第12話:Good to go
無事に――というべきか。レベルアップの光に包まれた後、私たちの体は完全に元に戻った。ショートヘアになっていた私の髪は元通りの背中まである長髪に。石化して折れたカエデの腕も元に戻っている。もちろん、ミレットとぺリラも同じくだ。
「どれどれ……お、すごいね。さすがボス」
私は胸ポケットに入れてあった冒険者カードを取り出す。そこには――レベル10、という表記。一気に5レベルか……もしかしたらバジリスクの分も加算されているのかな?
私たちが成長を喜んでいると、ゴゴゴゴゴ、という音がする。そして。
「階段やね」
地下へ下りる階段が、部屋の最奥に現れていた。そして。
「あー! お宝じゃん!」
階段の前に、赤と金色に縁どられた、いかにも、という外見の宝箱が現れた。おお、いいね。こんな典型的な宝箱、長い冒険者生活でもお目にかかったことがない。物語の中でしか出会えないと思っていた。テンション上がるなぁ。
「一応罠、見とかないとねー、どれどれ…‥‥」
ぺリラがうきうきと、宝箱を調べ始めた。――ここで罠にかかって即死とか、やめてね。
「んー。罠はなさげ。あけるよん」
宝箱の中から出てきたのは――。なんだコレ。
「なんやこれ、なんかの柄か?」
「グリップ、でしょうか。何か複雑な模様が描かれてはいますが……」
みんな物珍しそうに見ている。コレはたぶん……。
「魔導具、だろうね。なんか複雑な魔術式が刻んである」
「なーんだ。金銀財宝期待したのに」
「いや、これ結構いいものじゃないかな……試しに、カエデ、持って魔力を込めてみて?」
「え? いややこわい」
「ええ……」
「なんか変なもん出てきて死んだらどないすんの」
「戦闘中はあんなに命知らずなのになんで今はそんな弱気なの……」
「戦いはええねん。でもそれ以外で死ぬんはご免や」
うーん。わかるようなわからないような。
「じゃあ、ミレット、持てる?」
「は、はい。一応防御は掛けておいて……えいっ」
やたらかわいらしい声。魔力を込めたのか、魔導具が光りだした。そして――。
「光の……メイス?」
柄から光が伸び、メイスのような形状へと変化した。――なるほど、こういう魔導具か。
「ちょっと失礼。触るね。ふんふん。……魔力っぽいけど、力場が発生しているねこれ。物理的に干渉できそうだ。――つまり、武器だねこれは」
「重さは……今は普通のメイスと変わらない感じですね。ただ……これもしかしたら制御できるかも」
ミレットはブンブンと振り回して試している。魔力の制御によって、重さも変えられるのか。だったら、もしかして。
「カエデ、今度こそ持ってみて」
「……まぁ安全そうやしな。ええよ」
カエデが持つと、メイスの形状だった光は変化し――刀の形となった。やっぱり。使い手によって変化するタイプの魔導具だ。
「へぇ……なるほどなぁ。重さも、ウチの好みに合わせて変わってくれるんか。これええな。ちょうだい」
さっきあんなに嫌がってた癖に、現金なものだ。
「誰が持つかは状況次第で考えようか。例えば魔物が強力な刀を落とすようなら、別の人が使ったほうがいいだろうし」
ちなみに、ぺリラの場合はスリングショットに変わり、弾丸も魔力で編まれたものだったのでこれもかなり強力だ。しかも彼女は弓や短刀も扱えるから、状況によって武器を変えることもできる。
「ん? あれ。もう一個入ってるね。……なんだコレ、糸玉?」
宝箱にもう一つ入っていたのは、白く輝く糸玉。――これは、もしかして。
「アリアドネの糸……?」
「なーにそれー」
「……確か、神話で出てくる、導きの糸、ですね。ミノタウロスが住まう迷宮の奥へと進み、脱出するときに使う、もの」
今の状況に符合しすぎるアイテムだ。これがきっと、脱出用のアイテム、なのだろう。
「つまり、これを使えばここから出られるっちゅうことやね」
「たぶん、ね。……どうする、これ、今使う?」
疲れてはいるが、あくまで精神的なもので、レベルが上がったこともあり体は元気だ。何より、二階の階段を目の前にして戻るのもなぁ……。
「あとでええんちゃう。取りあえず下、降りてみよ」
「そうですね……これ、戻ったら、レベルってどうなるんでしょう? 道具は持ち帰れると思うんですが、また一から? また……ミノタウロス倒さないといけないんでしょうか?」
