第6話:レベルアップばっか考えてちゃ何も始まらない

『れべる……?』


 カエデとぺリラはいまいちレベル制について良くわかってないらしい。冒険者カード、もらってるはずだけどな。


「最初に説明されたじゃないですか、倒した魔物や受けた依頼に応じて、レベルが上がって、それが冒険者としての能力指標になるって」


 ミレットはちゃんと覚えていたらしい。さすがだ。


「そうそう。元々、冒険者ってランク制――S級、A級、B級……みたいな感じで分けられてたんだけど、同じランクの中でも結構差があるんだ。例えば、依頼で『B級冒険者にお願いしたい』っていうのがあっても、B級成り立ての人にはかなり難しいものだったりしてさ、依頼がうまくいかなかったり、事故につながるケースがあってね。他にも成長度合いが見えづらいとか色々理由があって、最近導入されたのがレベル制、ってわけ」


「ふぅん。でも、その話やとおかしない? センセはれべる2、なんやろ? 今」


「確かに。私たち、このダンジョンに入る前、確かレベル2、だった気がします。さすがに先生がそれと同じってことは、ないですよね?」


 二人の疑問はもっともだ。


「私、元々はレベル27だったんだよ。でも今は2になってる。――これはたぶん、ダンジョンに入ったときに、リセットされたんだと思う。つまり、このダンジョンではレベル1からスタートになる、ってことだね。みんなは元々2だったなら、たぶん変わってないと思うけど」


「な、なるほど……このダンジョンでのリセットされた状況が、冒険者カードに反映されてるんですね」


「そうみたいだね。このカードがすごいのか、このダンジョンの効果なのかわからないけど……まぁこれで、なんとなく仕組みは分かったかな」


 先ほど敵を倒した後、魔力や傷が回復した、ということはつまり。


「仕組み? よーわからんけど、このダンジョンに入るとれべる1からスタートなんやろ? で、敵を倒すとれべるが上がる、と」


「で、レベルが上がると怪我も治るし、魔力も回復するし、ちょっと成長する、ってことかな? ……ね、アタシすごくない、めっちゃ考えたよ。褒めて」


「はいはい偉い偉い。……まぁそんなところだね。あとは、たぶん死ぬとレベルは元に戻って、改めて入ったときには……たぶん1からスタートなのかな? 脱出した時どうなるのかは、ちょっと確認しないとわからないけど」


「確かに。もしかしたら、死んだら戻るけど、脱出したらレベルが引き継がれる、とかあるかもしれませんね。だとしたら攻略も楽になるんですが」


「そうだね……それくらいないと攻略難易度が高すぎる気がするし……もしくは、別の何かしらの引継ぎ要素はあるだろうね。そうじゃないと難しすぎる。しかし、完全にゲームだな、これ。誰が考えてるんだろ?」


 魔物にしてはゲーム的な仕組みがしっかりしすぎている気もする。人間か、はたまた別の存在か、手を貸しているものがいるのかもしれない。


「げーむ? 遊戯か? 双六くらいしかわからん」


「私もこんな複雑なゲームの経験はないですね……都会だと当たり前なんですかね、こういうの」


「もちろんアタシもしらーん。アタシらの遊びはもっぱら狩りの練習だし」


 そうか、この子たち普通の人生送ってきてないんだろうしな……仕方ないか。


「私も詳しいわけじゃないけどね。そういう遊戯はあるし、物語にも似たようなものはたくさんあるよ。……まぁ取りあえず、ダンジョンのルールは把握できた。敵を倒して、レベルを上げて、回復しつつ進む感じだね。――じゃあそろそろ、先に行こうか。休みたい人とかいる?」


 体力的には回復しているが、精神的な疲労がたまっている可能性もある。


「体はええんやけど、ちょっと刀手入れしてもええか? 血が付いとると斬れへんようになってまう」


「あ、私もメイス折れちゃったんで、あのホブゴブリンが使ってたメイス、拾って試してみたいです」


「アタシもスリング用の石拾っとくかなー、よさげな奴」


「おお、みんな戦いに関しては真面目だしちゃんとしてる……先生は感動したよ。じゃあちょっと休憩しつつ、準備を整えようか。お腹減ったら携帯食料とか水は鞄にあるはずだから」


 ダンジョンに入るとき、武器と一緒にリュックサックを受け取っていて、その中に必需品は含まれているのだ。


「ん? 死体が……」


 ゴブリンとホブゴブリン達の死体が、少しずつ光に包まれて消えていく。――これも、ダンジョンの仕組みなのだろうか。


「メイスと鎧は残ってますね。あと棍棒」


「一応戦利品は残るんだね。ならよかった」


 棍棒はさすがに要らないし、ホブゴブリンが付けていた革鎧を付けるのも抵抗があったので、メイスだけを持っていくことにする。


「んん? 刀にこびりついとった血も消えとるな。楽でいいわ」


 カエデは刀を鞘に納め、立ち上がった。ぺリラも石拾いは終わったらしい。


「よし、じゃあ出発しようか!」


 先ほど同様、カエデを先頭に歩き出す。ひとまず順調だ、このままスムーズに、下の階まで行けると良いんだけど……。


◆◇◆◇◆◇


「順調やね」


 広い部屋の中央で歩きキノコを唐竹割りにしたカエデが笑みを浮かべた。


 あれから、いくつかの部屋にたどり着き、それぞれ数匹ずつ配置されていた魔物を倒した。その都度レベルが上がり、今はもう全員レベル5である。レベルが上がると回復することが分かったので魔術も躊躇なく扱えるし、身体能力も段々と元に戻ってきている。みんながきちんと私の指示を聞いてくれることもあり、楽に勝利できていた。


