第64話 バナナ、うめぇ

 猫娘はしつこかった。

 どんなに人混みの道路を歩いても見失わずに付いてきた。

 路地裏に回ろうかと思ったが、かえって襲われやすくなる可能性があったので、私はあえて人の多い所へ進んでいった。

 けど、いつまでもこうしてはいられない。

 相手もシビレを切らして何かしら手段を取るかもしれない。

 そんな事をしているうちに、塔を見つけた。

 看板に『カートゥシティ美術館』と書かれていた。

 びじゅつかん……って、読むのかな?

 どんな所だろう。

 『館』があるから何かしらの建物なのは分かるけど。

 『美術』? お化粧やドレスのセンスでも極めるのかな?

 おっと、ここでチンタラしている訳にはいかない。

 私は覚悟を決めて中に入った。

 すると、目の前に石像が立っていた。

 ジャケットの袖を通さずに肩にかけるように羽織った男の石像だった。

 石版に『全てを手に入れた男』と書かれていた。

 石像を通り過ぎ、奥へと進んでいく。

 両方の壁には金の額縁で施された絵が何枚か等間隔で飾られていた。

 道の中央には大小様々な石像や彫刻が置かれていた。

 なるほど。

 ここは絵画や石像を飾っているギャラリーみたいな所かな。

 でも、貴族だけじゃなくて国民らしき人達も鑑賞しているから、ここは誰でも自由に見られる場所なのかもしれない。

 入り口はいって進んでも、お金が取られなかったし。

 そう思いながら進んでいくと、階段が見えた。

 一瞬だけ背後を確認したが、ファーナはまだ追いかけていた。

 それに再びフードを被り、爪を引っ込んでいた。

 さすがに猫の顔と鋭い爪だと周りに目立ちやすいのだろう。

 ここまで来たら引き返せない。

 上を目指すだけだ。

 私はそう思い、階段を登り始めた。


 しかし、いくら上っても一向に次の階に着かなかった。

 どうやらこの塔は途中の階に立ち寄る事ができないらしい。

 つまり、下手すれば最上階まで階段を上らされ続けるってこと?

 ちょっと待って。

 この塔って、どれくらい高さがあったっけ?

 他の塔も信じられないほど高いから、この階もそうかもしれない。

 という事は……考えただけでも気絶しそうになった。

 が、ふと猫娘の事も思い出した。

 まだ追いかけてきているのだとしたら、彼女もこの階段を上っているはず。

 ヘトヘトになった状態で戦えば勝機が見えてくるかもしれない。

 そういえば、自分は回復のポーションを持っていた事を思い出し、取り出して食べて元気になった状態で上っていった。

 そうこうしていると、ドアを見つけた。

 ようやく部屋に入れる――と思い、ドアノブを回して中に入った。

 そこにはファーナの姿はなかった。

 部屋はかなり広かったが、中央に巨大な黄色い球体が浮かんでいるだけの寂しい所だった。

 ここは何の部屋なのだろうと思っていた時、急に足を滑らせてしまった。

 尻もちをつき、ジーンと痺れてしまった。

「イタタ……」

 起き上がって脚元を見てみるとして黄色いものが落ちていた。

 これは……なに?

 なんかいくつか分かれているけど、独特な香りがするし、花の一種なのかな。

 けど、周りは花壇はないみたいだし……。

 歩いていると、階段の出口から見た球体の反対側に誰かいる事に気づいた。

 車輪の付いた椅子に腰をかけた老人がいた。

 クリーム色の中折帽子を被り、クリーム色の背広と長ズボンを着て、ピカピカに磨かれた白い靴を履いていた。

 見るからに裕福な身分だと分かった。

 両手にはクリーム色みたいなものを口の中に入れてペチャペチャと食べていた。

 彼は二つとも全部食べ終えると、ポイッと投げ棄てた。

 よく見ると、それは私が尻もちをついたものとそっくりだった。

 なるほど、あれは果物なのか。

 私は直感でそう思った。

 彼はジャケットの内ポケットから黄色い三日月みたいなものを取り出すと、開花させているかのように手で剥き出した。

 そして、クリーム色のものが姿を現すと、パクっと口の中に入れた。

 目線の先は黄色い球体だった。

 どうやら私の存在に気づいていないらしい。

 私はなぜかソウッと気づかれないように歩いていたが、また黄色いやつに足を滑らせて転んでしまった。

「ん?」

 すると、老人が私の方を向いた。

モグモグしながらジッと見つめる眼差しにナゼカ鳥肌が立ったので、私はすぐに立ち上がった。

「あ、あの、怪しいものじゃないんです!

