第66話 突然の乱入者

「あ、あぁ……」

 全身の力が抜けてしまいそうだった。

 あれがなかったら私の戦力はガタ落ち。

 猫娘に勝てる見込みが限りなくゼロに近くなった。

 私が絶望に打ちひしがれているのが分かったのか、ファーナは「ニャハハハ!」と笑った。

「どうやらチェックメイトみたいだな。

 さぁ、素直にロリンの居場所を教える気になっか?」

 どうやら完全に自分の勝利を確信したらしい。

 上から目線で和解交渉を持ちかけてきた。

 けど、どうしよう。

 確かにこれ以上戦っても私の負けは確実。

 だけど、ロリンがどこにいるかなんて分からないと言ったらどう反応するだろうか。

 かといって、戦うのも……うーん。

「おいっ! こっちも暇じゃねぇの! 早く答えろ!」

 返事がなくてしびれを切らしたのか、猫娘は苛立った声で催促してきた。

 私は深呼吸してゆっくり立ち上がると、真っ直ぐ彼女を見た。

 これに猫娘は首を傾げた。

「ごめんなさい!」

 私は頭を下げ、本当の事を話した。

「……はぁ?」

 が、猫娘の頬が痙攣していた。

「この状況でまだ嘘を吐くのか? 知らないなんて信じる馬鹿がどこにいんだよ!」

「違う! ほんと! ほんとなグッ?!」

 私は必死に説得を試みようとしたが、ファーナに蹴られてしまった。

 少し飛んで、地面に落ちる。

 また息が止まりそうになった。

「お前がその気なら、吐くまでとことん痛めつけてやるよ……」

 猫娘は両方の爪をカチカチ言わせながら向かってきた。

 私は手すりを支えにして、よろめきながら立ち上がった。

 最悪だ。

 完全に信じてもらえなかった。

 もうこうなってしまった以上、彼女と戦うしかない。

 何か信じてもらえるようなあかしでもあれば良かったけど……今は彼女をどう倒すか集中だ。 

「うらあああああ!!!」

 猫娘が突進してきた。

 かろうじてかわすも、しぐに右から毒爪が顔めがけて迫ってきた。

 頬に刺さる寸前で避け、今度は脇腹を狙う毒爪を彼女の腕を掴んで止めた。

 すると、もう片方の手で私の上半身に爪痕を残そうと、必死に振っていた。

 腕を掴んでいるので、避けれる範囲は狭かったが、タイミングを見計らって、受け取めた。

「ぐぬぬぬぬ……」

「ううううう……」

 私とファーナは威嚇するかのように睨んだ。

「居場所は知らないの。信じて」

「黙れ!」

 私は説得を試みるが、怒る彼女の耳には届かず、振り払って両腕を解放させると、私の頭に頭突きした。

「うっ……」

 少しキーンと耳鳴りがして、クラっと意識が遠退いた。

 その瞬間を逃すまいと猫娘は私の腹部を思いっきり突き刺した。

 彼女の爪から流れてくる私の血。

 当然毒が全身を蝕み始める。

 ファーナはヒュッと引っこ抜くと、一歩二歩と後退した。

 彼女は勝ったと思ったのだろう、ニヤッと笑っていた。

 私はまともに言葉も発する事もできずに、蝋燭の火みたいにヨロヨロよろめきながらひざまずいた。

 あぁ、身体中が痛い。

 まともに食らってしまったから、動けなくなるのも時間の問題だろう。

 幸い近くに手すりがあったので、寄りかかるように立ち上がった。

 だが、ファーナに蹴っ飛ばされ、頭を強く打ってしまった。

 もう動けなかった。

「さて、もうすぐ虫の息みたいだけど……ここまで痛めつけられて『知らない』なんて言わないよな?」

 どうやら私がロリンの居場所を知っていると思い込んでいるらしい。

「ほんと……本当に……し、知らないの……」

「まだ言う?! こいつ……」

 ファーナの爪がギラッと光る。

「じゃあ、しねぇええええ!!」

「もうそこまでにしなさい」

 突如現れた謎の声で猫娘の爪の先が私の頭に刺さる寸前で止まった。

 猫娘は私から離れ、どこかを見ているようだった。