「確か、下る階段の前にはボスがいる、って話でしたっけ? どのくらい強いんでしょうか……」


「うん。一階のボスは確か――」


 ダンジョンに挑む前に聞いた説明を思い出そうとしていた時、ぺリラの耳がピクリ、と動いた。


「ん? あっちから何か来るっぽい。ちょっと見てくるわー」


 ぺリラは通路を指さし、そちらへ歩いていく。もう一階の敵はたぶんボス以外相手にならないだろうが、万が一ということもある。


「カエデ、ぺリラに付いていってもらえる?」


「ええよ。ちょっと待ちぃ猫さん」


「猫-? まぁ猫かぁみんなからしたら。でもでも、アタシ的にはほぼ人なんだけど」


「猫やろ。尾っぽも耳もやけど、それ以上に振る舞いが猫やもん」


 雑談をしながら通路に向かって歩く二人。……気が抜けてるなぁ。


「……大丈夫でしょうか」


 ミレットは警戒しているようだ。私も確かに気になる。……通路から来るってことは、部屋に留まらずに、歩き回っているということ。つまり――の魔物、というわけだ。一般的に、待ち伏せ型よりも追跡型のほうが、高い攻撃力や持久力、聴覚,視覚、嗅覚、を持っているケースが多い。


「二人とも、ちょっと待って!」


 私の静止に、カエデは振り向いた。ぺリラは――じぃ、っと、通路の奥、真っ暗な闇を見つめている。そして……その姿が、見る見るうちに、灰色に変わっていく。――石化だ。


「カエデ、逃げて!」


「なんや? 石? どないした――」


 言葉を紡ぎきることなく、彼女も石化した。そして、通路の奥からのそり、と姿を現したのは、トサカを持ち、瞳を閉ざした巨大な、トカゲ。

 

「――バジリスク……」


 睨みつけたものを石に変える力を持つ、危険度の非常に高い魔物だ。……当然ながら、こんな浅い階層で出会っていい魔物ではない。


 バジリスクは目を閉ざしたまま、ぺリラの石化した体に噛みつき、ベキリ、とその右腕を齧り取った。そのままゴリゴリと咀嚼している。


「ペ、ぺリラさんが……」


 石化しているので血が出たりはしないが……せめて意識がないことを祈る。石化の治療は難しいが、不可能ではない。つまり、あの状態でも彼女はまだ生きている。だが――石になっている最中に欠損した箇所は、石化を直しても戻らないのだ。


 バジリスクは空腹なのか、さらにぺリラを食べようとしている。……さすがに、見逃せない。仮に意識があった場合――生きながら食われるというのは、精神に大きな損害を与えかねない。


「ミレット、私がバジリスクを引きつけるから、一旦二人の回収をお願い。もしかしたら、レベルアップさせれば戻せるかもしれないし」


「は、はい、わかりました!」


 私は無言で大口を開けたバジリスクの口内に向け、火球を放つ。倒せはしなくてもダメージを与えられれば離脱の余地は十分ある……!


 だが、さすがにレベルの高い魔物。火球はあっさり避けられた。私は、バジリスクの視界に入らないよう、荷物に入っていた毛布を広げて盾とする。直後、バキリ、と音を立てて毛布が石化した。


「やっぱり、無生物でも石化できるか……しかも、視線を合わせたかどうか、じゃなくて相手に見られたかどうか、で判定される……無理だろこんなの」


 ひとまず石化した毛布を遮蔽物として、バジリスクと対峙する。これで視線を避けつつ、遠距離攻撃をして時間を稼ぐ。そのあとは――。


 そんなことを考えていると、バキン、と何かが倒れ、割れる音がした。


「……え?」


 音のした方を見ると、他二人の石像を持ち上げたミレットを、バジリスクが睨み、石化させていた。バランスの悪い体勢だったのだろう、そのまま石化した彼女は倒れ、二人の石像もろとも地面に叩きつけられ――砕けた。


「あ……」


 考えてみれば当たり前だ。視界が遮られたなら、別のターゲットを狙うに決まってる。パーティでの戦闘経験が少ないから、こんな簡単なことにも気づけない。残ったのは、ばらばらに砕けた生徒たちと、私。そして……目を閉じ、こちらを向いたバジリスク。


 私は、その光景を見て、情けないが一歩も動けなくなってしまった。また、判断ミスで、仲間を――。


 立ち尽くす私を、優しささえ感じる瞳でバジリスクが見据える。体が冷えていく感覚。もう、指一つ動かせない。目を閉じておけば良かったな、と、こちらに迫りくるバジリスクを見て思った。


 そして――。


 ゴリ。


 私の体は、少しずつ――。


 バキ。


 失われていく。


 ゴトリ。


 痛みはない。だが、齧られるたび、体が欠損し、絶望的な喪失感が心を襲う。


 ――せめて、さっき砕け散った生徒たちは、こんな苦しみを味わっていませんように――。 

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