第62話 人は見かけによらない
あれ? あの男……どこかで見たことある。
えっと、どこだっけ……うーんと……あっ! 思い出した!
温泉施設の食堂で銀髪の女性がチンピラをボコボコにして、一気に空気が悪くなったのを素敵な演奏で明るくさせた人だ。
なんで、こんな所にいるんだろう。
「フェーリスさん!」
妖精達が彼を見るや否や、ピンクの妖精と同様に一列に並んで姿勢を正していた。
ピンクとフードの女の子だけは特に目立った反応はなかった。
「何しに来たんだよ。お前が出る幕じゃないだろ」
フードの女の子が舌打ちをするような言い方でフェーリスと呼ばれている男に言った。
「僕はこの学園の特別講師として来たんだ。そしたら、教頭に『体育館でライブを開くから帰っていい』とか言われてね。
これは何か裏があるなと思って散策してみたら、君達がいたんだ」
なるほど。ミーヨが言っていた音楽の授業の特別講師は彼だったんだ。
あの施設にいたという事は国外の人という事になる。
それに妖精達と親しいという事は……彼も妖精なんだ!
そういえば、よく見ると彼らと似たような格好をしているな。
なんて事を思っていると、ピンクの妖精はフンと不機嫌そうな顔をして言った。
「それで、あたち達にどうしろと?」
すると、フェーリスは私の方を見て言った。
「彼女を解放するんだ」
「嫌だね」
彼のお願いにフードの女の子が即座に拒否した。
「今、ここでこいつを殺さないとルピー達に酷い目にあわされるんだ」
「オハナさ……」
「その名を口にするんじゃねぇ!」
フェーリスがフードの女の子の名前を呼んだ瞬間、急に声を荒げて彼に近づいた。
その拍子にフードが外れて、頭が出てきた。
自分の眼が信じられなくなった。
しかし、何回瞬きしても目の前に映る光景が変わらないので、これが現実である事を改めて理解させられた。
女の子の頭は猫だった。
でも、頭だけなのだ。
それ以外は私が見える限り人間だった。
最初は単なる作りものかなと思ったが、見れば見るほど毛並みや眼の動き、口の開き方など本物と思わざるを得ないくらい猫だった。
毛色は白で、左眼に引っ掻き傷ができていた。
「私にはね、ファーナっていうちゃんとした名前があるの!
長いこと国から離れていたから今のフェルーラの事なんか全然分かっていないだろ!」
この気迫にフェーリスはたじろいでいた。
「気に触ったのなら謝る。だが、今やっている事は紛れもない犯罪だぞ。
君達はルピーに騙されているんだ」
「あいつの悪口を言うんじゃねぇ!」
猫人間ことファーナはまたさらに声を荒げて、今度は人差し指の爪を彼の喉付近にまで近づけた。
「あいつの評価を下げる奴はお前であろうと誰であろうと許さねぇ」
「だから、見知らぬ人を拘束してもいいのか?」
「あいつの妹だ。あいつが殺せと言われたから、私はそれに従うまで。
あいつのおかげで今の私がいる。だから、恩を返すのは当然だ」
「こんな形で返さなくてもいいと思うが」
あー、もう、何の話をしているんだ。
フェーリスとファーナにはルピーと何か関係があるのは分かったが、ほとんど知らない私の前で言い争わなくてもいいのに。
いや、待てよ。
これはチャンスなんじゃないか。
妖精達も彼らの口喧嘩に目が行って、私の事なんか見ていないみたいだし。
でも、どうやって脱出しよう。
手は拘束されているから脚しか動かせない。
それに固形のポーションが入っている箱はブレザーの内ポケットの中だ。
どうやら私の身体検査まではしてないらしく、箱みたいなのが身体にあたっている感覚から察するに取り出されていないみたいだ。
けど、それを出す事もできない。
妖精達に頼む?
