第65話 激闘

 不思議な老人を後にして階段を駆け上がっていくと、彼の言う通り屋上に出た。

 青空の下、山々が見える。

 近くにはモニターで見た時と同じ姿をした猫娘ファーナが立っていた。

 フードはもう被っておらず、血眼の眼差しを私に向けてきた。

 その殺意のオーラに足がすくみそうになったが、グッと堪えて進んだ。

 両者、一定の距離を保って向かい合った。

「ずいぶん遅かったじゃないの」

 ファーナは威圧的に言った。

「あなたこそ、よくお爺さんがいる部屋をスルーできたわね」

 負けじと返すと、猫娘は「お爺さんがいる部屋? 私はエレベーターに乗って来たんだけど……」と首を傾げていた。

「エレベーター?」

 また訳わからない言葉に戸惑っていると、猫娘はそれを察したのか「もしかして、知らないの? 私の後ろにある扉だけど」と首を少しだけ後方に動かしていた。

 見てみると、彼女の背後にやや高めの箱があった。

 そこに薄っすら縦に切れ込みのあるノブ無しドアが見えた。

 あれがそうなのか。

「エレベーターって何?」

 私が聞くと、ファーナは「何も知らないのね。エレベーターはボタンを押すだけで階段を使わなくても勝手に上の階に上がってくれる魔法の箱よ」と言っていた。

 嘘でしょ。

 じゃあ、あんな死ぬような思いをしなくても良かったってこと?

 いや、もしあれを使っていたら鉢合わせしてしまうか。

 それにバナナも食べられなかったし。

 私はそう自分に言い聞かせると、ファーナの方を向いた。

「大人しく世界地図を渡してくれたら、命だけは見逃してあげる」

 これに猫娘は「はぁ?」と目付きを鋭くさせた。

「なんで私がお前に命乞いをしなくちゃいけねぇんだよ。

 むしろそっちの方だろ。私の毒の餌食にならなければ大人しくロリンの本当の居場所を教えな」

 私はすぐに「やなこった!」と舌を出して挑発し、さりげなく硬化のポーションを食べた。

 そして、もう片方のポケットにも手を突っ込んだ。

「なっ……お前、この……ぶっ殺す!!!」 

 たちまち頭部の毛が逆立ち血眼になったファーナは長い爪を出現させて「フシャアアアア!!!」と叫びながら迫ってきた。

 よしよし、そのまま真っ直ぐ来い。

 私はタイミングを伺った。

 早くても駄目よ。

 かといって、遅くても駄目。

 さぁ、この一手で勝機が決まる。

 まるで時間が遅れているかのようにゆっくり見えてきた。

 彼女と私の距離は二メートルぐらいまで接近してきた。

(今だ!)