 私はそれを確認しようとしたが、こんな状態ではまともに動く事ができなかった。

 聴覚だけを頼りに情報を得る事にした。

「なっ……モ、モモモミジ?! なんで、こんな所にいるんだ!」

「あなたを迎えに来たのよ」

「迎えに来たって……私はとっくにお前らとは縁を切れているはずだ!」

「それはあくまであの方がいなくなるまで、でしょ?」

「ま、まさか……解かれたのか?! そんな馬鹿な……厳重に封印され……」

「ちゃんと私とミヤビ様に挨拶に来られたわよ。さぁ、来なさい」

「待って。ルピーは? あいつの許可はとったのか?」

「ミヤビ様が直々にあなたを引き渡すようにお願いしていたわ。ルピーは素直に応じてくれたわよ」

「嘘だ! デタラメだ!」

 ファーナの足音が近づいてくる。

 ぼんやりとだけど、彼女が私の側にいるような気がした。

「じゃあ、こいつは? なんで殺さない? それにロリンはどうするんだ?」

「さぁ? ミヤビ様の事だから、何か考えがあるのよ。さぁ、とにかく私に付いてくるのよ」

「嫌だ! もう二度とあんな島には行きたくない!」

「仕方ない子猫ちゃんね……オハギ」

「了解」

 艶っぽい声の後に、ファーナではない冷淡そうな声が聞こえた。

「や、やめろ! 離せ! いやだウッグ!!」

 叫んでいたファーナの声が途絶え、シンと静まり返った。

「あ、そうだ」

 謎の声が何かを思い出したのか、私の近くでドサッと落とした。

「これあなたのでしょ?」

 ゆっくりと頭を上げると、ブレザーと小さい箱があった。

 私は手を伸ばして、ブレザーを手に取り、どうにか自分の方まで引き寄せた。

 ポケットに突っ込んでいたが、何もなかった。

 すると、フフフと笑い声がした。

「お馬鹿さんね。ここよ、ここ」

 誰かが近くでブレザーに触れていた。

 ふと甘美な香りがした。

 この香り、どこかで嗅いだ事がある。

「はい、あーん」

 私は言われるがままゆっくりと口を開いて、ポーション(?)をくわえると、ゆっくり噛んで飲み込んだ。

 どうやら回復のポーションを食べたらしい。

 全身の脱力感が抜け、血流が活性化していった。

 視界も鮮明になり、再び取り戻した腕の力で起き上がると、目の前に黒髪の女性がしゃがんでいた。

 琥珀色の瞳に真っ赤な唇……それにファーナが呼んでいた名前……思い出した。

「モミジさん?」

 私がそう言うと、モミジは「当たり〜!」とギュッと抱きしめられた。

 たわわなバストが貧弱な胸板に強く押し付けられて、その餅のように弾力のある肌の感触が直に伝わってきて、何だか変な気持ちになった。

「あの……どうしてここに?」

 私が首を傾げると、モミジは「フフフ……ちょっとね」と妖しい笑みを浮かべていた。

 そして、優雅な所作で立ち上がった。

 赤茶やオレンジ、黄色の手のひらみたいな形をした葉っぱが風に吹かれて飛ばされている絵が描かれている服を着ていた。

 ふとファーナがいない事に気づいた。

「あ、あの……猫の子は?」

「ん? あぁ、子猫ちゃん? 彼女は私の護衛に連れて行かれたわ」

 護衛――あの銀髪の人か。

「どうして助けてくれたんですか?」

 私がそう尋ねると、モミジは「さぁ?」とたぶらかすかのように笑った。

「じゃあ、私は行くわね。メタちゃん♡」

 モミジはウインクした後、エレベーターがある方に向かった。

 私はボゥと彼女が歩く様子を見ていた。

 すると、まるでドアが意志を持っているかのように勝手に開いた。

 中に乗り、ドアがゆっくり閉まった。

「また会いましょう。メぇ〜タぁ〜ちゃん♡」

 何ともなまめかしい声を出した直後、ドアは閉じられた。

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