第63話 ブチ切れる

 教頭からバータンと呼ばれていたコウモリの翼を生やした先生の移動スピードは、想像よりも二倍ぐらい早かった。

 いくら私がスリムでも人をおんぶしたまま走るのは容易ではないはず。

 けど、運動神経が良いのか軽い身のこなしで階段を降りていき、気づけば『保健室』とぶら下がった木の看板が見えてきた。

 おんぶしたままドアを開けて中に入る。

 保健室は入り口から見て左側にベッドが三つ並び、右側には棚が二つあってそこには白い容器が並んでいた。

 バータンは私をベッドに寝かせると「ちょっと待ってて。腹痛に効くお薬を持ってくるから」と行ってしまった。

 もしかして、あの人、保健室の先生でもあるのかな。

 だとしたら、あんな冷静に病人を対処できるのも納得がいく。

 でも、薬を飲まなくても回復のポーションを食べれば済むが、今は腹痛状態で食べる気がしないのでありがたい。

 先生は白衣を着た状態で現れた。

 手には水の入ったコップと錠剤二つを持っていた。

「これを水と一緒に流し込めば治るから」

 バータンに言われるがまま飲んでみると、不思議な事にさっきまで痛かったお腹がスゥと大人しくなった。

「ふぅ」

 ひと息ついて、暫くジッと天井を見ていた。

 ボゥと何も考えず。

 視界にまだ先生がいて、心配そうな顔で私を見ていた。

「あの……ありがとうございます。だいぶ楽になりました」

 私がそう言うと、バータンは「良かった」と安堵していた。

「ところで、どうして腹痛が起きたの? 何か変なものでも食べたかな?」

 さっきまで教頭先生と甘い言葉を交わしている人とは思えないくらい柔和にゅうわな声で聞いてきた。

 本当の事を言おうか迷った。

 けど、さすがに『毒を食らわされた』なんて話をしたら大騒ぎになってしまう。

 なので、食堂で食べたカレーにあたってしまったと言った。

 すると、先生は目を丸くしていた。

「カレーに? という事は食中毒ね。ウェルシュ菌が原因という事は他の生徒にも影響が……急いで確認しないと!」

 バータンは私にそのまま休むように言うと、慌てて保健室を飛び出して行った。

 これはこれで大騒ぎになってしまった。

 どうしよう。

 でも、何はともあれかなり収穫があったぞ。

 どうやらあの猫――ファーナが世界地図を購入したらしい。

 恐らくルピーに命じられたのだろう。

 世界地図にはそれだけ重要な情報があるに違いない。

 もし私達がロロ・レックウとうの場所を知れば、ロリンが何かしらの発明を使って、用意に辿り着いてしまう事を恐れているのだろう。

 ファーナが昔ルピーとどんな事をしたのか知らないが、とにかくあの猫娘から世界地図を手に入れないと。

 けど、どうやって?

 相手は爪か手の中に毒を仕込んでいる奴だぞ。

 彼女曰くほんの少ししか体内に入れていないだけで、激しい腹痛と吐き気に襲われるぐらいだ。

 本気を出せば即死だってあり得るかもしれない。

 うーん、解毒のポーションとかないのかな。

 私はブレザーの内ポケットから小さな箱を取り出して、解毒の効果がありそうなものがないか探してみた。

 でも、いつの間にか補充されていて、見たことない色もあったので、どれが解毒だか分からなかった。

 まずは知っているやつを取り除こう。

 えっと、見た目とか匂いで判断していいのかな。

 実際に食べて保健室が大惨事になったら困るし。

 えっと……これは色も香りもチョコだから硬化、酸っぱそうな香りは梅かレモンか……色的に黄色だからレモンで移動速度上昇か。

 こんな感じで仕分けをしていると、紫色の固形を見つけた。

 毒って大体紫ってイメージだけど、もしかしてこれかな。

 いや、でも、そんな安直あんちょくな理由で決めつけるのは……いや、ロリンだったらそうするかも。

 念のため回復のポーションをいくつか持って、知っている物の中で使えそうなのも何個か取った後、ブレザーの外にあるポケットに入れた。

 これでいつでも取り出して食べれる。

 でも、解毒のポーション一個は心もとないから何個か持っていこう。

 うん、これでバッチリ。

 なんて思っていると、足音が近づいてきたので、慌ててフタをして箱を元の内ポケットにしまって、寝ているフリをした。

 バータンかなと思ったが、入ってきたのはフェーリスだった。

「やぁ、ぶぎゅ」

「見つけたぞぉおおおおおお!!!!」

 一瞬何が起きたのか、分からなかった。

 フェーリスが顔を出したかと思えば、半分くらい顔が潰れ、そのまま奥の洗面台へと激突した。

 彼は三日月みたいに顔が減っ込み、ビクビクと身体を痙攣したまま気絶していた。

 彼に続いて現れたのは、猫娘のファーナだった。

 毛が全て逆立ち、血眼ちまなこになって私を見つけるや否や、フシャーーと威嚇みたいな声を上げた後、飛びかかってきた。

 転げ落ちるようにかわしたちょうどに、彼女の長い爪がマットに突き刺さった。

 マットの奥まで刺さってしまったのだろう、ウーンと唸りながら引っ張っていた。

 これはチャンスだと思い、すぐにドアに向かう。

「待て! この! ぐるにゃあああああ!!!」

 最後猫か獣の雄叫びみたいな声が聞こえたが、かまわずに走った。

 フェーリスは諦めよう。

「待てぇえええ!!!」

 背後から猫娘の声が聞こえた。

 チラッと後ろを見てみると、殺気立った眼で全力疾走していた。

 まずい、あれに捕まったら確実に死ぬ。

 そう思って曲がり角を曲がった瞬間、ゴリマッチョ先生とぶつかった。

「メタ! 」

 熊みたいな顔をした先生にギロッと睨まれたが、今は背後から迫る猫の方が恐ろしい。

「先生! すみません!」

 私は理由を説明しないまま走った。

「あっ!? おい、こら、待て!」

 彼は捕まえようと豪腕な腕を振っていたが、見事に華麗にかわすと、そのまま階段を降りた。

「ん? お前はだぎゃあああああ!!!」

 どうやら猫の毒爪の餌食にされてしまったらしい。 

(先生ごめんなさい)

 私は心の中で謝った後、ポケットから移動速度上昇のポーションを取り出して、一口食べた。

「うおおおおおお!!!」

 みるみるうちに身体全体に風が強くあたるのを感じ、あっという間に階段を降りていった。

 そして、下駄箱をスルーして、校庭に出た。

 ポーションの効果が切れるまでの間、ずっと走らないといけないので、そのまま正門までまっすぐ進んでいった。

 さすがに諦めただろう――と思ったが、背後からパリンと何かが割れた音がした。

 走りながら確認してみると、窓を突き破って飛んでいるファーナを見つけた。

「待てぇやああああああ!!!!」

 空まで響くかというぐらい叫ぶ猫娘。

 おいおい、嘘でしょ。

 そこまでして私を殺したいの?

 だったら、何が何でも生き残ってやる。

 そう決意し、正門を走り抜けた。

 もう学校の外まで来ないでくれと祈っていたが、案の定全く立ち止まる気配も見せずに走っていた。

「なんなのよ、もう!」

 舌打ちしながらも走る私。

 段々脚が遅くなっている事に気づいたので、ブレザーのポケットをまさぐってもう一個レモン味のポーションを取り出すると、すぐに口に入れた。

 さぁ、私のポーションが切れるのが先か、あいつの体力がなくなるのが先か、勝負といこうじゃない。

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