 私はその……えっと……その……階段上って」

「階段? ここまで?」

 老人は渋い声で聞いてきたので、私は何度も頷いた。

 すると、何がおかしかったのか、急に声を上げて笑い出した。

「ここは地上100メートルもあるんだぞ? 君みたいな子が……」

 老人は言いかけた途中で、突然ジッと私を見つめていた。

「あ、あの……何か?」

 私は恐る恐る聞いてみると、老人はハッとした顔をして、「すまん。君みたいな若い子が来るのは珍しいのでな」と咳払いをすると、床を見た。

「うわ、これは酷いな……おーい!」

 老人が手を叩くと、どこからともなく人が現れた。

 いや、人というよりはピニーとそっくりな顔をしたメイド服を着たロボットが現れた。

「御用はなんですか?」

 たどたどしい話し方で聞くと、老人は「床を掃除してくれ」と地面を指差して言った。

「かしこまりました」

 メイドロボットがそう言うと、皮を拾い始めた。

 ゴミ箱に捨てるのかなと思いきや、お腹がパカッと開いて、その中に入れ始めた。

 ロボットのお腹の中は焚き火みたいに燃え盛っており、黄色いものはあっという間に燃えてしまった。

 メイドロボは次々と放り込んでいき、ものの数分で綺麗になった。

「完了しました。他にご用件はございますか?」

 彼女がそう尋ねると、老人は「大丈夫だ」と首を振った。

「では、失礼します」

 メイドロボはそう言って軽く頭を下げた後、腕に付けている時計盤を押すと、一瞬で姿を消してしまった。

 何がなんだか分からずに唖然としていると、老人は内ポケットから例の黄色いものを取り出した。

「バナナ、喰うか? 選ばれた者しか食べれないフルーツだぞ」

 あ、その黄色いのは果物だったんだ。

 老人にそう言われたので、私は「い、いただきます」となぜか忍び足で近づいて受け取った。

 すると、何もなかった床から椅子が出てきた。

「ここに座りなさい」

 私は言われるがまま腰を降ろして、老人の隣に座った。

 バナナと呼んでいたものを先程老人がやったように剥いていくと、クリーム色の果肉が出てきた。

 パクっと一口食べると、滑らかな舌触りに濃厚な甘みが口の中で広がった。

「どうだ? うまいか?」

 老人は嬉々とした顔でそう聞くと、私は「はい!」と食べながら答えた。

「そうか。そうか……」

 彼は満足そうな顔をして、また黄色い球体を見た。

「あれは何ですか?」

 私が黄色い球体を指差すと、老人は「ん? あれか? 知らないのか? 月だぞ。まぁ、正確には模型だがな」と答えた。

 月……月って、あの月?!

 夜空に輝いているあれって、こんなに丸いんだ。

「月ってボールみたいなんですね」

 私がそう言うと、彼は「実際は今見ている奴よりもっとデカイぞ。この地上にあるものよりデカイ」と言った。

 この地上にあるものって、月って山より大きいんだ。

 それが空に浮かんでいるなんて不思議。

 私はジッと眺めていたが、ふと猫娘の事を思い出した。

 こんなところでのんびりバナナを食べている場合じゃなかった。

「あ、あの! 私、行かないと……」

「行かないとって、どうしたんだ?」

「えっと、あの、その急いでで……」

「追われているのか?」

 まるで私の心を見抜いたかのように彼は言った。

 あまりにも図星だったので、すぐには返事できなかった。

 老人はフフッと笑うと、「心配するな。そいつはもう先に待っているぞ」と指を鳴らした。

 今度はメイドロボットではなく、モニターが現れた。

 そこには澄み切った青空の下で仁王立ちで待つファーナがいた。

「そこの階段を上がれば屋上に行ける。彼女はそこにいるさ」

 老人は奥にある開けた入り口を指差して言った。

 私はバナナを全部食べ終えると、皮をブレザーのポケットにしまった。

「あ、あの、ありがとうございます!」

 私は老人にお礼を言って走った。

「お嬢さん」

 すると、老人が声をかけてきた。

 振り返ると、彼は椅子ごと私の方を向いていた。

「また会おう」

 老人はそう言って笑った。

 私は会釈だけして階段を上っていった。

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