第3話:待ちきれないよ次のステージ
「じゃあひとまず、お疲れ様ー」
『かんぱーい!』
さすがにお酒を飲むわけにはいかないので、炭酸のジュースで乾杯する。冒険者協会近くにある食堂で私たちは様々な肉料理を楽しんでいた。二階は宿になっていて、カエデたち三人はここで寝泊まりしている。私はさすがに長く住んでいるのでちゃんと家を借りているのだが、彼女たちはまだこの町に来て間もないので宿住まいだ。
「焼いたお肉美味しいなぁ、ウチ好きやわ。もうちょい味は薄くてもええけど」
「アタシは焼いたのより生のほうがいいなー……これもうまいけどー」
「ダメですよ、牛肉だって生で食べるとお腹壊す可能性ありますから。せめて表面は炙ったほうがいいです。豚とか鳥は必ず焼いてくださいね」
カエデ、ぺリラ、ミレットの三人は賑やかに会話しながら食事を進めている。見たところ、カエデはやや小食、ぺリラは普通、ミレットは体が大きいこともあって、カエデの倍くらいは軽く食べていそうだ。と、私の視線に気づいたのかミレットがこちらを睨んできた。
「……先生、私の事大食いだって思いませんでした? 思いましたよね? しょうがないじゃないですか身体大きいんだから! 私だってカエデさんみたいにちょっと食べてお腹いっぱい、みたいなかわいらしい感じだしたいですよ!」
「ミレット、気にしすぎ。別に太ってるわけでもないし、いっぱい食べるの、健康的でいいと思うよ」
ミレットは割と背の高い私が見上げるくらいには長身だし体格も良いが、過度に肉がついているわけではなければ、極端に筋骨隆々というわけでもなく、女性らしい柔らかさもしっかりと備えていて、スタイルが良い。
私の言葉が嬉しかったのか、頭巾からはみ出す赤毛をいじっている。こういう仕草は年頃の少女、という感じだ。
「……なんやセンセ、よく食べるのんが好きなんか?」
「え? まぁ、食べれるときに食べるのは大事だと思うし、見てて微笑ましいよ」
私が冒険者なりたての頃は貧しかったしあまりたくさんは食べられなかった。若者にはいっぱい食べてもらいたい……と思うのは、もう自分が年を取ったってことなんだろうなぁ……。
「ふぅん。……まぁウチも甘いもんはよう食べるで。後でけーきとか頼んでもええ?」
カエデの服は大陸東側の民族衣装で、彼女自身もそちらの出身らしい。だからなのか、時々独特な発音だったりする。食文化も結構違ったみたいだ。
「ん? うん、どうぞ。その分頑張ってね、カエデ」
カエデは満足そうに笑みを浮かべた。
「アタシはなんか魚も食べたくなってきた! ないのかな煮干しとかでもいいから」
「ぺリラ思ったより食の嗜好が猫寄りだよね。見た目がほぼ人間なのに」
メルトは港町で魚はいくらでもあるので適当に追加注文をする。
「まぁ猫族の集落で育ってるからねー。見た目のせいでであんまり友達いなかったんだけどさー、みんな毛むくじゃらだからなんか変だと思われてて」
「……その話結構重いな。うん。今度にしようか」
「うん、いいよー。そのうち聞いて」
なんかこの子の過去も色々ありそうだな……というか、たぶん三人とも過去重いんだよな……そうじゃなきゃこの町に流れてきて冒険者なんてやらないだろうし。
そんな感じで雑談をしつつ食事は進んだ。……誰かと夕食を取ること自体が久しぶりで、内心とても楽しい時間だったことは、内緒にしておこう。
◆◇◆◇◆◇
私含めてみんなが満足したところで、食後のお茶を楽しみつつ、先ほど冒険者協会で話した内容をおさらいする。
「とりあえず報告した感じ……ミレットの推測はおおむね当たってそうな感じだったね」
ダンジョンの製作者は、人の恐怖や絶望の感情を集めるためにダンジョンという仕組みを作っているのでは、というミレットの仮説。これは冒険者協会でも同じ見解らいが、取りあえず今までダンジョンに挑んだことによる死者はいないらしいが、一部は依存傾向があり、地上での冒険をやめ、ダンジョンに潜り続けているケースもあるとのことだ。もしかしたら感情を喰われていることが影響している可能性もある。
