第5話:見たことないものが待ってるけど

「お、部屋だ。……ここからじゃ見えないけどー、たぶん、なんかいる。音が聞こえるもん」


 部屋の手前の通路でぺリラは頭の上の耳をぴくぴくと動かしている。その言葉を聞き、私ははいったん足を止めるようにみんなに呼びかけた。


「前回は作戦も立てずに踏み込んで大変なことになったからね。部屋に入ったらまず私の指示を聞いて。それまでは待機。もしいきなり攻撃を仕掛けられたときのために、最初にカエデ、次にミレットが入ろう。ミレット、防御魔術は使える?」


「一応、使えますが……魔力があまりないので、私とカエデさんに掛けると回復が足りなくなる可能性があります」


「ええよ、掛けんで。相手の攻撃は全部避けたる」


「……なるほどね。じゃあ防御はいったん温存。私も魔術は何発も撃てないから、最初は様子見する。ヤバくなったら援護するから声かけて。ぺリラは状況見つつ後ろからスリングで攻撃ね」


「はーい。任せとけ!」


 そして私たちは部屋に踏み込む。そこにいたのは――。


「ゴブリン……!」


 緑の肌を持つ小人型の魔物で、知識は子供並みと言われる。武器もある程度は扱え、実際に今目の前にいる三体のゴブリンは棍棒を手にしている。そして――。


「ホブゴブリンもいますね……」


 ゴブリンの上位種で、緑の肌は共通だが体格は大人の男性とそう変わらない。ゴブリンたちの少し後ろに待機し、手には立派なメイス。加えて上半身には革製の鎧を身に着けていた。


「――へぇ、小鬼の類やね」


「……、ですか?」


「せや。ウチの元居た辺りじゃ、こういう連中をそう呼んどった。本物の鬼とは関係あらへんみたいやけどな」


 東の国では呼び名も違うんだなぁ。ちなみに、鬼、というのは魔族の一種なので全然別物だ。


「ふーん。相手もパーティ組んでるじゃん。昨日の奴らより強そう」


 確かに。昨日遭遇した魔物はバラバラに行動していたし、特に統制が取れている様子はなかった。しかしこのゴブリンたちは、明らかにホブゴブリンを中心としたパーティとして行動しているのがわかる。


「これは……出し惜しみしてる場合じゃなさそう。ぺリラ、牽制で中心のゴブリンを狙って。カエデとミレットは協力して真ん中の一体を倒そう。私は左右どちらかのゴブリンを魔術で狙う。ザコを片付けたら全力でホブゴブリンに集中。いい?」


「わかりました!」


「はいよー」


「センセ、一つ提案や」


「……何?」


「あいつら、人型やろ? ならウチの得意な相手や。せやから――敵に突っ込むのはうち一人でええ。代わりにミレット、強化の魔術掛けとくれんか?」


 カエデの提案に一瞬悩む。昨日の戦闘を見る限り、彼女は少なくとも魔物との戦いにおいて活躍できてはいない。まして、今は身体能力もリセットされていて、経験を活かしきれる状態ではない。彼女一人で突っ込んでやられると、戦線が崩壊して全員の敗北にも直結するし、本来であればここは任せるべきではない場面だ。だが――。


「わかった。ミレット、強化をカエデに。ぺリラは予定通り牽制だけど、カエデが戦いやすいように突っ込む前にお願い。私はフォローしやすいように魔術を使う。――カエデ、頼むよ。あなたに託す」


 カエデは少し驚いたようにこちらを見た。方針を変えて任せるとは思わなかったのだろう。だけど、私は知っている。――昨日、天井が落ちてくる間際、恐ろしいほどの手際で、ミレットとぺリラを殺した、彼女の動きを。


「……おおきに。任せとき」


 照れたような呟き。顔は見えなかった。どんな表情をしているのか少し気になったが、そんなことをしている暇はない。


「カエデさん、お願いします!」


 ミレットの魔術でカエデがぼんやりと輝く。強化は武器など特定箇所にだけ掛けることもあるが、今回は全身の能力向上らしい。


「当たれー!」


 ぺリラの狙撃。スリングで飛ばされた石つぶてが真ん中にいたゴブリンの眉間に当たる。頭を押さえて苦しんでいるところに、カエデが突っ込んだ。そして――。


「人型は、急所がわかりやすいから楽でいいわぁ」


 刃を心臓に差し入れ、すぐに引き抜く。噴き出した血を避けつつ、すぐ右にいたゴブリンの眼窩に刀を突き入れた。ビクン、と痙攣し、二体目のゴブリンの動きが止まる。驚いていたが、さすがに三体目は棍棒を持ちカエデに振り下ろした。


