幕間 - 愉快な仲間を紹介するぜ 中編

 そのレストランで食事するのは別に今回が初めてではなかった。だが、異性と二人で、というのはそういえば初めてかもしれない。


 リクニスはさすがにいつもの薄汚れた服ではまずかろうと、少しおしゃれな紺のワンピースを身に纏い、長い灰色の髪をアップにして、店の近くの広場に佇んでいた。それなりに年齢を重ねていると、嫌でもこういった服装が必要な場面は訪れるものだ。


「ま、とはいえロータス相手に、そんな気を遣うこともないだろうけどね……」


 レストランもそこまでかしこまった雰囲気でもない。ちょっとした贅沢に行くようなお店で、家族連れなんかも多い。ロータスはリクニスとほぼ同期の冒険者で、一緒のパーティではなかったが、顔を合わせば会話をしたり、食事をしたりする程度には仲が良い男だ。もう十年以上の付き合いになる。――リクニスがパーティメンバーを失い、ふさぎ込んでいた時にも元気づけてくれたものだ。


 そんなことを思い出していると。


「――リクニスか。驚いた、そんな服持ってたんだな」


 現れたのはロータスだった。赤毛を短く整えた、中々の美男子だ。背も高く、戦士職らしい均整の取れた体つきをしている。今日はジャケットなんて羽織っているから、中々に見目が良い。――そういえば、モテそうな割に異性関係の話は聞いたことがないな。


「あんたこそ、おしゃれしてんじゃん。わざわざレストランなんか予約して、デートの下見?」


 リクニスの言葉に、ロータスは苦笑する。


「そんなんじゃないさ。最近色々活躍してるらしいから、少し話でも聞こうかと思ってな」


「別にその辺の食堂でもいいんじゃないの?」


「結構特殊な任務なんだろ? あんまり人に聞かれない方がいいのかと思ってな」


「あー……そういやそうなの、かな? あんま気にしてなかったわ。さすがだねロータス気遣いの男」


 全然普通にカエデたちの宿の食堂でべらべら喋ってたな……気を付けよう。


 リクニスがそんなことを思っていると、ロータスがそっと彼女の左手を取った。


「へぇ、エスコートなんてしてくれるんだ」


「まぁ、このくらいはな。それなりに経験はある」


「はー、さすが、A級冒険者様は違いますねぇ」


「お前だってB級上位でそんなに変わらないだろ」


 軽口を叩きながら、リクニスはロータスの右手を掴み、歩き出す。


 ――まぁ、たまにはこんなのも悪くはないかな。


◆◇◆◇◆◇


 ギギギギギギ。


 レストランにほど近い広場――そこにある木の影。カエデはリクニスと待ち合わせ相手が店へ向かう様子を眺めていた。声が漏れそうになったのでひとまず手に持った手拭いを噛み締めている。


「カエデさん。ちょっと、少し落ち着いてください。ハンカチが切れます。歯にも悪いです。あと、殺気が漏れてます」


 ミレットの言葉は聞こえてはいるものの反応はできない。相手の男性の顔が見るために、わざわざ待ち合わせ時間にこっそり待機していたのだが……想像よりだいぶまともな男性で動揺したのだ。まぁ、客観的に見て、お似合いであると言える、かもしれない。もしかしたら、うん。


「カエデ、少し気配抑えないとバレるよー。あの男の人、相当な手練れだから、下手すると視線に気づかれてるかもよー」


「……わかっとる。……しかし、困ったわ。あないなちゃんとした格好が必要な食堂なんか」


 カエデ自身はそもそも洋服をほとんど持っていない。着物はそれなりに良いものを持っているので、それに着替えれば何とかなるだろうか。

 

「アタシは一応ワンピースとかあるよ、冒険の服とおしゃれ着は分けたいし!」


 ぺリラは結構着るものや装飾品に気を使っている。年頃の娘として見習うところは大いにありそうだ。


「そか。ならぺリラは大丈夫やな。ウチは着物で何とか通すとして――ミレットは……その服ならいけるんちゃうか?」


 ミレットが身に着けているのはいわゆる修道服というやつで、まぁ一般的とは言えないだろうが別に失礼に当たるようなものでもないだろう。


「……まぁ一応、冒険用とは別の正式なものもありますが……行けますかね、目立ちそうですが」


「着物の時点でウチも目立つ、大丈夫や。取りあえず着替えよ。急がんと予約の時間になってまう」


 そう。早くしなければ。リクニスがあの男の毒牙にかかる前に、急ぎレストランに入る必要があるのだから。


◆◇◆◇◆◇


「ん、美味しいね、このお酒。飲むの久しぶりだからかな」


 リクニスはレストランの席に着き、食前酒として出てきたシャンパンを楽しんでいた。ちなみに、お酒は弱くはないが強いというほどではない、という感じで、飲めば普通に顔も赤くなるし酔っぱらう。


