ女、知り合いか?」
「ええと、うん、まぁ」
「初対面のか弱い少女にそんな暴言吐くなんてひどいわぁ」
「包丁持って何言ってんだよ……」
ヤバイ、場がカオスだ。思ったより酔っぱらってて頭も回らないし体も動かない。リクニスがそんなふうに葛藤していると――。
「――はい、そこまでー!」
カエデの首元に、針状の何かが突き立った。そして――。
「ぺリラ……なにすんねんしばくぞ――」
悪態をつきながら、カエデはその場に倒れこんだ。そこに。
「はい、大変お騒がせしました! すみません、どうか色々言いたいことはあると思うのですが……いったん収めていただいて、お食事を続けてください」
シスター服の大柄な少女がウェイトレス姿のカエデを抱き留め、先ほど吹き矢を放った猫耳の少女と合わせて退場していく。……いや、何してんの。
「ミレット、ぺリラ。これは一体……」
「うーん、説明しづらい……というかそもそも説明しても理解はたぶんしてもらえないんだけど……」
「まぁ、アレです。子供が、仲いい友達と別の子が遊んでるの見て拗ねちゃった感じだと思ってもらえればと」
「子供は包丁を使わんだろ」
ロータスの突っ込み。
「この子のおもちゃ、刃物くらいしかなかったんでしょうね」
ミレットが意識を失っているカエデの頭を撫でる。麻酔薬でも撃ち込んだんだろうか。大丈夫かな。
「ごめんねー、ちゃんと後日謝罪に行かせるからこの場は勘弁してねー」
どかどかと三人は退場していった。……なんなんだ、一体。
「……嵐みたいだったな」
「アレ、今の私のパーティメンバー」
「そうか……苦労してんな」
「うん。いや、ほんと、何? 何だったの? 最近の若い子わかんないわー」
「……はは。まぁでも――お前を大事に思ってることだけは、伝わったよ」
「え? そんなまとめでいいの? ちょっとロータス善人過ぎない? 詐欺とか気を付けてねホント」
「お前のそういうところ、変わんねぇな」
――善人なのはお前だろ、とロータスは笑った。そして――。
◆◇◆◇◆◇
「……何か釈明は?」
「――反省しとります」
翌日、三人の泊まる宿を訪れたリクニスに説教をされ、カエデは平伏していた。幸い、食堂にはカエデたち四人以外は誰もいない。
「大体、変な誤解をしてレストランの個室に突撃してくるなんて――」
「いや、誤解ではないと思う」
そこはきっぱり否定をする。
「いや、ロータスとはそういうんじゃないから……」
「はーわかってへんなやっぱり。ウチが行って正解だったわ」
「何急に偉そうにしてるの。ロータスが店長さんと知り合いだったから事なきを得たけど、ウェイトレスを当て身で気絶させて服を奪うとか普通に犯罪だからね。彼に感謝しなさい。後で菓子折り持って謝りに行くよ」
「うう……嫌やけど……貸しを作ったのは事実や……しゃあない」
「なんか、お友達、っていうか」
「母と娘、だよねー。この感じは」
ミレットとぺリラの声が聞こえる。くそう。好き勝手言って。
「二人も、ちゃんとカエデが暴走したら止めてよね」
「まぁ、そうしたいのはやまやまなんですけど」
「でもアタシたち、お友達だからねー。お願いはできるだけ聞いてあげたいじゃん」
「――あんたら」
友達、か。
「はぁ……まぁ、でも、そうだね。私もロータスが困ってたり、何かしたいことがあったら助けてあげたいとは思うし、それと一緒かぁ」
カエデはふと、昨日、リクニスとロータスが、楽しそうに食事していた様子を思い出す。
「――センセ。お酒、好きなんか?」
「ん? うん。割と飲むよ」
「でもウチらの前で飲んだことあらへん」
「あぁ、まあみんな、未成年で飲酒年齢に達してないからね。興味持たれても困るし」
「……なんか、ずるいなぁ」
カエデはポツリと呟く。
「ずるい?」
「だってうちらは、お酒美味しそうに飲んだり、酔っぱらって楽しそうにしとるセンセのこと見れんやろ。不公平やん」
「……えぇ……? いや、美味しそうはともかく、酔ってる姿は見せたくないよ……」
「ウチは見たいねん」
「はぁ。うーん。カエデ、今いくつだっけ」
「十六や」
「そ、ならあと二年もないね。この町だとお酒は十八から飲めるから、そしたら一緒に飲みに行けばいいよ」
カエデはリクニスをじっ、と見つめる。
「ほんとか?」
「うん」
「約束やで」
「いいよ、奢ったげるよ」
「――じゃあ、さっきのレストランの、個室、連れてってや」
「おぉ……まぁまぁお高いけど、まぁいいや、うん」
「あと、ウチ、洋服持ってないねん。選んで」
「えー私センスないよ」
「センセに選んでほしい」
「……わかったよ、じゃあ十八になったらワンピース選んで、それ着て一緒にお酒飲みにレストランに行こう。それでOK?」
「約束やで」
言いながら、カエデは小指を前に突き出す。
「何コレ?」
「約束のおまじないや。破ったら針を千本飲まされる呪い」
「え、こわ」
リクニスは嫌がったが、カエデが強引に小指を絡め、指切りをする。――指のしなやかさ、細さに少しどきりとした。
「さて、じゃあロータスに謝りに行って……そのあとは、また作戦会議しましょうか。明日から二階に挑むんだからね、準備をしないと」
「えー、もうダンジョンのこと考えるのー?」
「当たり前でしょ、こういうのはメリハリが大事。それに――二年後、みんなでお酒飲むなら、ダンジョンのことなんか忘れて楽しく飲めるようにしときたいじゃん」
「……確かに、それはそうですね」
「待って、みんなで行くん? レストラン」
「え? 違うの?」
リクニスはきょとんとした顔をしている。……この女……。
「おごってもらえるならアタシ着いてくー」
「あのレストラン美味しかったですしね、私も行きたいです」
カエデは嘆息した。まぁこれが……今の関係性ってことなんだろう。
「まぁ今はそれでええ。覚えとき。二年後、二人きりじゃないことを後悔させたるからな!」
「……どゆこと?」
リクニスの呟きを無視し、カエデは席を立った。あのロータスというやつに謝りに行くのだ。――もしかしたら今なら、少し彼に対して親近感が湧くかもしれない、なんて思いながら。
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