第4話:本気になりたいならおいで
翌日。私たちは再びダンジョンの入り口に来ていた。既に荷物は預け、まさに今迷宮へ足を踏み入れようとしているところだ。
「この階段を下りて、少し進むと例の吊り天井の部屋。――みんな、準備はいい?」
私の問いに、他三人が頷く。
「ウチがスライム、でええんやな」
「そう。スライムは一見物理攻撃が効かなそうだけど、よく見ると核があって、そこを貫けば死ぬから。魔術以外だと刃物が効果的だね」
カエデの武器は刀だ。目もいいから、ちゃんと核を見つけて貫くことはできるだろう。
「私は、大サソリ、ですね」
「うん。大サソリは殻が固いから、刃物は通りづらい。打撃武器で殻ごと砕くのが良いね」
ミレットはメイスを使う。彼女の膂力ならサソリの外骨格も砕けるだろう。
「んで、アタシは大コウモリ」
「だね。大コウモリは羽に穴をあければ簡単に落ちる。スリングで狙い打てば大丈夫」
ぺリラのスリングは命中精度に優れる。威力はそれなりだが、コウモリの被膜くらいは簡単に破けるだろう。
「よし、みんな準備オーケー。じゃあ行くよ!」
そして、私たちは階段を降りる。大丈夫。これなら簡単に突破できるはず。
目の前は直線の道と、その先に部屋があり、三匹の魔物がいる……はずだった。だが――降りた先にあったのは、T字路だった。
『ええええええええー!!!???』
全員の声が重なる。……しまった。当然予想しておくべきだったし、確認しておくべきだった。ここは普通の迷宮ではない。つまり――。
「毎回、構造が変わるのかー!」
思わず頭を抱える。……なるほど、二階へ進んだパーティが少ないわけだ。同じことをすれば突破できる、というわけではない、ということか。毎回起こる状況に適切に対応する柔軟性と知識が必要だ。
「そりゃ、教師役が必要になるわけだ……」
この先に進む苦労を想像しながら、私は大きくため息をついた。
◆◇◆◇◆◇
「このだんじょん、毎回作り直してはるんかねぇ。えらい手間かかるんちゃうの?」
「ですよね……道やモンスターだけならともかく、天井の罠とか、どうしてるんでしょうか」
「まーでも確かに、ずっと同じだったらさ、部屋の構造とか敵の種類とか、共有すりゃ簡単だもんね。絶望させたいならこの方がいいのかー」
カエデとミレットの意見はもっともだ。通常これだけの巨大建造物を一日で作り直すのは不可能なので、おそらく魔法で構築しているのだろう。『そういう力』だと思うしかない。ぺリラは相変わらず視点がちょっと特殊だ。獣人ゆえなんだろうか。
T字路をとりあえず右に進みながら私たちは会話をしていた。とはいえ警戒は怠らない。通路は狭いので一列だ。シーフのぺリラを先頭に、カエデ、私、ミレット。仮に通路で戦闘になったらカエデとぺリラが交代する形だ。
「そういえば……三人は、なんでこのダンジョン調査の依頼を受けたの?」
今更と言えば今更の質問だが、一応聞いておこうと思ったのだ。
「昨日ぺリラが言ったまんまや。ウチらはみんなお金もあらへんし、助けてくれる人もいーひん。昨日見た通り、冒険者のこともよくわかっとらん。冒険者協会でとりあえずこの三人で組んでみぃ言われてやってみたけど、なかなかうまくいかん。借金もしとるし、もう後があらへんのよ」
カエデはこちらを見ることもなく、答える。
「それで、このダンジョンの調査依頼を受けた、と」
「せやな。危険はあるかもしれんが、失敗してもお金もらえるゆうことやし、何より死なん。運が良ければ金目のもん持ち帰れるかも、って聞いとったからな。断る理由あらへんよ。二人もそんな変わらんと思うで」
ミレットとぺリラの二人とも、特に口を開くことなく頷いた。
「なるほどね。ありがとう」
――なんとなく、嘘ではないが、すべてを語ったわけではなさそうだ、という感触。たぶん三人とも、何かしらの想いは持っていそうだ。
(ま、それを聞けるほど、深い仲、ってわけじゃないしね)
何せまだ会って三日だ。それに、身の上話は下手に聞くと面倒な場合もある。取りあえず目先の目的は理解できたから良しとしよう。
「せんせーは? なんでアタシたちを指導してくれんの?」
「え?」
ぺリラの問いかけに間の抜けた声を出してしまった。
「確かに。先生、冒険者としてずっとやってきたなら、別にこんな面倒な依頼受けなくてもいいんじゃないですか? 何があるかわからないダンジョンに挑むだけじゃなく、素上の良くわからない新人三人の教育までしなきゃならないなんて、割に合わない気がしますけど」
「あー……うん。えーっと」
しまった。質問すれば返されるのは当たり前じゃないか。人との会話機会が少ないからこんな当たり前のことにさえ思い至らなかった。
「言いづらいなら、別にいいですけど……」
「え、アタシは聞いときたい」
「アンタ空気読みや」
三者三様のリアクションに、私は思わず笑ってしまった。
「はは。――ま、隠すことでもないか。私はね。あなた達くらいの時、初めてパーティを組んだんだ。みんなと同じ、冒険者になりたてのメンバーでね。私はリーダーだった。そのパーティでいくつか冒険をして……とある依頼の時に、私が判断ミスをしてね。……結果、私以外はみんな死んでしまった」
三人が、息を飲んだのが伝わる。
「私はその時以来、ずっと後悔しているんだ。だから――危険な依頼に飛びこもうとしてる、あなた達を放っておけなかった。助けたいと思った。だから、依頼を受けた。私の動機は、そんなものだよ。下らない、感傷だ」
三人がこちらを真剣な目で見ていた。……我ながら恥ずかしいことを言ったかな。頬が熱くなる。
「死なへんよ」
「え?」
「少なくともウチはそう簡単に死なへん。強いからな。他二人も――アホやけど腕はあるやろ。だから、センセの心配するよなことにはならへんよ。安心せぇ」
「失礼な。私はアホじゃないです。勉強してます。昨日はちょっとパニックになっちゃっただけです。見ての通り、強いですし」
「アタシは―……ちょっとアホかも。でも体は賢いから! いけるいける!」
「なんやの体賢いって。筋肉に脳みそついとるんか」
「でも猫って反射神経すごいらしいですよ。身体能力も高いし」
「そう、アタシすごいの! じまああああん!」
「やかましわ。あんたほとんど人間やないの。耳と尾っぽだけで猫並みに動けるんか?」
「動けるもん! 試すかー!?」
「ほら、ダンジョンの中ですし、魔物出るかもしれないから落ち着いて……」
勝手に、口元が笑っていた。――そうだ。あの時の仲間たちじゃない。この子たちはずっと、強い。それに――私も、成長している。大丈夫。導ける。うん。
「はい、雑談終わり! たぶん、そろそろ部屋につくよ。みんな、集中して」
心強さと温かさを感じながら、私はまた歩み始める。――今度こそ、私がみんなを守るから。
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