第60話 誰?
さて、食べ終わったけど、どうしよう。
とりあえず完食済みの皿達を返却口に持っていった後、食堂を出た。
やけに静かだ。
それに人の気配もしない。
この不気味な光景に不安になりながら校舎の中を回ってみた。
廊下を歩いていても、私の靴のパカパカという音しか聞こえない。
チラッと教室を見てみたが、人はいなかった。
一年生に限らず、二階も三階に上がっても誰もいなかった。
職員室も学園長室も同様だった。
私は自分の教室に戻り、席に座って考えた。
まさかみんなルピー達のライブを聞くために体育館に向かったのだろうか。
食堂にいた人達が校内放送を聞いた瞬間、今やっている事を放棄して向かったほどだから、絶対にそうだ。
それほどまでにあのアイドルに会う価値があるのだろうか。
私が異常なまでに興味がないから、そういう風に見てしまっているのか。
いや、うーん、でも、なんだろう。
薄々感じていたが、あまりにも奇妙すぎる。
いくら彼女達が特徴のある個性や容姿、歌声を持っているとはいえ、まるで信者みたいに『ルピー様!』『カール様!』と崇めるのはちょいとばかりおかしいのではないか。
いや、もしかしたらこの国の特有の性格なのかもしれない。
極端に特定の人に憧れてしまう性格――うーん、そんな性格あるのだろうか。
私がこんな感情を抱いているのは、ここに来てまだ一週間と少ししか経っておらず、彼女達の事をいまいち理解していないからかもしれない。
でも、まぁ、今考えている事が全部私の単なる妄想だったとしても、ルピーの特性を知っている私からしたら、この異様な事態は彼女が作り出した可能性がある。
ルピーは人を惹き付ける『魅力』がある。
それはフェロモンに近いもので、私が小さい頃から彼女の周りには多くの貴族や紳士に囲まれていた。
その『魅力』は彼女以外にも私が覚えている限り何人かいるが、ルピーはその人達の魅力を引き継いでいた。
だから、学校の人達も国民も彼女に夢中なんだ。
だとしたら、他のメンバーはどうなのだろう。
ルピー以外のメンバーも崇めるほど人気だ。
仮にルピーの魅力でここまでの地位を築き上げたのだとしたら、彼女が断トツで人気でないとおかしい。
もしかしたら、ルピーと一緒にいる事で『魅力』の影響が彼女達に移ったのかもしれない。
それかカール達もルピー同様の『魅力』を持っているのか。
でも、私の姉以外で持っている人がいるのか疑問だ。
『妖精』と呼んで親しまれているルピーの他に四人もいるなんて……私が世間知らずなだけなのかな。
なんて事を考えていた私だが、世界地図を購入した子を見つけなければならないことを思い出した。
でも、校舎に誰もいないとしたら他にどこが……あ、そういえ校舎は他にもあったっけ。
えっと、生徒達が泊まる宿舎みたいな所と実験室などがある所。
もしかしたら、そこに世界地図を購入した子が……いや、いるわけないか。
絶対にルピー達のライブを聞きに行ったと思う。
という事は体育館で探してみる?
いや、全校生徒と教員達が集まっている場所の中からどうやって人理を見つけろと?
砂漠の中に埋めた小石を見つけるようなものじゃない。
嗅覚がよくなるポーションでも食べてみる?
いや、そもそも買った子が誰か分からないから匂いもへったくれもないじゃん。
どうしよう。どうしたらいいんだ。
私は頭を抱えて溜め息をついた。
チラッと自分の鞄を見た。
ガサゴソあさって取り出したのは固形のポーションが入った小さな箱だった。
これを使う時はあるかどうか――できればルピーと戦う前に見つけたい――分からないけど、念のため持っていこう。
そう思った私は桃色のブレザーの内ポケットに入れた。
すると、廊下側にある窓に何かが通り過ぎるのが見えた。
小走りで開けてドアだけ顔を出すと、曲がり角でチラッと光るものが見えた。
何だろうと思って、急いで付いていく事にした。
光るものは階段を上っていき、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を進んでいった。
相手に気づかれないよう、慎重に歩いていくと、光るものは倉庫の方に入っていった。
いや、『通り抜けた』って言い方のほうがあっているかもしれない。
ドアノブを開けずにそのままぶつかるようにスゥと入っていったからだ。
ますます不思議に思った私は忍び足で倉庫の前まで来た。
万が一の事を考えて、硬化のポーションを食べた。
ドアに耳をあてると、何か話していた。
『どうだった?』
『うん、かなり難航しているみたい』
『よしよし! このまま見つからずにルピーにボコボコにされるがいいさ!』
『でも、相手はムーニーの作ったロボットを倒したんだよ? 勝てるかな?』
『お前、まさかルピー達が負けるって言いたいのか?』
『いやいや! そういう事じゃなくて……あいつにはロリンが付いている事が気にかかるんだ』
『あー、そうだな。確かに……おい、そっちの方の捜索はどうなっている?』
『全然だめ。たぶんうまいこと隠れているのよ』
『今度は一体何を作るつもりだ……はぁ、叡智の発明は予想がつかないから怖いんだよ』
『また末っ子が強くなる前に私達で食い止めましょう』
『そうだな。僕達、妖精が何とかしないと』
妖精? 妖精って言った? 今?
まさか世界地図を盗んだのはドアの向こうにいる奴らの仕業か。
という事は、今すぐドアを蹴破れば……そう思った時。
突然うなじにチクッと刺されたような感触がした。
すると、グニャンと視界が歪みだした。
「なっ……あっがっ……」
硬化のポーションを使っているはずなのに、何故か全身が痺れてきた。
立っている事もできずに、そのまま倒れてしまった。
かすんだ意識で見上げた景色には、フードを被った女の子が映っていた。
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