第11話:見据えてるエンディングの先の先
ミノタウロス。牛頭人身の怪物で、人間よりも遥かに大きな体躯を持つ。そして――人を喰らう。
ダンジョン一階のボスであるその怪物は満身創痍だ。直立してはいるものの、既に両手両足は石化という縛りが科せられ、まともに動かすこともできない。魔弾が直撃した頭部からは血を流し、至る所に傷がある。――だが、それでも。その瞳には狂気じみた光が宿り、まだまだ戦う意思があると理解できた。
対して私たちのパーティはというと……カエデは武器を失い、右手は折れた刃先を持った状態で石化、ぺリラは左手と尾が石化、私は魔力が枯渇状態、ミレットも私に魔力を渡したため残りは少ない、とかなり悲惨な状態だ。――絶望的、とさえ言える。
「……奥の手を使えば、もう一発くらい、魔弾は撃てる、と思う。ただ本当にそれで終わりだから、できるだけ引きつけて、近距離で当てたい。――ミレット、何とかミノタウロスを止められる?」
私は、ミレットに無茶なお願いをする。しかし肉体的に無事なのは私と彼女だけで、ミレットは女性にしてはかなり身長も高く、体格も良い。せめて一瞬、動きを止めてくれればもしかしたら逆転の目があるかもしれない。ミレットは驚いたようにこちらを見て、少し笑った。
「先生。一つ、聞きたいんですけど」
「何?」
「――異種族と、仲良くできると思いますか?」
「……ぺリラも、異種族だよ。別に気にしないけど」
「そうですね。じゃあ……敵対種族――例えば、魔族だったら、どうですか?」
私は少しだけ考えた。――でも、別に結論は変わらない。
「同じだよ。仲良くするかどうかは種族の問題じゃない。――その相手が、好きかどうか、だから。仮に相手が竜でも、魔物でも、魔族でも、変わらないかな」
「ありがとう、ございます。任せてください。あいつは――私が、止めます」
ミレットはミノタウロスに向き合うと、大きく息を吸い込んだ。――魔力が、高まっていることを感じる。私に先ほど渡した魔力などは比較にならないくらい濃密な力。彼女の体からゆらり、と湯気が立ち上る。
ミノタウロスはその様子に何かを感じたのか、石化した手足を地面に突き――ミレットに向かって、駆けた。さすがに手先足先が固化した状態ではそこまで速度は出ないが、十分すぎるほどの圧力を感じる。――あぁ、無理だ。これは、人間では止められない。そう――人間には。
「あああああああああー!!!!!」
ふり絞るような叫びはミレットの喉から発せられていた。私の位置からは表情までは伺えないが、体が一回り大きくなったようにさえ感じる。そして――。
ドン! という大きな激突音。想像したのは吹き飛ばされるミレットの姿だった。だが。
「ぐ、うううううううぅ!」
ミレットは、巨大なミノタウロスの角を両手で掴み、その突進を止めていた。だが激突の際の衝撃は凄まじく、彼女の手はボロボロになっていた。そして――その勢いで、はらり、と、彼女の頭の頭巾が外れる。中に舞った頭巾の下から現れたのは赤い髪と、二本の角。――彼女は、鬼だ。
「――ミレット、ナイス!」
今大事なのは、彼女の種族に驚くことでも、気にするなと声を掛けることでもない。――彼女は、頼んだ仕事を完璧にこなした。ならば、私はそれに応えるだけだ。全力には、全力で――!
私はミレットの後ろにぴったりとくっつくと、後ろで無造作に括った髪の紐をほどいた。そして。
「――髪を代償に、魔力と成せ!」
私の長く伸ばした灰色の髪が、溶けていく。髪には魔力が宿る。一度きりの切り札。――これが最後の一撃。
「魔弾よ、貫けえぇぇぇぇぇー!!!!」
至近距離、真正面から全力の砲撃。ミノタウロスの顔がひしゃげ、皮膚が剥がれ落ちていく。さすがに、これなら――。
魔力が、尽きた。ミノタウロスは、動かない。ミレットが掴んだ角を少し緩めた。――その時。
「―――――!」
くぐもった、声とも呼べぬ振動。既に上顎はなく、顔が崩壊しているその状況でも、ミノタウロスは生きていた。驚異的な生命力で力を緩めたミレットを弾き飛ばすと、石化したその手で私の体を挟み込む。
――まずい、潰される――……!
私の魔力は尽きた。ミレットは手が損傷していて、ぺリラとカエデは手が石化している。――くそ、詰んだ、か……。
私が死を覚悟した、その時。
「――あんた、さすがにしつこいで」
――え?
ミノタウロスの真横に、カエデが立っていた。そして――刃を掴んだまま石化した右手を、崩れたミノタウロスの頭部に、ズブリ、と差し入れる。
「――――――!!!!!!」
脳を貫かれ、ミノタウロスは暴れた。私は投げ飛ばされ、カエデも弾き飛ばされた。――彼女の右手はあっさりと折れたが……刃を握った肘から先は、未だにミノタウロスの頭に突き刺さっている。
ミノタウロスはしばらく暴れていたが、その動きが少しずつ弱まり――そして、最期には、地面に大きな音を立てて倒れた。
今更、牛頭人身の怪物の全身が、石化する。――どうやら今度こそ、戦いは終わったらしい。
◆◇◆◇◆◇
「みんな、大丈夫……?」
私は挟み潰されかけたせいで、両腕がまともに動かない。ミレットも両手を損傷し、おそらくは突進を受け止めた足にもダメージがある。ぺリラは先ほどと変わらず左手と尾の石化。そしてカエデは――。
「一応、仕込んどいて正解やったな」
片手を失っているが、特に気にしている様子はない。右手に刃を持たせて石化させたのは、いざというときの武器として使うためだったのか……常人ではなかなかできない思考だが、結果的に助けられた。あそこでカエデがとどめをさせなければ、私たちは殺されていただろう。
「いやー、カエデ間抜けだなーって思ってたけど、このためだったかー、さすがだねー!」
私も正直、なに右手石化させてんだこいつと思ってたよ、ごめんね。
「――ミレット、お疲れ。頑張ったね」
ミレットは、露わになった角を手で隠そうとしていた。
「先生……どう、です?」
「あ、角? うん。似合うね! あとで触ってみてもいい?」
「ええ!? 嫌です!」
「嫌かー、じゃあやめよ」
私の気持ちなんて、そんなものだ。種族なんて関係ない。私たちは力を合わせてダンジョンの一階を攻略した。その事実さえあればいい。
そんな話をしていたら、私たちの体が光に包まれた。――レベルが上がる。そういえば、カエデの腕や、私の髪は戻るんだろうか。
疑問は色々あるが、今はこの暖かな光に包まれて、勝利の喜びを噛み締めよう。
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