「ああ。それは結構いいやつだからな。しかし、酒はあんまり飲んでないのか。お前前は仕事終わりは一人でも飲んでたんじゃなかったか?」


「今一緒にパーティ組んでる子たちが未成年だからね。一緒にご飯食べてその後に一人でお酒飲むのもなんかなぁーって感じだし、結構ダンジョン攻略忙しいから控えてたんだ」


 リクニスたちがいるのはレストラン奥の個室。どうやらロータスはあまり情報を周りに漏らさない方が良いだろうと、わざわざ個室を予約してくれたらしい。さすが気遣いの男だ。


「そうか。ちゃんと先生やってるんだな」


「うん。みんな優秀で、頑張り屋で、かわいい子たちだからね。色々苦労もしているみたいだし、ちゃんと導いて、幸せになってほしいからさ」


「――そうか。随分、変わったな」


 ロータスは少し寂しそうな表情をする。彼は、リクニスが昔パーティメンバーを失って、それから基本ソロで活動してたのを知っている。何度かロータスは彼女をパーティに誘ったが、リクニスは断っていた。


「ま、それなりに年齢も重ねたし――何より、私がもし引き受けなかったら、あの子たちはロクに知識もないままダンジョンに挑む羽目になってたかもしれない。あそこは、命の危険はないとされているからね」


「……命の危険がないなら、別に初心者が挑戦してもいいんじゃないか?」


「ほんとに、危険がないなら、ね。――でも、あそこはとんでもない力を持つが作り出したダンジョンだ。本当に危険がないなんて、言いきれないよ」


 リクニスは少し声のトーンを落とす。


「――そうなのか? 噂には聞いたことがあったが、事実だと?」


「……実際に、黒幕っぽいやつに会ったからね。アレはヤバい。化け物だわ。関わりたくないけど……宣戦布告しちゃったんだよねぇ」


「……何やってんだ、お前」


「いやーなんか、売り言葉に買い言葉っていうか」


「大丈夫なのか? 助けはいるか?」


「……うーん、まぁ取りあえずは、今のメンバーと頑張ってみるよ」


「――そうか。何かあれば、遠慮なく言え」


「うん。ありがと」


 改めて、グラスを合わせ、運ばれてきた食事を楽しむことにする。――かけがえのない友人との、楽しい時間を。


◆◇◆◇◆◇


「――こ、個室、やと……」


 カエデたちは慌てて着替えると、急ぎレストランに赴いた。カエデやミレットの服装に怪訝な顔はされたものの、何とか店内に通してもらえたので、こっそりと他の客の様子を見てみたのだが……リクニスたちはいなかった。ぺリラに気配を探ってもらうと、どうやら店の奥に特別な個室があるらしく、そこにいるのでは、ということだった。ふざけるな。


「まー、個室だとどうしようもないよねー。あ、これ美味し」


「ん、ほんとですね。さすが評判のレストラン。カエデさんも食べては?」


「……そんなこと言うてる場合やあらへん。こ、個室……密室、あかん!」


 食事などとっている場合ではない。


「おちついてよー、レストランの人につまみ出されるよ?」


「大丈夫ですよ、お店ですし、そんな……まぁ、うん。大丈夫ですよ、たぶん」


 二人は料理に夢中でカエデの言葉をあんまり聞いていない模様。


「なにがや!? 出合茶屋ちゅうとこもあんねんぞ! なんか不埒なことが行われてたらどないするんや!」


「出会い……? でもさーこういうお店はお客さんのプライバシー大事にしてるから入れてはくれないと思うよ……? 個室への通路、用心棒っぽい人立ってるし……」


「――せやな。強行突破は、ちょっとあかんな」


 少し冷静になる。正面突破は難しい。なら――搦め手を使うしかない。


「ミレット、ぺリラ、ちょっと協力してもらってええか?」


 料理を運んでいるウェイトレスの方を見ながら、カエデは二人に声を掛けた。








 

 


 



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