 私はすぐさまポケットからバナナの皮を取り出し、猫娘が向かってくる方向に投げた。

 すると、彼女は思いっきりそれを踏んだ。

「ふにゃ?!」

 何とも間抜けな声を出して、ステンと転んだ。

 よし、うまくいった。

 私は近づいて行こうとしたが、その前に彼女は起き上がって私に攻撃していた。

 何とか後ろにジャンプしてかわした。

 ふひぃ、危ない危ない。

 油断していたらまた毒爪の餌食になる所だった。

「イタタ……何だよこれ」

 猫娘は後頭部を擦りながら皮を持ち上げると、クンクンと鼻を動かした。

「クッサっ! 気持ち悪っ!!」

 どうやら猫娘には苦手な臭いらしく、思いっきり投げ飛ばしていた。

「あなた……よくも私をあんな気持ち悪いものですっ転ばせたな……」

 ファーナの目付きはさらに殺意でギラギラと輝いていた。

 クソッ、今ので決着がつくかと思ったのに。

 だったら、仕方ない。

「うおおおおおおお!!!!」

 今度は私の方から彼女に殴りかかった。

 これに猫娘は一瞬動揺したが、すぐに横にズレた。

 が、私は腰を低くして足払いをすると、猫娘はバランスを崩した。

「せいっ!」

 すかさずかがんだ姿勢のまま彼女の鳩尾みぞおちに一発ぶつけた。

「グッ!」

 ファーナは今にも吐きそうな顔をしたが、剥き出しの爪で殴りかかってきた。

 私はすぐに避けるが、猫娘は目と鼻の先まで接近すると、両方の腕を振り上げた。

「シャラララララララ!!!」

 怒涛の攻撃に私はとっさに両腕で顔を隠して、彼女の毒爪を防いだ。

 ポーションの効果で鋼鉄になっているはずが、ヒリヒリと痛んできた。

 若干できた傷から毒が入り込んでいるのだろう、段々力が思うように出なくなった。

「うっ……」

 少し足がガクッとなってしまった。

 これをチャンスと見た猫娘は私を蹴り飛ばした。

「きゃあっ!」

 数メートルぐらい転がってしまった。

 私は直感で飛びかかってくるなと思い、ほんの少しだけ垣間見た猫娘の飛翔を見てどちらに着地するかを予想した。

 でも、そんな事をしている暇があった避けた方が良いという結論に至り、ひたすらゴロゴロ転がって毒爪から逃れた。

 立ち上がる時、目が回ってしまったのは言うまでもない。

「おえっ……」

 吐きそうになりながら屹立きつりつするが、その無防備な姿を晒してしまったからか、猫娘に距離を詰められてしまった。

 再び襲い掛かる毒爪ラッシュ。

 最初はうまく避けていたが、転がり過ぎて毒が身体に回ったのか、意識が朦朧としてきた。

 猫娘が二人三人と増えてきて、四方八方から攻撃されているような気がした。

 そして、突然襲う腹の痛み。

 下を見ると、ぼんやりと血が出ていた。

「うらっ!」

 すかさず無防備な腹に蹴りをお見舞され、私はふっとんだ。

 バンッと地面を強打し、息が止まりそうになる。

 まずい、まずいぞ。

 このままだと殺されてしまう。

 私は手探りでブレザーのポケットに突っ込み、ぼやけた視界でポーションを見てみた。

 白……白かな?

 という事は、回復だ!

 私はパクッと口の中に入れると、すぐに身体の調子が良くなった。

 解毒でなくても回復ポーションであれば、治癒できるのかもしれない。

 そう思いつつムクッと起き上がった――その瞬間。

「もらった!」

 目の前にファーナがいた。

 とっさに防御しようと身構えたが、時すでに遅し。

 彼女の毒爪は私のブレザーを突き刺した。

 いつでも着脱できるようにボタンを付けていなかったのが仇となったのか、力強く引っ張っただけで脱げてしまった。

「返しぐっ?!」

 すぐに取り返そうとしたが、猫娘は手のこうで私をビンタした。

 倒れそうになったが、どうにか持ち堪えた。

 が、固形ポーションが入ったブレザーを奪われてしまった。

 猫娘は「ニャハハハ!」と猫っぽい笑い方をした。

「人間のくせにやけに皮膚が硬いなとは思っていたから何か仕込んでるんじゃないかと思ったんだ。

 案の定……ほらっ! これがお前の力か!」

 ファーナはポーションが入った箱を思いっきり投げた。

 それは屋上に設置された鉄の冊を飛び越えて、地上へ落ちていった。

 あ、あぁ……私の戦術が。

 動揺しているのが顔に出たのか、ファーナはまた笑った。

「さて、他にも何かあるかな……ん? ポケットに何か入っているぞ」

 まずい、固形型のポーションがポケットの中にも入っている事に気づいてしまった。

 その中には解毒や回復も……あれがないと勝てない!

「返せええええ!!!」

 私は叫びながら猫娘に向かった。

 が、彼女はすばしっこく鉄の柵まで走ると、「それっ!」とブレザーを投げ棄てた。

 私はどうにか柵まで辿り着き、手を伸ばそうとするが、あともう少しの所でブレザーは落下していった。

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