第7話:歩み出そうよ 次のステップ

「あああああああ辛いー……嫌になる……」


 あれから。ゴリゴリと少しずつ食われ、結局頭が齧られるまで意識があった。幸い痛みはなかったが気分は最悪である。


「み、みんなは……」


 周りを見渡すと、前回死んだときと同じ部屋だ。三人は既に目を覚ましており、何か雑談をしているようだった。


「お、センセ起きたんか」


「あ、すみません、ミスっちゃって……大丈夫でした?」


「いやー。まさかあんな化け物いるなんて思わないよねー反則じゃねアレどう倒すん」


 とりあえず三人とも元気そうだ。


「みんなは、すぐここに戻ってきたの?」


「せやね。ミレットに担がれて落とされてバキーンってなって、それで終いや」


 良かった……少なくともあの地獄を味わったのは私だけみたいだ。


「ご、ごめんなさい……目を合わせなければ石化しないのかと思って」


「バジリスクは見られたらダメみたいだね……アレ、どう対処すればいいのか」


「死角から殺すしかないんちゃう? でもあれ体力ありそうやしなぁ……初手で目ぇ潰すか」


 厄介なのはバジリスクが普段目を閉じていることで、例えば遠距離からの石礫くらいなら瞼に弾かれてしまうだろう。


「アタシわかった! 鏡使えばいいっしょ!」


「そういえば、どこかの伝説にそんな話がありましたね……」


 確かに、鏡を使って視線を跳ね返すことができれば、相手を逆に石化させられる……のか? そんな簡単にいくのだろうか。


「手鏡とかじゃ、仮に視線を返せても鏡の持ち主は石化しちゃうんじゃないかな……」


「なんか箱とかに入って正面に鏡付けとけばええんやない? 全身鎧とかの場合どうなんねやろな、見られると」


 確かに。鎧だけ石になるのか、中身もろともなのか。さっき毛布で体を庇えたから、あくまで視界に入ったものだけな感じはするけれど。


「なんか箱に入るのはさすがに間抜けですね……。鎧、っていうかそもそも全身を覆うような何かで代用できないですかね」


「全身を覆う……つまり、着ぐるみ、ってコト!?」


 鏡を持った着ぐるみがバジリスクに襲い掛かる様を想像すると……間抜けだなぁ。


「着ぐるみ石化したら出れへんのちゃう?」


「割ればいーじゃん」


「そもそもどうやって持ち込むんですか、着ぐるみ」


「ダンジョンに落ちてないかなぁ」


「ないでしょ……まだ魔物の皮で作る方が可能性あると思うけど」


 でもよく考えたら魔物倒すと消えちゃうんだ。皮が戦利品になるような魔物だったらいけるかなぁ……。


 そんな阿呆な会話をしていたら、段々気分が良くなってきた。……とりあえず、今日は帰ろう。あのバジリスクのことは報告したいし。私たちは前回同様にダンジョンを出て、馬車に乗ってメルトの町へと戻っていく。


「そもそも、なんであんな強い魔物がいたんでしょうね……」


 地下一階の魔物としては強すぎる。通常でもレベル三十近くないと単独では勝てないような相手だ。


「うーん……完全に嫌がらせだとは思うけど……」


「時間を掛けすぎたんかもしれんなぁ」


「あー。アタシら結構色々回って、一階の敵なんか余裕だぜ! になってたもんね」


「なるほど……度を越えたレベリングを防ぐため、ってのは確かにあり得るかも」


「でもそれって、安全に進むためには仕方がないんじゃ……」


 挑戦者からすれば、安全を考えてレベルはできるだけ上げたい。だが、ダンジョン側からすればそれは望ましくない。絶望や苦しみは余裕がある状況からは生まれづらいからだ。


「とりあえずこの内容は報告して、ついでにバジリスクの対策とか事例とか聞いてみるよ。さすがに構造が毎回違うとはいえ、ああいう強い敵は共通じゃないかと思うし」


 冒険者協会にもダンジョン挑戦の知見はいくつかあるはずだ。ついでに一階のボスの情報とかも聞いてみよう。


「その報告、ウチらも同席したほうがいいん?」


「いや、いいよ、ぞろぞろ行ってもしょうがないでしょ。終わったらご飯食べに行くからあなた達の宿の食堂で待ってて。報酬もまとめて受け取っておくよ」


「わかりました。よろしくお願いしますね」


「何食べよっかなー、お魚かなぁ」


「前も結局喰うとったやん、あぁ、でも前は焼き魚やったから、刺身はええな確かに」


「さしみ……? 何ソレ」


「知らんの? 新鮮な魚を切って、生で醤油付けて食べるんやで」


「ええ? それ大丈夫なんですか衛生的に」


「ウチの国じゃ当たり前やったからなぁ……。こっちじゃあらへんのか」


 食文化の違いだなぁ。そんな会話を聞きながら、私はぼんやりと馬車から外を眺める。すっかり夕方だ。これ、二階まで行くようなことになったら、泊まりだろうな……。携帯食はあったけどダンジョンで眠れるような安全地帯はあるんだろうか。謎は尽きない。


「聞かなきゃならないこと、いっぱいだなぁ」


 生の魚のおいしさを力説するカエデとそれを聞くミレットとぺリラ。少しでも、彼女達が快適にダンジョンに挑戦できるよう。情報収集はしっかりしてこよう。


◆◇◆◇◆◇


「ただいまー」


 ただいまってなんか変だな、と思いながらもあんまり適切な挨拶が思いつかなかった。私の家じゃないけどな。


「あ、センセお帰りなさい。どうやった?」


 ……なんかこのやり取り新婚家庭みたいだな、なんてアホなことを考えたのは、なぜかカエデがエプロンを付けて料理を運んでいたからだ。……いや、なんで?