「当たらんよ」


 カエデは跳び退りながら、二体目の頭部から刀を引き抜き、距離を取った。その間隙を狙って――。


「火球よ!」


 私の魔術が三体目のゴブリンに直撃する。別に魔術の発動時、声を出す必要はないのだが、パーティでの戦闘時は連携のために何をしたかを端的に口に出すことが多い。ただ、魔物にも悟られる場合があるので、熟練のパーティは無言で戦う場合もある。 


 三体目のゴブリンは頭部に魔術を受けて倒れた。死んではいないかもしれないが、意識はなさそうだ。そして――最後の敵、ホブゴブリンとカエデが対峙する。フォローのため、ミレットもメイスを持って前進した。


「部下がやられても顔色一つ変えんか。なかなか豪胆やね。それとも……それだけの知性がないんかな? まぁどっちでもええか――どうせ死ぬんやしな」


 カエデがホブゴブリンを煽っている隙間を縫って、ぺリラと私の遠距離攻撃がホブゴブリンの頭部に命中。ホブゴブリンは悲鳴を上げて頭を押さえた。


 その隙にカエデはホブゴブリンに接近し、下から喉元に刃を突き入れ、ひねる。鮮やかな手並み。刃を抜き、噴き出す血を見てカエデはこちらへ振り向いた。だが。


「――カエデ、まだ!」


「――ん?」


 ホブゴブリンは喉元から血を流しながらも左手で首を押さえつつ、手に持ったメイスでカエデに襲い掛かる。カエデは油断していたのか、回避行動が取れていない。刀で受けようとしているが強度が足りないだろう。だが――。


「させませんっ!」


 近くまで来ていたミレットがホブゴブリンの一撃を受け止める! バキッ、という音を立てて彼女のメイスの柄が折れた。宙を舞った先端が彼女の頬に触れ、傷をつける。

 

「すまん! ――さすがは、魔物の体力やね。なら、これで終いや!」


 身長差から頭部への攻撃は困難。上半身は皮鎧に覆われている。カエデは刃を構えると、薄布に覆われているだけの下腹部に突き入れた。ホブゴブリンの声なき叫び。


 激痛に暴れ、棍棒を振り回すホブゴブリンからカエデとミレットは距離を取る。内臓が集中している下腹部は急所の一つだ。激痛に暴れるも喉元が裂けているため、声は上がらず口と喉から血が噴き出すだけだ。驚異的な生命力だが、もう限界だろう。


「いい加減、倒れなー!」


 ぺリラがスリングで大きめの石をホブゴブリンのこめかみに直撃させた。平衡感覚が狂ったのか、ふらつき、そのまま倒れこむ。そして――しばらく痙攣した後、完全に動かなくなった。頭でも打ったのだろう。


「――ふぅ……とりあえず、勝ち、かな、みんな、お疲れ」


 返り血や武器の破損はあるが、一旦全員無事だ。――だけど。


「魔力、結構使っちゃったな。これで、先に進むのか……」


 ミレットは強化魔術一回分だが、私は攻撃魔術を二回撃ってしまったので、一割程度しか魔力が残っていない。魔力回復のアイテムとか落ちてるのかな……。


 そんなことを考えていると、突然私たち全員の体が発光した。


「なんやこれ」


「なんですかなんですかなんですか怖い!」


「面白! みんななんで光ってるの!?」


「あなたもだよ!」


 とはいえ、光っていたのはごく短い間だ。収まったのち……何が変わったかというと、よくわからなかった。特に外見に変化はなさそうだが……。


「ん? あれ? 魔力が、回復してそう?」


 少し体を動かしたり自分の状況を探っていたが、先ほどまで残り少なかった魔力が完全に回復している感覚がある。


「確かに……私も回復してる感覚があります」


 ミレットの言葉。……ん? 私はミレットに近寄り、顔をじぃっ、と見上げた。


「え、なんですかなんですか先生近い近い恥ずかしいです」


「ミレット、頬の傷が、消えてるね」


「ん? あれ。そういえばさっきメイス折れたときに血が出た気がしましたけど……怪我も治ってますか?」


「うん。直っているというか……まぁいいや、とりあえず元には戻ってるよ」


「ウチ、結構無茶な動きして結構体痛めたし筋肉疲れとったけど、それもなくなっとるな」


「あと、たぶんちょっと動き良くなってるねー。ジャンプ力とか、元々の肉体に少しだけ戻ってる感じ」


 カエデに続いてぺリラがぴょんぴょんと跳ねながら言う。……治るだけじゃなく、成長にもつながってるのかな?


「もしかして…………あ、やっぱり」


 私は服の胸ポケットに入れっぱなしになっていた冒険者カードを取り出した。これは冒険者協会から発行されたもので、身分証の代わりになるものだ。そして、自身の経験が、数値で表されている。つまり、どういうことか言うと。


「レベルが、2になってるね」


 私たちは、レベルが上がったみたいだ。




 

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