幕間:カエデが欲しいもの
幕間 - 愉快な仲間を紹介するぜ 前編
「――へぇ、今日は夕飯、別んとこで食べるんや?」
パーティの一員であり、教え導く対象である少女――カエデの口調には、どことなく棘を感じる。肩口で切りそろえた黒髪を頻繁に弄っているし、切れ長な瞳には剣呑な光を讃えている……ように思えた。様子は気になったものの、深く聞くと面倒なことが想定されたので、リクニスはあえて気づかないふりをする。せっかくの休日に、面倒ごとは御免である。
「そ。なんかね、昨日色々報告に行った時に冒険者仲間と会ってさ、ご飯一緒に食べようかーって誘われてね。ちょっと行ってくる」
カエデの目がさらに細められた。彼女はその気になれば――必要があれば、仲間でさえ容赦なく殺せる人間である。東の国でずっと剣士としての修練を積んでいたからだろう。それをなんとなく思い出した。
「……それ、相手は、男なん?」
リクニスは少し考えた……が、別に隠すようなことではないと事実を告げる。
「そう。昔からの馴染みの人だよ。たまにご飯に誘ってくれる」
「――へぇー……そうなんか」
「うん。あ、今度みんなにも紹介するね」
「――楽しみにしとくわ」
最後の笑みは怖かった。アレだ、目が笑っていない、というやつ。他のパーティメンバーであるミレットもぺリラもいるんだし、自分ひとりいなくてもいいだろうに。そんなことを思いながら、リクニスは店を出ていった。約束は夕方の六時。そこまで高くはないが味は良く、このあたりでは人気のあるレストランだ。
◆◇◆◇◆◇
「――さて、作戦会議しよか」
カエデは腕組みをして席に着いた残りの二人を見る。
「……あの、いったい何の」
ミレットは怪訝そうな顔をした。彼女は修道女の格好をしており、癒しや味方を強化する魔術を得意とする。その上、カエデよりもずっと体が大きく、メイスを使った近接攻撃も可能な実力者だ。……その割に、小心者ではあるが。
「決まっとる。センセの今日の食事会を監視するための作戦や」
「えー。めんどくさ――」
「後で刺身やるからあんたは黙っとき」
「はい」
ぺリラをとりあえず黙らせる。彼女は猫型の獣人であるが、その特徴は髪の毛と同じく茶色の耳と尾くらいにしか現れておらず、ほとんど人間と容姿が変わらない。ただ、性格はかなり猫寄りで気まぐれかつ欲望に忠実――つまり、なにか報酬があれば大体言うことを聞くので楽だ。
「先ほどの先生とのお話ですよね。ご友人とのお食事とか。なんで監視の必要が?」
ミレットは分かっていないらしい。……まぁ仕方がない。彼女はあまり他者と交流を持たずに育ってきたようなので、その手の話に関わることはなかったのだろう。
「決まっとるやろ。センセを狼の魔の手から守らんとならんからや」
「狼……って。その方獣人なんですか?」
「狼の獣人は強いよねー。あんまり関わりたくない」
ボケどもが。
「ちゃうわ。物の例えやろ。そいつの種族はどうだってええ。あのなんかしっかりしてそうで全くしっかりしてないセンセが男に頂かれないよう、見とかなあかんやろ」
リクニスという人は、冒険者歴こそ長いが、あまり深く人と関わってこなかったためか、人との距離の取り方がおかしい。
何せ、会って数日の冒険者のために、死の苦しみを肩代わりしたのだ。特殊な状況であったのは間違いないが、それでも、とっさになかなか決断できることではないと思う。
他にも、最初はやたら距離を感じる癖に、少し慣れると一気に距離を詰めてくる。――相手が戸惑い、意識してしまうくらいには。
「はぁ……でも、昔馴染みの男性っていうことですし、仲のいいご友人、ということではないのですか?」
「そーそー。普通にお友達なんじゃない?」
二人の言葉を聞いたカエデは大きくため息をつく。――まったく、何もわかってへんな。
「何を言うとるんや? 男女の友情なんか成立するわけないやろ」
『――――』
ぐうの音も出なかったらしい。それはそうだ。カエデ自身の経験上、こちらを異性として認識している場合友情が成立したためしはない。
「いや……そんなことは、ないんじゃないですかね? いえ、私の身近には神父さんくらいしかいなかったので、正直あまりわからないんですが」
「うーん……獣人だと確かに……同世代の異性は繁殖相手としてみるケースが多かった気もするけど……でも人間社会じゃ違うんじゃないのー? いやわからんけどさ」
「ほれ見てみぃ、反論材料皆無やないか。……まぁ、ウチもこの辺の出身ちゃうからな。一応見極めの時間は取ったるつもりや」
とりあえずレストランの場所は押さえてある。例えば、その男が同性愛者の可能性も否定はできないので、まずは様子を見てみるつもりだった。
「……あの、そもそもなぜ、先生をそんなに心配するのですか? 一応、先生も妙齢の女性なわけですし……場合によっては男性のことを憎からず思っているかも」
「確かに! センセーがその人のこと好きかもしんないじゃん! そしたら邪魔する形になっちゃうじゃん! 良くない、よくないよそれはー」
二人の意見を聞いてカエデは首を振る。
「それはないやろ。センセがそいつの話しとるとき全く色恋の雰囲気なかったしな。――嘘付けるタイプとちゃうし。せいぜい相手方の片思い。しかも大して脈はない、やろ。ただまぁ……酒やら雰囲気やらでどうにかなるっちゅうこともありえなくはないからな、それは防がなあかん」
「なんで防ぐの? 別にいいじゃん、アタシたちには関係ないっしょ」
「そ、そうですね……それこそ、自己責任というか、私たちが口を出すことではないのでは?」
「――は? あかんやろ。ウチのセンセやもん。ウチが嫌やそんなん」
カエデが言い切ると、二人はじっ、と彼女のことを見て沈黙した。
「……なんや」
「いえ、まぁ、はい。そう言われちゃうと、何とも言いようがないなぁと」
「カエデ意外と子供だねー。ま、でもいいんじゃない? 欲しいものは、欲しいって言ったほうがいいか、うん」
――子供でも、我儘でも、別に良い、とカエデは思っている。かつて彼女は、自由を奪われ、好きでもない相手と無理やり結婚させられそうになり、家を出た。好きなことをするために、自分の意思を、貫くために。だから。
「――ウチはな、絶対に我慢せえへんし、欲しいものは全部手に入れる。そう決めたんや」
カエデは、自らの師になってくれた人を、何度も助け、導いてくれた人を、手放す気なんてさらさらないのだ。
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