「先生。今カエデさんがお刺身を作ってくれたんです。新鮮な魚がちょうど入ったらしいので」


「楽しみ楽しみー」


 なるほど。まぁ確かに宿の主人も生魚の調理法は詳しくないだろうし、本人たちが良ければ別に問題ないか。


「醤油は東から輸入したのがあるらしくって助かったわ。さすがにワサビはあらへんから今度探してこんとな」


 調味料にもこだわりがあるらしい。置かれた皿を見てみると、薄切りにされた美しい白身魚の切り身が並んでいた。なるほど、確かに美味しそうだ。


「ほ、本当に大丈夫なんですか、生で食べて」


 ミレットは警戒している。まぁ気持ちはわかる。


「鮮度的には問題あらへん。あとは……まぁ寄生虫やな。一応ウチ切る時見とったから大丈夫やと思うけど、なんか変なにょろにょろおったら食べんといてな。胃に齧り付かれるで」


「えっ、こわいじゃん。何ソレ」


 さすがにぺリラも嫌そうだ。私も嫌だ。炙ろうかな……。


 最初は慎重に、切り身をじぃっと見つめて注意しながら食べていたが、生のお魚も調味料も美味しくて、途中からは気にせずパクパク食べてしまった。また作ってもらおう。


「ふぅ、美味しかった。ご馳走様、ありがとうねカエデ」


「切っただけやけどな。美味しかったなら良かったわ」


 カエデは少し照れ臭そうだ。食後のお茶を飲みながら先ほど聞いてきた話を伝える。


「まず、あのバジリスク、発見例は前にもあるらしいよ。やっぱりその時も徘徊してたらしいから、そういう配置の魔物なんだと思う」


「やっぱそうなんか……なんか、対処法とかあるん?」


「視線を受けたら石化だから、鏡は効果的なんだろうけど、持ち込めないからな……。倒したパーティもいたけど、速攻で目つぶししてゴリ押してたみたいだから全然参考にならなかった」


「アレ速攻で目潰しできるってどんな人たちなんですか……」


「ダンジョン発見された直後に、危険度調査のためS級冒険者パーティが入ったらしいんだよね。その時の事例だって。他は軒並み遭遇したら死んでる」


「S級、って一番強いんだっけ? レベル下がっても勝てるんだーすごいね」


「S級冒険者は化け物だからね……一人だけ依頼で一緒になったことあるけど、竜とのハーフだから肉体強度が違い過ぎるし下手したら石化も効かない可能性すらある……」


「竜……ですか。異種族ですね」


「半分だけどね。まぁこの町は異種族に寛容……というか、それが当たり前の場所だし。とにかく、アレは参考にならないから、私たちは基本的に戦わない方法を考えたほうが良さそう」


「もうそのS級の連中が攻略したったらええんちゃうのだんじょん」


 そう思うのも無理はないけど……。


「S級冒険者って今は国家レベルの危機に対応したりするような人たちだからねぇ。危険度の少ないダンジョンに構ってる余裕はないと思うよ。たぶん攻略には時間かかるし。初回の危険度調査はしたからあとは別のパーティで何とかしてね、って感じだじゃないかな」


「へぇ、そうなんやな。まぁしゃあないか。命は取られへんもんな」


「そうそう。あのダンジョン、危険度は少ないという判断だね今のところ。あとは……ボスの情報も聞いてきた。一階のボスはミノタウロス。大きな斧を持った牛頭人身の怪物だね」


「ミ、ミノタウロスですか……バジリスクと同じく、危険な魔物ですよね……」


 ミノタウロスはとにかく力が強いし、武器を扱う程度の知性はあり、凶暴だ。ボスにふさわしい魔物と言える。


「うん。でもバジリスクみたいに特殊な能力はないから、しっかりレベル上げれば倒せるんだろうけど……」


「バジリスクが徘徊してるから無理じゃねー? 詰んでる?」


 そう。レベルを上げないとボスには勝てない。でも時間が経つとバジリスクとの遭遇確率も上がる。ここのバランス管理が肝なんだろう。


「とりあえず……できるだけレベルを上げて、バジリスクを避けながら早めにボスを倒すしかないね。――ここは、シーフの腕にかかってる。バジリスクと遭遇しないよう、足音や気配を把握して、近づいてきたら逃げるようにしないと。ぺリラ、頼める?」


「ん? うーん……足音や気配は何となくわかったし、何とかなる、かな! たぶん」


「いざとなったら毛布とかで視線を遮って逃げる感じで。――とりあえず方針は決まったかな、次はいつ行く?」


「そりゃもちろん」


「はい、もちろん」


「明日!」


「オッケー。今度こそ一階突破、目指そう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る