いや、変に怪しまれたらまずい。
なんて事を考えていると、ファーナが「とにかくこいつを殺す!」と叫んで私に鋭い爪を向けてきた。
「えいっ!」
私は一か八かタイミングを見計らって彼女を蹴ってみた。
「ぐっ?!」
すると、完全に油断していたのか、うまい事あたって倒れさせる事に成功した。
「うぇ?!」
「な、何をやっているの?!」
「お、おい! 大丈夫か!」
「どどどどどうすれば!」
「皆さん、落ち着いてください!」
予想外の事態に妖精達は混乱していた。
フェーリスはこれを好機とみたのか、腰に付けていた短刀を取り出して、私の頭上に向かって投げた。
刃があたったのだろうか、私は急に落ちて尻もちをついた。
どうやら手首はロープで拘束されていたらしい。
「さぁ、立って!」
フェーリスにそう言われて起き上がろうとしたが、その前に猫が「行かせない!」と飛びかかってきた。
が、襲われる寸前でフェーリスがタックルしていた。
両者とも壁に激突する。
ファーナは「離せ!」と暴れていたが、彼は猫をしっかりと抑えていた。
「僕の事は構わず早く!」
いや、別にあなたの事なんか心配していないけど――そう口から言いかけたが、こんな大チャンスを逃す訳にはいかないと、ドア目掛けて走った。
「行かせない!」
しかし、妖精達が一列に並んで通せんぼしてきた。
が、私は「どいて!」と腕で振り払うと、彼らは「あーーれーー!」と飛んで行ってしまった。
邪魔者がいなくなったので、すぐにドアを開けて一切振り返らずに走った。
教室に向かっている途中、私は急に気持ち悪くなってしまった。
恐らくあの猫が気絶する時に刺した毒がまだ残っていたのか、吐き気が襲い掛かってきた。
近くにあるトイレに駆け込み、余す事なく吐き出した。
胃を空っぽにさせた後、念入りにうがいと手洗いを済ませて廊下に出た。
うん、追いかけてきていないみたい。
また走ろうとしたが、今度は腹痛に襲われた。
胃が誰かの手でギュウと鷲掴まれたみたいに痛み出し、一歩も動けなくなってしまった。
あぁ、辛い。
またトイレに戻ろうとしたが、そうする気力も沸かず、その場にへたり込んでしまった。
何回もお腹を擦ってもよくならないのは言うまでない。
あぁ、やべぇ。
腹いてぇ。
なんて事を思いながら無意味にお腹を温めていると、どこからか声が聞こえてきた。
まずい。追いかけてきたか。
そう思ったが、声はすぐ近くで聞こえてた。
辺りを見渡してみると、男子トイレから二人の男女が出てきた。
背中にコウモリの翼を生やした露出の激しい女性と白髪頭の小太りおじさんだった。
「むひょぶほほほほ! 今日も最高だったよぉ! バータンちゃん!」
「えーー♡ きょうとーせんせーもー♡ とても激しくてーー♡ 楽しかったですーー♡」
「むほほほほ〜! まだ全然元気だから、次は屋上で
「えへへへ〜〜♡ ゾクゾクしちゃいます〜〜〜♡」
うわぁ、最悪だ。
よりによって、こんな奴らと出くわしてしまったのか。
あぁ、終わったな。
性欲の塊みたいな二人組は
先に私に気づいたのは女の方だった。
「どうしたの?!」
すると、私を見るや否や、顔色を変えて駆け寄り
「酷い汗……それに口から酸っぱい臭い……どこか痛い所はない?」
そう聞かれたので、私はお腹の方を指差した。
彼女はすぐに手をあてて、「痛い?」と確認してきた。
突き刺すような痛みが出て来たので、私は必死に頷くと、彼女は「急いで治療しないと」と教頭の方を見て「彼女を私の背中に」と命令していた。
だが、彼は「えー、屋上で第二ラウンドは?」とよく分からない事を聞いていた。
すると、彼女は「生徒が死にかけてる時に何を言っているんだ、お前は!」と先程の甘い声を微塵も感じさせない声色で一喝した。
この気迫に教頭は怯えた顔で慌てて私を抱きかかえた。
「おほっ、細身の身体もぐじゃべりじゃっ!」
なんか私の身体を運ぼうとした時に良からぬ事を思ったのか、私が見える範囲では、先生が教頭の顔面を脚や拳で潰しているのが見えた。
「社会の
彼女は教頭におぞましいほど侮辱的な言葉をぶつけた後、「嫌な思いをさせてごめんなさい。自分でできるかな?」と穏やかな声で背中を向けてきた。
私はよろめきながらもどうにか彼女の幅広い背中にダイブした瞬間、彼女は走り出した。
――あの先生、生徒に限らず教頭にも淫らな行為をしているらしいよ
ふと頭の中で、女子達の会話が脳内で再生された。
確かにこの先生は淫らだ。
だけど、良い先生だ。
人は見かけによらないとはまさにこの事ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます