第57話 全然見つからない

「メタちゃん、メタちゃん」

 ミーヨの囁きボイスで私の意識は取り戻した。

 ソフトクリーム頭の先生は背を向きながら大きな板に何かを書いていた。

 隣を見ると、ミーヨが眉間にシワを寄せて「駄目だよ。いきなり眠っちゃ」と注意されてしまった。

「ごめんなさい」

 私は素直に謝ると、ミーヨは「次からは気をつけてね。体験入学でそういう事すると印象悪く見られちゃうよ」と教えてくれた。

 確かに彼女の言う通りだ。

 あんな大勢の前で『頑張ります!』って言ったばかりなのに、授業で居眠りするなんて何事だ。

 馬鹿なのか、私。

(よしっ、まずはこの学園の雰囲気に溶け込もう。そうなるためにはまずは授業を真剣に受けよう)

 私は心を入れ替えて、授業にのぞむ事にした。

 しかし、すぐ近くでスゥスゥと小さな息遣いが聞こえたので、チラッと隣を見てみると、ミーヨがうつ伏せで寝息を立てていた。

 私は椅子から転げ落ちそうになったが、何とか耐えた。

 さっき私に注意したばかりのあなたが寝てどうするのよ。


 そんなこんなで授業が終わり、五分休みになった。

 私はすぐさま教室から出て、フードを被った女の子を探した。

 教室からはトイレに向かうか別の教室に移動するであろう軍団がわんさかいて、その集団を一人一人見るのに必死だった。

「あ、あの」

 すると、いきなり背後から声をかけられたので、思わず「ふぁい!」と振り向いた。

 そこにはラピスラズリの瞳をした女の子が私を見上げていた。

 この子は確か……。

「パーカさん?」

 私は疑問形で答えると、青髪の子は「あのあのあの、えっと、あの……そうです。ぱ、パーカです……」と慌てた口調で頷いた。

 この子も普段からこういう感じなのか。

「あの、あの、あの、その、あの……」

 パーカは目をオドオドさせながら何かを話そうとしていたので、私は「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。深呼吸してから話してください」と穏やかな声で答えた。

 パーカは言われた通りにスーハーと呼吸をした後、落ち着きを取り戻したのか、ホゥと小さく息をついた。

「あの……ここの食堂のバクバクモリモリヤマモリモリカレーが死ぬほど美味しいので、ぜひ食べてください!」

 ほぼ叫ぶようにそう言った後、駆け出していった。

 何だったんだ、今の。

 食堂のオススメ料理を紹介するために声をかけてきたのか?

 でも、カレーか。

 あんまり辛いのは好きじゃないんだよな。

 辛さ選べるんだったら甘口がいいけど。

 なんて事を思っていたが、私はフードを被った女の子を探している途中である事を思い出した。

 すぐに再開しようとしたが、さっきまで廊下に出ていた生徒達がどこにもいなくなってしまった。

 そして、突然「キーンコーンカーンコーン」と鳴り響いた。

 あれは確か授業を知らせるチャイムだったっけ。

 という事は戻らないとまずい!

 そう直感的に思った私は慌てて駆け出した。


 私が席に座ったと同時に先生が入ってきた。

 ボサボサ頭で無精髭ぶしょうひげを生やした何とも清潔感のない格好をしていた。

 先生は軽くクシャミをした後、若干枯れた声で話し出した。

「はい。静かに……はーい。じゃ、前回のおさらいだ。

 魔法は古来は神や天使しか使えず、それがエルフやセイレーン族に引き継がれ、やがて人間も扱えるようになった所までは行ったな。

 じゃあ、今度は詠唱の歴史だ。

 魔法が神の世界しか使えなかった時代は魔法が発動するまで馬鹿みたいに長かった。

 その長さはエルフにも伝わったが、人の手に渡るとこれを簡略化させて扱いやすいようにしようという試みが出るようになった……」

 彼は見た目に反して真面目に教えていた。

 内容的にも少しだけ興味を引かれたので、耳を傾けていると長い詠唱から二音に省略させた先人達の苦労を知る事ができた。

 でも、王子様とは何の関係もないからすぐに忘れると思うけど。


 さて、また五分ほど休憩時間ができたので、今度は上の階に行ってみる事にた。

 ちなみに私がいる学年は一番下の階で、上にあがるごとに二年、三年と学年があがるらしい。

 二階にのぼって早歩きで廊下を進んでいく。

 うーん、『フードを被っている』『ミニスカートをはいている』という情報以外何もないからなぁ。

 もっとマーセフからその子について情報を聞き出せばよかった。

 それに、もしかしたら地図を購入する前にフードを被っていただけで、普段はしていないかもしれない。

 そうだとしたら時間がいくらあっても足りないけど。

 あれやこれやと不安が頭の中でいっぱいになり、目の前に人がいる事に気づかず、そのままぶつかってしまった。

 思わず尻餅をつきそうになったが、寸前の所で受け止められた。

「大丈夫だぜ?」

 一瞬脳裏にチャーム王子が過ぎったが、すぐにかき消された。

 目の前にいたのはオレンジ髪の女の子がニコッと微笑みながら私を立たせてくれた。

 この気品ある所作に周囲の女子達が悲鳴を上げ、私に羨望せんぼうの眼差しを向けていた。

 この人は確かセミノールだっけ。

「君は確か体験入学で来た子なんだぜ?」

 語尾の主張が強いけど、何とか理解できたので、そうですと頷いた。

「そうなんだぜ。でも、ここは二年生の教室しかいないんだぜ。もしかして迷子だぜ?

 だったら、一緒に案内……」

「あーーー、いいです! いいです! 失礼しまーーーす!」

 あまりにも語尾がうるさかったので、さすがに耐えられなかった私は逃げるように一階に向かった。

 途中でトイレに立ち寄って、教室に戻ると、またチャイムが鳴った。

 今度は度肝を抜くくらい露出の激しい女性が現れた。

 全体的にモチモチしていて、彼女の背中にはコウモリみたいな翼を生やしていた。

 すると、その豊満さに男子達が我先にと群がっていた。

「はーーい♡ 皆さーーん♡ 超濃密な保健体育の授業を始めまーーす♡」

 何ともねっとりとした口調で話す彼女に、男子達は催眠でもかかったかのように「ハーーイ♡」と酔っぱらいみたいな返事をした。

 そして、その女性は男子達に言葉にするのにためらうほど甘い授業を教えていた。

 この光景に私やミーヨも含めた全女子達が何の合図もしなくても立ち上がって教室を出た。

 そして、授業が終わるまでの間、図書館で自習をする事にした。

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