第8話:今日も挑むクエスト エンカウント
「ひとまず順調、かな」
前回とも前々回とも異なるダンジョンの一階を進む。とはいえモンスターの種類や強さに変化はない。ゴブリンのようなパーティを組んでくるタイプの敵もいたけど、落ち着いて戦えば十分対処可能だ。既にレベルは4まで上がっている。魔物を倒した後の室内で少し休憩を取りつつ、私はぺリラに声を掛けた。
「ぺリラ、この先は大丈夫そう?」
バジリスクと対面でもしたらそこで終わりだ。位置把握のために通路を進む際には必ず聞き耳を立てて不審な足音や動作音がないかを確認してもらうようにしている。
「ちょっとまってー。アタシも魔力増えたから、聴力強化するわ」
身体強化の魔術は基本的に誰でも使用可能だ。強化の度合いや効果は人によってまちまちだが、体全体に使うより、機能別に強化を掛けたほうが効果は出やすい。
「うーん。大丈夫そう、だけど、次の部屋かな? なんかいるっぽい。足音大きいから、サイズもでかそう。バジリスクではないよ」
ぺリラの言葉に私は息を飲む。
「……でかい、のか。もしかしてボス? ミノタウロス、かも」
「みのたうろす? って、人型なんやろ? なら急所狙えば何とかなるんちゃう」
カエデは妙に楽観的だ。
「でも、あのホブゴブリンよりたぶん大きいですよ……それに、攻撃が通じるかどうか」
「ミノタウロスは、個体差もあるけどカエデ、あなたの倍くらいあるよ。下半身の急所以外は狙えないんじゃないかな……」
「げ、そんなでかいんか。取りあえず足潰さんと話にならなそやな」
「そうですね……とりあえず部位破壊を狙いましょうか。あとは私たちの攻撃でどのくらいダメージを与えられるか、ですが」
「そうだね……強化魔術の重ねがけをすれば、多少はダメージ与えられるとは思うけど……」
正直、レベル4、というのがどの程度まで力が戻っているのかいまいちピンとこないのだ。
「まぁでも、行ってみるしかないやろ。これがほんとの殺し合いやったらもう少し慎重にもなるけどな。死んでもまた挑めるんやから、とりあえず戦ってみたらええやん?」
「まーそうだよね。たぶんそれを考えて作られてるんでしょ、このダンジョン。一度戦って、死んで、対策見つけろって感じ? 当たって砕けろだー」
カエデとぺリラは死ぬことに対する抵抗感が薄いみたいだ。……うーん、私としてはあんまりみんなには死んでほしくないんだけど……。
「そう……ですね。情報を集めたうえで作戦を立てたほうが精度は上がりますし、もちろん無駄死にするつもりはないですが、できることを最大限やって、挑戦してみましょうか」
ミレットも同じ意見みたいだ。……臆病なのは、私だけか。なら、せめて最大限、この命を使い尽くそう。
「OK、じゃあ、やってみよう。もちろんできる限りの作戦は立てつつ、倒せそうなら倒す、くらいの勢いでね」
私の言葉に、三人は頷く。――さて、命を懸けた挑戦の始まりだ。
◇◆◇◆◇◆
辿り着いたのは、今までとは雰囲気の違う部屋。中は広く、壁や床に装飾が施されている。――いかにも、ボスがいます、という感じだ。
部屋の中央に佇むのは、牛頭人身の怪物、ミノタウロス。巨大な両刃の斧を持ち、鎧をその身に纏っている。その瞳には知性はあれど理性は感じられず、狂気を孕んだ呼吸音が入口まで聞こえてきた。
私以外の直接攻撃する可能性があるメンバーは、自身の武器や肉体を魔力で強化した上に、ミレットの神聖魔術での強化を上乗せしている。これなら、ある程度傷を負わせられるはず。
「よし、行くよ!」
私の掛け声で、全員が一斉に動き出す。――と、同時、ミノタウロスが大きく咆哮を上げた。その声の大きさと衝撃で、私は思わず一瞬足を止めてしまった。
「先行くで。補助頼む」
咆哮を意にも介さずカエデが走る。一瞬遅れて私は魔術式を練った。まずはぺリラがスリングを構え、石を放つ!
目を狙ったその礫をミノタウロスは首を振り躱した。そのまま踵を地面に叩きつけると、一気に加速しこちらに迫る――速い! 足は牛に近く、蹄があった。……蹴られたら、洒落にならなそうだ。
「火球よ!」
私は迫る勢いを止めるべく魔術を放つ。ぺリラの礫とタイミングを少しずらしたので簡単には躱せないはず――。
狙い通り、火球はミノタウロスの顔面に直撃した。再び咆哮が響く。多少のダメージはありそうだ。その隙にカエデはミノタウロスの後ろに回り込んでいた。ミノタウロスは腰や胸には簡素な鎧を身にまとっているが、顔、足、腕はむき出しだ。カエデは右踵の腱を狙い刀を振るう。ここは不死身の大英雄でさえ弱点であったとされる箇所で、断裂すると歩行がままならなくなる。
狙い違わず振るわれた刀はミノタウロスの皮膚を傷つけ、腱を切断した。バツン、という音と同時、ミノタウロスが咆哮を上げ斧を振り回す。
「あぶなっ! ――ふぅ、これで、機動力は削げたはずや」
斧を紙一重で躱し、カエデはミノタウロスから距離を取る。あとは少しずつダメージを重ねていけば……!
