第2話:WE ARE BACK

「――っあああああ!」


 目覚めた瞬間に吐き気がする。自身の骨が軋み、潰れる音を思い出す。


「……さいっあくな気分……」


 頭を押さえながら、周囲を見渡す。出口が一つだけある、何の変哲もない部屋だ。そこに私と、先に三人が倒れている。それと――。


「預けた荷物だ」


 私たちがこのダンジョンに入る前、受付のゴーレムに預けたもの。……なるほど、これで今回の挑戦は終わり、というわけか……。


 このダンジョンは、私が拠点としているメルトの町から、北西へ向かった森の中に数カ月前突然現れたのだ。調査のために何人もの冒険者が入ったが――クリアどころか、地下二階に降りたものさえほとんどいないらしい。……さすがに私たちのように最初の部屋で死んだ者はそういないとは思うが。


「……うぅん……はっ! 人殺し!」


 最初に目覚めたのはミレットだった。物騒な悲鳴を上げているがとりあえず元気そうではある。


「あれ? 先生、私たち、どうしたんでしたっけ……なんかこう、突然通り魔に襲われた夢を見たんですが……」


「まぁ、間違ってはいないけど。一応言っておくと、カエデはあなた達が苦しまないように先に殺してあげたんだよ。このダンジョンは――、だからね」


 そう。このダンジョンは、入る際に荷物を取り上げられたり、今までの経験を奪われたりと非常に待遇が悪いのだが、一つだけ大きな利点がある。――死なないのだ。正確には、死んでも入口まで戻されるだけで済む。入場の際に対価として多くの魔力を支払うが、そのくらいで特に死後の肉体的ペナルティはなく、魔力以外は元の状態に戻される。あとは、死ぬと当然ながら精神的にダメージを負うけれど。


「ああ……そうか、圧死は苦しそうですもんね……助けてもらった形ですね、それは。感謝しないと」


 ミレットは得心が言ったようで頷いている。よかった。カエデの想いはちゃんと理解してもらえたみたいだ。


「うーん…………はっ! アタシ、首だけで飛べるようになる夢を見たんだけど、超かっこ良くないソレ!?」


「それ、東の方にいる魔物だよ」


 跳び起きるなりアホなことを言っているぺリラだが、特に精神的なショックなどはなさそうだ。カエデのおかげだろう。


「……やかましいんやけど。――あ、センセ。どやった潰されて死ぬのんは。なんや新しい何かに目覚めたりとかせえへんの?」


「……しません。気持ち悪くなったくらい」


 照れ隠しなのか本気なのか、カエデは死ぬ直前の様子が嘘のような態度を取っている。まぁ、とりあえず大丈夫そうで良かった。


「みんな平気? じゃ、いったん帰ろうか。戻ったら色々報告と、情報整理と……反省会をします。」


「えー。ウチ美味しいもん食べたいわぁ」


「そうですねぇ、お腹はすきましたね」


「アタシ肉食べたい」


 三人娘は死んだ直後だというのにかしましい。


「……そうだね、疲れたし、さっさと報告して食事にしよう。色々言いたいことはあるけどとりあえず、奢るから、行こう」


 自分の荷物を手に取り、部屋の出口へと向かう。


「おお、ええなぁ。何食べよかなぁ」


「アタシは肉一択!」


「お肉、いいですよねぇ私も食べたいなぁ」


「肉かぁ。ウチそんなにたべてこおへんかったんよな。どんなのが美味しいん?」


「アタシは生でも全然いけるけど」


「……私は生はちょっと……焼いたら大体美味しいですよ。あとシチューとか」


 ……にぎやかだな。私は冒険者になりたての頃から基本的にはパーティを組んでこなかったから、こういうのはとても新鮮だ。そして――少しだけ、懐かしくもある。


 ダンジョンの受付に立っている怪しげなゴーレムを横目に、私たちはダンジョンから出た。外の眩しい日差しと鮮やかな緑が目に飛び込んでくる。――ひとまず、無事に戻ってこれた。まずはそのことを喜ぼう。