「そうですね……ただ、それが事実だとすれば、あの規模のダンジョン数々の仕組み、宝を準備できる製作者は、相当な力を持つ存在であることは間違いありません。――その気になれば、ダンジョン内の人々を、皆殺しにすることも容易いでしょう」
ミレットの言う通りだ。魔物なのか、魔族なのか、あるいはまったく別の存在かわからないが、とんでもない力を持っていることは間違いない。というか、どんな方法を使えばダンジョンの再現など可能なのか想像もつかない。――想像もつかない、ということはおそらくは……。
「ま、たぶん、あのダンジョンを生み出しているのは何らかの『魔法』の力だろうね。魔法は奇跡を起こすけど、万能ではないから、アレが感情を食らいたいという欲求によって生み出された魔法なら、たぶんそれ以上のことは起こらないとは思うけど……まぁ、用心するに越したことはないね」
「魔法、ってそういうものなん? ウチよーわからへんのよ。東の方には魔法使いっておらへんから」
カエデの問いはもっともだし、たぶんミレットもぺリラもよくわかっていないだろうな。
「魔法ってね、なんというか……世界にお願いして強い願いを叶えることができるんだよねめちゃくちゃざっくり言うと。――で、逆に言うと、願いによって生み出される力だから、ソレと異なることは叶えられない。だから、今回のダンジョンが感情を食べたい、という願いで魔法で生み出されたなら、基本的に命は奪われない……はず」
「んーよくわかんないけど、じゃあダンジョンにいきなり殺されることはないってこと?」
「おそらくね。不死、なんて銘打ってるわけだしあの中では死なないようになってるはず。ただ……」
「なんかあるん?」
「死なないだけで、心を壊すことは不可能じゃない、かもしれない。正直……あんまり行きたいとは思えない、よね。本来なら冒険者協会とか、それこそ領主さんとかに封鎖してもらったほうがいいんだろうけど……」
「でも、既に結構な人が繰り返し挑んでいるんですよね……それに、そういった措置を取った場合、ダンジョン側がどう動くかが予想できません……」
「そう。たぶん挑戦している人たちは特にデメリットを感じていないだろうから苦情が出るし、ダンジョンの製作者が打つ手によっては、このメルトの町自体が危険に晒される可能性すらある。だから今は静観しつつ、こうして調査を進めるしかないんだよね」
「ま―アタシら身寄りも立場も金もないから、依頼を断るってわけにもいかないしねー」
ぺリラの言葉にカエデとミレットも頷く。彼女たちは、それぞれ遠く離れたところからこのメルトに来て、特に仲間もおらず途方に暮れていたところを冒険者協会に助けられたらしい。メルトという町は、どんな種族の、どんな過去を持つものでも受け入れる方針なので、彼女たちのような経緯で来る人は多い。
「ま、ほんとにヤバくなったら私が冒険者協会に掛け合うから、もう少しやってみようか。……報告さえすれば、ダンジョン内で何もできなくても報酬はもらえるわけだしね」
ダンジョン内で宝を手に入れた場合、一度調査のため預かられはするが、問題なければ返してくれるらしい。つまり、報告さえすれば金をもらって宝探しをしている状態になる。リスクを考えなければ、仕事としてはおいしいのだ。何より死ぬことはないわけだし。
「んで、次はいつ行くん? 多少はお金もらっとるけど、この程度じゃ数日の宿と食事代で消えてまうわ」
「そ、そうですよね……ダンジョンに行くのには別に準備いらないですし、私たちが問題なければいつでもいいのでしょうか」
「んじゃ明日! どう?」
「うーん……そうだね。私は大丈夫だけど、みんなは?」
三人を見渡す。疑似的にとはいえ死を迎えたのだ。肉体は良くても精神的な負荷はかかっているはず。
「ウチはええよ。お金ほしいもんな」
「はい。私も。お金もそうですが、早く調査をしたほうが良い気がしますし」
「じゃ、明日! 必要なもの何かある? せんせー」
ぺリラの言葉に私はゆっくりと口を開く。
「そうだね……じゃあ一つだけ。――お前ら、ちゃんと言うことを聞け」
ここは保育園でも動物園でもないぞ。
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