「あとは遠距離攻撃が楽だよねー。……当たれっ!」
ぺリラがスリングで石を飛ばす。狙いは目。もちろんミノタウロスも避けるが、これは動きを制限するためのものだ。
「これならっ!」
その隙を突き、ミレットがメイスで背後からミノタウロスに殴りかかる。狙いは腰のあたり――重要な臓器があり、撃たれると激痛が走るはず。だが、さすがにミノタウロスも急所をやすやすとは攻撃させてくれない。右足を引きずりながらも両手斧を振るい、ミレットのメイスを弾き飛ばした。
「こっちだよ!」
そのタイミングに合わせ、私が火球をミノタウロスの後頭部に撃ち込む。爆発音とともに、狙い違わず火球は直撃した。悲鳴を上げるミノタウロス。よし、順調にダメージが積み重なっている、これなら……。
「とりあえず右目、もらうで」
カエデが驚異的な身体能力を見せ、ミノタウロスの頭部近くまで跳び上がる。その勢いのまま刀を突き入れ、牛頭の右目を貫いた。鮮血が飛び散り、先ほどまでとはレベルの違う怒りの声を上げるミノタウロス。口から発した轟音が、部屋の中に響き渡った。
「――――――!!!!!!!」
「――うるさっ! なんも聞こえへんどころか、頭痛くて立ってられへん!」
刀を引き抜き、着地していたカエデは慌てて耳を塞ぎ、ミノタウロスから距離を取る。私たちも耳を塞いで、後ずさった。一旦声がやむまで距離を取って待機したほうがいいかな。
――私は、わかっていなかった。そんな悠長なこと、仮にもボスと呼ばれる魔物が、許してくれるわけないということを。
ミノタウロスは叫び声をあげたまま、斧を手に、体を大きく捻った。――なんだ? と疑問を持つ暇もなく、牛頭人身の化け物は、全身の筋肉を膨れ上がらせたと思うと、両刃の斧を、全力で投じた。
「――は?」
まさか両手で振るうような巨大な斧を投げつけられるとは想定していなかったのだろう。カエデは驚きの声を上げ、立ち尽くす。――私たちもそうだ。とっさに刀で防ごうと構えるが――さして効果はなく、刀ごとカエデは回転する斧に斬り裂かれ、上半身と下半身が真っ二つにされた。
「――カエデ!!!!」
どさり、とカエデの上半身が落ちる音がする。ミノタウロスは投げた斧には目もくれず、両手を地面につけると、呆然としているミレットに向けて、四つ足で駆けた。なるほど……これなら、足の一本のダメージは両手でフォローできる。
「なっ……体当たり、ですか!?」
ミレットはメイスを弾き飛ばされている。両手でミノタウロスを受け止めようと構えを取るが――。
「ミレット! 角! 気を付けて!」
ミノタウロスの顔は雄牛だ。その頭部には鋭くとがった角がある。ミレットは角を掴もうと試みるが――体格差がありすぎた。彼女の手はやすやすと弾かれ、左の角が心臓を貫く。
「ミレット!!!」
悲鳴を上げる間もなく、脱力するミレット。彼女の亡骸を角から振り落とし、ミノタウロスは再び二足で立ち上がった。
「……せんせー、どうする?」
ぺリラはスリングを構えているが、ダメージを与えられるとは思えない。私の魔術はあと数回撃てるが、それでも倒しきれる保証はないし、何より魔術式を編む時間を与えてくれるとは思えない。
「……このままじゃ無駄死にする。いったんここから離れよう。強力な武器や、何かミノタウロスを倒せるアイテムなんかが隠されているかも……」
前衛二人が倒された状態では戦闘にならない。情報はある程度集まったが、このままでは決定打が足りない。正直、望みは薄いと思うが、せめてなにか、あと一つでも武器が欲しい。
「……オーケー。じゃあ、一旦通路まで避難して…………あ」
「ぺリラ?」
「……最悪の、タイミング」
私は、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには――。
「……バジリスク」
瞳を閉ざした、巨大なオオトカゲがゆっくりと部屋に入ってきていた。その瞳が、開かれる。――完全に油断していた私たちは、何の手立ても取れぬまま、ゆっくりと石化していく。
そして、ミノタウロスが咆哮を上げた。バジリスクも対応するように声を上げる。――明らかに、敵対している様子だ。
あぁ、魔物たちは、別に仲良しじゃないんだな。
そんなことを思う暇もなく、バジリスクに四足で駆け寄るミノタウロスに弾き飛ばされ、私とぺリラの体は粉々に砕け散る。
――今回は、苦しまなくて済んだな。
そんなことを考えながら、私の意識は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます