リトライダンジョン

里予木一

第1話:プロローグすっ飛ばして走り抜けろ

 通路を抜けて部屋に入ると、そこには三匹の魔物がいた。


「大サソリと、スライムと、大コウモリ。定番の雑魚だ、みんな、武器の相性を考えて戦うよ!」


 初めての戦闘開始だ。私――リクニスは共にダンジョンに踏み入れた三人の少女達に指示を出す。引率の先生という立場だから、答えを教えるのではなく、学んだことを活かしてもらうよう導かなくてはならない。だが――。


「ウチ虫好かんから、あのサソリ倒すわ」


 刀を持つ、黒髪を肩で整えた少女――カエデがサソリに向かって走った。


 ……おい。


「じゃあ私はあの大コウモリを! 苦手なんですよね、コウモリ。怖いから」


 シスター服に身を包んだ、メイスを持った大柄な少女――ミレットがコウモリに突進する。


 ……ええ?


「じゃあアタシはあのスライムね、キモイし!」


 茶色い髪に、猫の耳と尾を持った少女――ぺリラが、手に持ったスリングを構えてスライムを狙う。


 ……マジか。


「なんやこのサソリ固っ。ちゅうか体全然うまく動かんし刀も全然斬れへんのやけど?」


 カエデの文句。


「このダンジョン、今までの経験がリセットされるし、最初にもらう武器は弱いって何度も言ったよね!? サソリは固いから刃物じゃ厳しいよ!」


「こ、コウモリに攻撃が全然当たりませんー! いつもならこんなの全然余裕で当たるのにー!」


 ミレットの悲鳴。


「身体能力も落ちてるから、いつもと同じようには動けないよ! それにコウモリは素早いから、飛び道具とかで狙ったほうが楽って、冒険者試験でも出るでしょ!」


「いくら攻撃してもダメージ与えられないんだけど!? 何あのスライムおかしいんじゃないの!?」


 ぺリラの驚き。


「スライムは核狙わないと倒せないけど、筋力も武器の威力も落ちてるからそのスリングじゃそもそも核まで届かないよ! 考えればわかるでしょ!」


 ヤバイ、全員アホだ。三人とも冒険者としては初心者ではあるが、素のスペックは高い。だからこれまでは何も考えなくても特に問題なかったんだろうけど……弱体化したらそれが通用しなくなってしまった。冒険者試験で学んだはずのことが一切活かせていない。


「とりあえず一人ずつフォローしないと……」


 とはいえ、私自身も大したことはできない。魔力も激減しているから、魔術で三体とも倒のは難しいだろう。取りあえず、一番武器が通用しづらいスライムを倒せば、ぺリラがコウモリに対応できるようになるはず――。


 そう思った時、ゴウン! と音がして、入ってきた通路への道が閉ざされた。出口も同じくだ。不審に思い部屋の中を見渡す。それなりに広いが、不自然なくらい何もない。そして……なんとなく、天井が不自然に傷ついているような……?


「――ヤバい、かも。急がなきゃ」


 慌てて魔術の準備をするべく、精霊に呼びかける――が。


「あれ? ……あっ。精霊との契約も、打ち切られてるのか。ヤバい。自力で火出さないと。私もアホじゃん」


 魔術にはいくつか種類があり、冒険者の間で普及しているのは、自身に掛ける身体強化と、精霊の力を借りる各属性の魔術だ。例えば、火の精霊サラマンダーと契約すると、魔力と引き換えに火を出してくれる。だが……このダンジョンではどうやら、精霊との契約すらも無効化されているらしい。つまり、この方法では魔術が使えないのだ。


「えーっと、火を出すための術式は何だっけ……威力と、距離と、方向を指定して……」


 普段使わない基礎魔術で火を出そうとするが、慌てているのもあってなかなか思い出せない。くそう。ちゃんと想定しとけよ私。幸い敵の攻撃力は高くないらしく、三人が怪我を負ったりはしていないが……。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――。


 天井から、不穏な音がした。


「ヤバい! 天井が、落ちてくる!」


 三人の少女たちに向けて叫ぶ。ゆっくりではあるが、確実に天井が落ちてきている。


「はあ? ……あれ。ほんまや。あかんやろそれ」


「えええええええ! どうしたらいいんですか!」


「はー? マジ? ウケんね」


 ウケねぇよ。


「たぶん、魔物を退治すれば開くはず! みんな、それぞれ相性を考えて戦えば――」


 私の声を全く聞かず、三人は閉まった通路に向けて駆けて行き、通路を塞ぐ壁を攻撃し始めた。おい。


「あかんなこれ。全く傷つかん」


「どいてください、私が! ――あれ!? 全然だめです、おかしいな」


「なんかスイッチとかで開くんじゃね? ちょっと探してみるわー」


 そんなことをしている間にも天井が迫る。ひとまず私は死ぬ気で火の魔術を思い出して、スライムを蒸発させた。――あと二体! だけど、もう魔力があまりない。せいぜいあと一発が限界だ。


「ちょっと、こっち、協力して! こいつら倒せばたぶん開く!」


 と呼びかけたときに、頭に圧力を感じた。……え? 


 気づくと、天井がもう立っていられないくらいの高さまで迫って来ている。ヤバイヤバイヤバイ!


 さすがに天井が下がってきて魔物もパニックになったのか、大コウモリはバタバタと部屋中暴れて飛び回り、サソリは部屋の隅に逃げていく。ねえ! ちょっと待って!


「あー……これ、あかんな。死ぬわ」


「ええー……こ、こんなとこで、終わりですか……神よ……」


「ヤバ。ぺちゃんこになるのこれ。こえー」


 もう中腰に近い状態だ。何か、何か手はないかな……。


「提案なんやけど」


 カエデが手を上げた。


「な、なに?」


「どうせみんな死ぬやんこれ」


「……そう、だね……」


 もう、状況的に避けられそうにない。だってもう歩くこともままならないし。


「ただ、圧死は辛いやろ。だからな、ウチがみんな殺したるわ」


「え? 何それどういう――」


 私の返事を待たず、カエデは刀をミレットの心臓に突き立てた。


「え…………?」

 

 ミレットが驚きの声を上げ、倒れる。その最期を見届けることなく、カエデはそのままぺリラの首を一瞬で落とした。悲鳴を上げる暇さえ与えない手際。そして――。


「センセ、心臓と首、どっちがええ?」


「――――」


 私に刀を突きつけるその手は、ほんの少しだけ震えていた。――あぁ、この子、優しいんだな。


 カエデの刀を手で抑えると、そのまま私は取り上げた。


「潰されるのは私の役目。刃物の扱いはあんまり上手じゃないから、心臓でごめんね」


 驚いた表情を浮かべるカエデの心臓に、できるだけ苦しまないよう、素早く刀を突き立てた。


 これで――終わり。私は刀を放り投げると、天井を見上げて寝そべる。


「あぁ……怖いなー、くそう。でもさ、あんな様子見せられたら、代わるしかないよね、一応先生なわけだし」


 迫りくる天井。傷だらけなのはきっと、前の死者が必死に抵抗したからなのだろう。


 視界が埋め尽くされる。早鐘のような心臓。さすがにもう目を開けている余裕はなかった。――自分で心臓を突けば良かったな、と今更ながらに思い至る。もちろんそれはそれで怖いけど、潰されるよりはだいぶマシだろうと、この期に及んで気づかされた。


 メキメキと、音がする。体のどこかにひびが入り、砕け、潰れる感触。絶望の中、意識が途切れていく。


 ――あぁ、次は、こんな間抜けな死に方にはなりませんように――。




 

 

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る