◆◇◆◇◆◇


「この馬車便利やなぁ。これも、ダンジョンの製作者? がやっとるんやろ?」


「たぶんね。まぁそれだけ、あのダンジョンに来てほしい、ってことなんだろうな……」


 私たちは馬車で町へと向かっている。この馬車はメルトの町の近くからダンジョンまでを往復していて、対価は不要。馬も御者も、ゴーレムのような魔法生物らしいが、乗り心地は全く問題ない。非常に便利だ。


「でも、あのダンジョンに人を呼んで、製作者の方にはどんなメリットがあるんでしょうか……」


 ミレットの疑問はもっともだ。私自身もそれはずっと考えていた。


「アタシら魔力を最初にいっぱい渡したじゃん。それが欲しいんじゃないの?」


 ぺリラの回答は正しい。正しいが……それだけにしては手が込み過ぎている気がする。


「魔力が欲しいんだったら、わざわざダンジョンにする必要ない気はするんだよね。さっきのトラップもだし、経験のリセットや死んでも生き返る仕組みとか、ちょっと手が込み過ぎてる。対価が魔力だけだと見合わないんじゃないかな。たぶんあるんだ、ダンジョンじゃなきゃならない理由が」


 私が考え込んでいると、カエデがこちらを向いた。


「……たぶんやけど」


「え? 何?」


「あのダンジョンに入ったときからな、うっすらと感じとった。なんでかは分からへんけど、入ってきた人たちを、殺したいんやと思う」


 カエデの言葉にミレットも頷く。


「……わかる気がします。しかも、恐怖して、苦しんで、絶望の上で死んでほしいんだと思います。あの天井の罠は、そういった意図を感じました」


 一方ぺリラはぴんと来てないらしい。私もどちらかというとこっち側だ。


「んー? アタシはよくわかんない。なんで殺したいの? 苦しんで死ぬところが見たい変態野郎ってこと?」


 言い過ぎです。


「……人の苦しみや絶望を糧とする魔物や悪魔がいるというのは教会にも伝わっています。私の勘ですが、ダンジョンの持ち主は、恐らくそういった存在なのではないかと」

 

「……なるほど。ありうるね」


 魔物についてはある程度知っているつもりだったが、そこまでの知識はなかった。教会にいたからこその知見でもあるんだろう。


「ふーん。まぁ要するに、食事目的、ってことか-……あ、ねぇねぇ。そういやさ、普通の人があのダンジョンに潜る目的って何なの? なんか貰えんだっけ」


 ぺリラは不明点を口にしてくれるのは助かるけど、あんまり話を聞いてないのが問題だな。


「説明したでしょ。ダンジョンから生還すると、その時に手に入れたものは持ち帰れる。普通の武器防具もあるけど、変わったアイテムとか、魔導具もあるみたいだよ。あと、その時に得た経験は、の自分に一部引き継がれる――要は、強くなるみたい。まだ生還した人って少ないから、詳しくは分かってないけど」


「生還、ってクリアってこと? なーんだもうクリアした人いるんだーつまらない」


 ぺリラの言葉に苦笑する。


「違うよ、戻るための道具があるんだってさ。まだ全然クリアには程遠いって言われてる。深く潜るほど敵は強くなるけどアイテムもいいものが落ちてる。そして……ダンジョンの最奥には、すごいお宝が待っている、らしいよ」


「お宝! いーじゃん! 楽しみになってきた!」


「ウチらは冒険者協会の調査依頼を受けてる身やさかい、嫌でも行かなならへんからな。楽しみがあったほうがええね」


「そうですね……ただ、今回私たちは大丈夫でしたが、何度も死んだときにどうなるかは正直わからないと思います。絶望や恐怖を何度も喰われて、もしかしたら感情が失われてしまうかもしれませんから……次は慎重に、進みたいですね」


 ミレットの言葉に頷く。


「うん。ミレットの言う通り。取りあえず冒険者協会に行って状況報告しないとね。その後ご飯食べながら、今後の進め方も相談しましょう」


 ひとまず方針は決まった。――死の恐怖はあるが、今のところ、ダンジョンに潜ることで何か問題が起きた人はいないと聞いている。何より私自身もダンジョンの攻略や、手に入る宝に少しワクワクする気持ちはある。不安もあるけど、少女たちを導きながら、一歩ずつ進んでいこう。





 


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