「……確かに。そうだとしたら、もうガンガン進んだほうがいいね」
「アタシももうあんなことしたくないよー、めちゃくちゃ大変だったんだからあのトカゲ連れてくんの!」
あとでぺリラもちゃんと褒めてあげないと。
「もしかしたら、二階に直接行ける方法あるかもしれんし、行ってみて考えるでええやろ」
「よし。……準備はOK? じゃあ、行こう」
私たちは、顔を見合わせて頷くと、階段を下りていくことにした。――さて、次はどんなところにたどり着くかな……。
◆◇◆◇◆◇
――迷宮の地下二階。そこに広がっていたのは、生い茂った緑だった。一階は石造りの、典型的なダンジョン、という感じだったが、ここは打って変わって、自然そのものという感じだ。周りは木々と草に覆われ、ダンジョンというよりもジャングル、といった感じ。
「うわー、全然違う。なにこれウケんね。ダンジョンでもなんでもないじゃん。森だよ森」
「虫が……多そう……です」
ミレットは虫が嫌いらしい。辛そうだ。
「蒸し暑いな……とりあえず進もか」
「そう、だね。ぺリラ、先頭よろしく」
「はーい。アタシは割とこういうとこ好き」
さすが猫。
階段を下りてしばらくは細い道だったが、少し進むと広場になっていた。部屋、というよりも広場、という感じで開放感がある。……やたら明るいし、上は空のようにさえ見える。天井どうなってるんだここ。
そんなことを想いながらきょろきょろと広場を見渡していると――中央に一体のゴーレムが立っていた。ミレットとそんなに背丈が変わらない石造りのゴーレムで、入口で受付をやっていたのと同タイプだろう。
「一階ノ攻略、オメデトウゴザイマス」
「ウワ喋った! 何これスゴい!」
ぺリラが興味津々で観察している。
「一階ヲ攻略サレタ皆様ニ、追加ルールヲゴ説明シマス」
「追加ルール?」
「ハイ。一階ヲ攻略スルト、ボスヲ倒シタ際ノデータヲセーブスルコトガデキマス」
「……なにいうとるん? わからん」
「えーっと……たぶん、ボスを倒した状態を記録できる、ってことだと思うんですが、記録とは……?」
ミレットも混乱してるようだ。私は、なんとなくだけど理解できた。
「要するに、一度戻ったり、やられたりしても、レベルとか、手に入れたものとかを維持したまま再挑戦できる、ってことであってる?」
ゴーレムはしばし沈黙した。そして。
「…………ハァ?」
「ぶっ壊すぞこのポンコツ」
なんで伝わらないんだ。せっかくかみ砕いてやったのに。
「アッハッハ! おもしろ! アタシこれほしいなー。連れてけないかな?」
「アアヤメテダサイー」
ぺリラがゴーレムを無理やり引っ張っていこうとしている。めちゃくちゃだ。
その時。
「うむ。やはりゴーレムに全部任せるのは無理だな。人件費を削減したかったのだが」
突然その場に、人型のナニカが現れた。その姿は――。
「……ワニ……?」
顔がワニだった。リザードマン、とも違う。女性的な体格をして、独特な衣装を身にまとう、人ではない、存在。
「ん? ああ。しまったな。変え忘れていた。ちょっと待て――これでどうだ」
ワニだった顏は浅黒い肌をした美しい女性へと変貌していた。……だが、その存在感は変わらない。おそらくは、恐ろしく強力な、魔物。
「えー、前のほうがいいな。戻して」
「ウチはこっちのがええなぁ」
「ですよね。ワニはちょっと怖いです」
三人娘は呑気である。……明らかにヤバいやつだってわかってると思うんだけどな。呑気、というか豪胆だ。
「お初にお目にかかる。私は――アメミット、という。このダンジョンの……管理者の一人、と思ってもらえれば良い」
「初めまして。私はリクニス。この子たちは、左から、カエデ、ミレット、ぺリラ」
簡単に自己紹介を済ませる。正直、冷や汗が出ていた。あまり長いこと一緒にいたい相手じゃない。
「リクニス。まずは、一階突破おめでとう。先ほどゴーレムが言っていた内容だが……お前の思っている通りだ。レベルと所持品は今の状態で記録され、ダンジョンから出ても――死んでも、この状態からやり直せるようになる。そのための道具が――それだ。先ほどの宝箱に入っていた、導きの糸、アリアドネ」
私は先ほど手に入れた光る糸玉を右手に持つ。……これが?
