第10話:選ぶルートが決める未来へ
「――こっちや!」
カエデがミノタウロスの背後に回り、足の腱を裂く。――響き渡る雄叫び。
カエデは耳を塞ぎながら、大きく後方へ跳躍した。ミノタウロスがカエデの姿を追う。その瞬間を見計らって私は魔術の火球を放ち、後頭部に直撃させた。
再び響く悲鳴。ミノタウロスに少しずつダメージが蓄積している。
「――順調ですね」
ミレットの言葉に、私は頷く。今の位置関係は、ミノタウロスを挟み、カエデが一人、私とミレットがペアで行動する形だ。片足を潰したので、これから先は斧投げや四つ足での突進に気を付けなければならない。
「うん。……とはいえ、まだまだ大したダメージは与えられていなそうだけどね……」
ぺリラはこの場にはいない。彼女にはとある重要な役割をお願いしており、今まさに見えないところで作戦を決行中だ。――この戦いは、彼女に掛かっていると言っても過言ではない。
怒りを露わにしたミノタウロスは、その場で手に持った斧を思い切り振りかぶる。これは――。
「カエデ! 気を付けて!」
私が叫ぶまでもなく、カエデも気づいていたようで、迎撃姿勢を取っている。そして――『死』を招く斧が投じられた。
高速回転する刃。前回、カエデはそれを正面から受け止め、刀もろとも両断された。今回は――。
「当たらん!」
当たり前だが受けるような愚は犯さない。大きく横へ跳躍し想定進路から外れる。だが。
「……!? 曲がるんか!」
意図的なのか、偶然なのか、カエデが元居た場所を通り過ぎた直後、斧の軌道は弧を描き、彼女を追いかけるように旋回する。魔力で軌道操作でもしているのかもしれない。だとすれば通常のミノタウロスよりも魔術に優れる可能性があるな……。
カエデはさらに大きく後方に跳躍しさらに斧を避ける。そして――。
「しつこいで!」
思い切り、飛来する斧に向けて刀を振り下ろした。パキン! という乾いた音を立てて、刀が折れ飛ぶ。――さすがに、それ以上推進力は保てなかったか、斧は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
……まずいな。カエデが無事で、斧を奪えたのは幸いだけど、これで彼女の武器はなくなった。実質的に戦力外となる。
ミノタウロスは刀の折れたカエデを一瞥すると、ゆっくりとこちらを向く。――もう、カエデは脅威ではないと判断したのだろう。
「先生……」
「まずいね。そろそろ作戦を次の段階に移せないと、私たちがもたない。ぺリラ、お願い――!」
私の願いが届いたのか、ミノタウロスから離れた位置の通路から、猫の耳と尾を持つ少女が部屋に入ってきた。
「ぺリラ!」
ぺリラはこちらの様子を見ると、へらり、と笑って手を振り、私たちの方へ駆けてくる。そして、彼女を追うように――迷宮の奥から、巨大な爬虫類が現れた。
石化の力を持つオオトカゲ。――すなわち、バジリスク。一階の最奥の部屋にて、強力な魔物二体が邂逅する。
――さぁ、作戦は、ここからが本番だ。
◆◇◆◇◆◇
「良かったぁー、みんな無事でー」
ぺリラは少しふらつきながらこちらへと駆けてくる。
「なんとかね。ぺリラも無事で――」
言葉は、途中で途切れた。彼女の左手は、肘から先が完全に石化していた。よく見ると、猫の特徴である美しい尾や、左足のつま先辺りも、石に変わっている。――命がけの作戦だったんだろう。
「とりあえず、また会えてよかった。よく頑張ったね」
「とーぜんでしょ! ……まぁでも、ちょっと疲れた、かな……」
倒れそうになるぺリラを支える。彼女の役割は終わったけど、戦いはまだまだこれからだから、もうちょっと頑張って。
「ミレット、急いで準備!」
「はい。カエデさんは、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫、と信じるしかないね……よし、じゃあ毛布で視線を遮って」
先ほどはバジリスクの目は閉ざされていたが、ミノタウロスと遭遇したのだ。おそらくすぐに目を開き、目の前の相手を石化しようとするだろう。この部屋の中で、バジリスクにとって最も危険度が高いのはミノタウロスだ。とはいえ、その視線がどこまで届くかはわからない。なので、石化に巻き込まれないよう、毛布で視線を遮り、石化から身を守る。
――これが、今回の討伐作戦の肝。ミノタウロスにバジリスクをぶつけ、石化させるのだ。
「……本当に、うまくいくのでしょうか。異種族とはいえ、魔物同士です。協力して、こちらを襲ってくる可能性は?」
ミレットの心配はもっともだ。だが、昨日私たちが石化させられた後の状況や、バジリスクがゴブリンを石化している様子から察するに――バジリスク側は、おそらくこの迷宮内の魔物を仲間とは認識していない。例えば固定で配置されているミノタウロスとゴブリンは協力関係にあるかもしれないが、徘徊する魔物であるバジリスクはその範疇ではないのだろう。
「そこは、たぶん大丈夫だと思う。仲良くできるかは種族の問題じゃない。目的が一致するかどうか、だよ。たぶんバジリスクにとって、他の魔物は餌なんだ。――ほらね」
手に持っていた毛布が、みるみる石化していく。バジリスクが目を開き、ミノタウロスを睨みつけたのだろう。ここまで影響が出るとは、恐ろしい魔物だ。
私たちの計画では、この後ミノタウロスが石化をしたら、おそらくバジリスクはその体を食べ始める。その間に、下へ向かう階段を下りてしまうつもりだった。――あくまで、この一階のボスはミノタウロスであって、バジリスクを倒す必要はおそらくない。ミノタウロスが石化した後、死を迎えれば地下二階への階段が姿を現すだろう。
――ミノタウロスが吠えている。石化を喰らったのだろう。これであとはしばらく待てば――。
「えっ……?」
石化した毛布越しなので様子はわからないが、何か大きなものが駆ける音がした。そして、衝撃と――聞いたことのない、低い唸り声。
私たちは、恐る恐る毛布の影から顔を出し、魔物たちの様子を伺う。
そこには――手足がうっすらと石化したミノタウロスと、その角に喉を串刺しにされ、壁に押し付けられているバジリスクが見えた。
――うそ、でしょ。
「ありゃ。ミノタウロス、石化しきってないね、ヤバ」
ぺリラの言うとおり。ミノタウロスの手足は灰色に変わってはいるものの、顔や体は元々のままだ。そして――それ以上の石化を防ぐためか、おそらく石化しかけた四足でバジリスクに襲い掛かり、角で串刺しにしたのだろう。頭から尾までの全長はバジリスクのほうが大きいが、サイズ感としてはそう変わらない。
バジリスクは爬虫類らしい生命力でジタバタともがいていたが、さらに二度、三度と体を壁に叩きつけられると、動かなくなった。どさり、と、力を失い、地面に落ちる。残ったのは――手足こそ石化したものの、まだ戦う気満々のミノタウロスだ。
――計画が、大きく狂った。
元々の想定では、残るのはバジリスクだけのはずだった。何せダンジョン外におけるモンスターの脅威度としては、バジリスクのほうが上なのだ。肉弾戦ならミノタウロスのほうが強いが、石化という特殊能力には太刀打ちできない――はずだった。
だが、このミノタウロスは、ボスという役割のせいか、身に着けている鎧によるものか、石化に強い耐性を持っているようだ。――くそ、考えてみれば当然か。ダンジョンの挑戦者がバジリスクを避け続ければ、いずれバジリスクはミノタウロスに襲い掛かる。その時あっさりボスが倒されてしまっては、簡単に下に降りられてしまうだろう。少なくとも、バジリスクが襲ってきたときに退けられる程度の強さは有しておく必要がある。
「ミレット、計画変更。――ミノタウロスを、今すぐ倒す」
「ええ!? だって、もうカエデさんもぺリラさんも、戦えないですよ!?」
ぺリラは腕が石化しているし、離れたところにいるカエデは武器がない。――つまり、私たちだけでどうにかするしかないということだ。
「今なら、まだバジリスクとの戦いで疲弊しているし、油断もしてる。――私が全力で魔術を撃ち込むから、もし倒しきれなかったらミレット、カバーお願い」
これがおそらく最後のチャンスだ。正面切って戦うことになったら、私たちではもう太刀打ちできない。
「――全然、思った通りいけへんかったな」
いつの間にか、カエデがこちらへ近づいてきていた。――折れた刀でも多少は戦えるかもしれない。それに期待して彼女を見ると――。
「カエデ、その腕……」
カエデの右腕は、刀の折れた刃先を掴んだ状態で、石化していた。……どうしてだ?
「あぁ、ちょっとな。刃先だけでも持っとけば、投げたりして目潰しとかに使えへんかぁなと思って拾ったんやけど……石化、避け切れんで運悪く石になってしもた」
……毛布で体を覆いながら、刃先を拾ってた、ということなんだろうか。……なんでそんなことするかな? しかし、これでカエデは完全に戦力外だ。――私が、何とかするしかない。
全力で、魔術式を構築する。今までは燃費と効率を重視していたが、今回は完全に威力重視の式だ。レベルも上がり、威力は十分に出せる。ミノタウロスの石化した両手足では高速移動することも難しいはず。狙うのは、頭部。バジリスクの死体に気を取られている今、すべての魔力を注ぎ込む――!
「ミレット、魔力ちょうだい!」
「は、はい!」
他者に魔力を分け与えることは簡単ではないが、神聖魔術にはそれに類する術式がある。二人分の魔力を使えば、倒しきれないことはないはず!
式を編み、照準を定め、魔力を注ぎ込む。自分の体が砲身になったかのよう。構えた右腕から、全魔力を射出する――!
「魔弾、装填――発射!!」
室内に光が溢れ、爆発音が響き渡る。ひたすら魔力を集め、超高速で撃ち込むだけのシンプルな術。だがそれゆえ、射程と威力に優れ、魔力量がそのまま攻撃力に直結する。今私が出せる全力だ。魔弾は轟音と共に、狙い違わずミノタウロスの後頭部に直撃した。
――光が収まると、ミノタウロスがその場に倒れていた。
「……倒し、た?」
ピクリ、とその体が動き出す。
……私の言葉を否定するように、牛頭人身の化け物はその場でゆっくりと立ち上がった。頭部から流れる血はダメージの大きさを物語るが、同時に、ギラリと光る瞳が、戦いはまだ終わっていないと示していた。
――どうすれば、いい?
私は絶望的な気持ちの中、ただその目を睨み返すことしかできなかった。
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