「貸してみろ。こうして――道しるべを作る」
アメミットは糸玉を私から受け取ると、端をもって放り投げた。糸玉はしばらくその場でくるくると旋回し、ちょうど私たち全員が入るくらいの糸の輪が作られる。そして――そのまま空へと舞い上がっていく。糸はどんどんと伸び、その先がダンジョンの天井目掛けて消えていった。
「これで、糸は入り口まで届いた。この輪に入れば、入口まで勝手に送られることになり、逆に入ってきたときには、今の状態でこの場所に勝手にたどり着く。――何か質問はあるか?」
なるほど……転移装置みたいなものか。便利だ。あと聞いておきたいのは……。
「――もし、私たちがこの回でレベルを上げて、アイテムを手に入れた場合、ここから地上に戻れば、その状態が記録されるの?」
要は、ここを拠点にレベル上げやアイテム集めが可能なのか、という話だ。
「いや。これはあくまで今の状態を記録するもの。一度戻れば元の状態になる。――状態を上書きしたければ、新たに糸玉を見つけるしかない」
「なるほどね。了解。ありがと」
さすがに、そこまで難易度は下がらないか。
「それで、どうする? ここからさらに進むか?」
私は少し考えた。このまま進むつもりでここまで来たけれど――話を聞く限り、戻ることにデメリットはないよね。
「ちなみに今何時?」
「ん? 迷宮の外か。今は夜の六時だな」
なるほど。そりゃ大変だ。
「なら――戻るよ。だってさ、みんなお腹減る時間だし。何より、ボスを倒したらさ、お祝いしたいじゃん」
三人娘は育ち盛りだしね。彼女たちを見る限り、特に異論はなさそうだ。
「そうか。それならばそれで良い。では、ここでお別れだ。私はずっと奥にいる、また会える日を楽しみにしているぞ」
はっきり言ってもう二度と会いたくなかったが……さすがにそう伝えるわけにもいかない。曖昧に笑みを浮かべて、アリアドネの糸でできた輪に入っていく。ぺリラ、カエデ、ミレットは恐る恐る足を踏み入れ、そのまま光の中へ消えていった。
私はこの場を離れる前に、振り返る。
「アメミット。あなたは――このダンジョンは、何のために生まれたの?」
アメミットは笑みを浮かべた。
「決まっている。――死者を、何度も味わうためだ」
あぁ、こいつは――言葉こそ通じるが、完全に相容れない存在だ。
「そう。わかった。――このダンジョンは、私たちが攻略するよ。そしていつか、その願いを、壊してあげる」
アメミットは、私の言葉にさらに笑みを深くした。
「――あぁ、楽しみにしている。それまで、お前らの死を味わい尽くしてやろう」
その言葉を背に、私は光の輪に足を踏み入れた。これで、心の準備はできた。――絶対に、このダンジョンを踏破しよう。私たち、四人の力で。
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