第53話 あせっては駄目だ

「えっと、あなたが本校に体験入学したいというメタさんですか?」

 学園長と呼ばれる人にそう聞かれたので、私は「そうです!」と元気な声で答えた。

 学園長は片方しかない眼鏡の縁を触った後、「隣にいる方はメタさんのお姉さんで間違いないないですか?」と隣に座っているロリンの方を向いて言った。

「はい、そうです」

 ロリンは凛とした顔で答えていた。

 これに学園長は机の上にある二枚の書類に目を移した。

「なるほど……失礼ですが、親御さんは……どちらも都合が悪くて代わりにお姉さんが付き添いで来たのでしょうか?」

「いや、両親はもうすでに他界して、今は私一人で育てています」

「あ、なるほど……そうでしたか……失礼しました。では、軽く本校に志望した理由を教えてください」

 学園長にいきなりそう聞かれたので、私はハイッと声が裏返りながらも本校に魅力があるから志望したなどと答えた。

 さすがに世界地図を買った子を探すために体験入学したなんて言ったら摘み出されるのは確実なので、ポーイとミーヨの情報を使ってそれっぽい事を言った。

 この解答に学園長は何度も頷いていた。

 そして、気難しそうな顔から一変、にこやかになった。

「そんなに本校に魅力を感じていただけて光栄です。

 では、一週間後に仮生徒として本校に体験入学となりますので、よろしくお願いします」

 私とロリンは学園長にお礼を言うと、学園を後にした。

 去り際に校舎を見た。

 宮殿かと思うくらい荘厳な建物が見えた。

 特に屋根の上に付いているカラスの石像が印象的だ。

 外観だけでも驚きだが、校舎が三つもある事にも衝撃的だった。

 確かミーヨの説明では教室や食堂がある校舎と生徒が宿泊する用の校舎と実験をしたり備蓄を置いたりする校舎に分かれているらしい。

 ミーヨが言うにはこれだけの設備が整っているのは、世界中どこを探してもここしかないらしい。

 私は学校に通った経験はないけど、確かに学校内にこんな凄い建物が他にもあると思えない。

 それくらい経済が潤っているのだろう。

 巨大な正門の両端には白い鎧が警備として立っているし。

 なんて事を思いながらロリンと一緒に帰った。


 地図屋の店主のご厚意で私とロリンは世界地図を手に入るまでの間、居候する事になった。

 泊まる場所はミーヨの部屋で、一面にルピーが所属するアイドルのポスターが貼っているのが印象的だった。

 ファンなのと聞いてみると、彼女は鼻息を荒くしながら一人一人のメンバーの事をまるで身内みたいに語ってくれた。

 もしも彼女達が推しているリーダーが私の身内だと知ったら彼女はどう思うのだろうか。

 なんて事を考えていると、ミーヨは続けてカートゥシティ学園にはルピーを含めたアイドルメンバー全員が通っている事がどれだけ恵まれているかを力説してくれた。

 私は適当に相槌を打っていたが、内心不安でいっぱいだった。

 もしルピーが私達が学校に潜入している事に気づいたたら、間違いなく私の命かロリンを狙うはずだ。

 さすがに他の生徒が見ている前ではしないだろうが、油断した瞬間に襲うかもしれない。

 私はロリンを見た。

 彼女も似たような心情らしく、ジッと何か考え事をしているようだった。

 そんな時にポーイが参戦して、二人で推しているメンバーの事について大盛り上がりし始めたので、私とロリンは一旦部屋の外に出て、学園で入学した時の作戦を小声で話し合った。

 色んな案が浮かんでは消えてを繰り返した結果、世界地図を買った子の捜索は私に任される事になった。

 もちろんルピーに見つからないようにするためだが、ロリンは何か作りたいものがあるらしく、私が地図探しをしている間に別の場所で制作に取り掛かるとのこと。

 必要な材料とかを購入するために、ポーイを借りたいとお願いしてきたので、私は二つ返事で承諾した。

 ポーイはミーヨともっとアイドル談義を深めたかったらしいが、所有者の命令なのでブツブツ文句を言いながらも付いていく事にした。

 ロリンは万が一の事があってはいけないからと固形型のポーションが入った小さな箱を私に渡してくれた。

 これを譲るという事は新しいポーションではなく空飛ぶ靴みたいな発明品でも作るのかなと思って聞いてみた。

 が、ロリンは「それは出来上がってからのお楽しみ♡」と言ってウインクして、はぐらかされてしまった。

(大規模な被害にならない発明品であってくれ)

 私は心の中でそう祈った。


 仮生徒として登校するまでの間、着々と準備が進められていった。

 私は一人で何回か学園に通って制服や靴のサイズを測ったり、学園のルールとかも教わったりした。

 ルールに関してはほとんどが生徒でなくても守るべき事(先生が話している時は喋らないなど)ばかりだったので、私は真剣な顔をして頷きながら王子様との妄想にふけっていた。

 それが終わると、体験入学の簡単なスケジュールを教えてくれた。

 私は一旦妄想は止めて、脳内にこびりつくぐらい耳を傾けた。

 とは言っても、そんなに複雑なものではなかった。

 まず、全校生徒の前で挨拶をした後、教室に行って授業を受ける。

 休憩を挟みながら夕暮れまで他の生徒と同じように勉強をしたり運動したりして体験入学終了。

 学校を出る前に制服とカバンを返すのを忘れずにといった感じ。

 つまり、朝から放課後までに世界地図を買った子を見つければいいのね。

 私は頷きながらどうやって探そうか考えていた。


 体験入学前日は校舎に案内された。

 まだ授業中だからか、廊下には誰もおらず、スムーズに行く事ができた。

 生徒達が勉強している様子を窓から眺めつつフードを被った女の子がいないか、探した。

 だけど、流れるように案内する学園長に付いていくのに必死で、ゆっくり観察する時間はなく、サッと目視しただけでは見つからなかった。

 そして、ルピー達もいなかった。

 そういえば、何回か来たけど、一度も彼女達に会わなかったな。

 もしかしたら私が気づいていないだけで、相手はとっくに気づいていて何かしらの策を練っているのかもしれないけど。

 そうこうしているうちに、一階の食堂に着いてしまった。

 食堂は城の大広間ぐらいかと思うくらい広く、数えるのが大変なほどテーブルと椅子が並んでいた。

 配置はこの国に入る前に利用した施設と似ていたが、利用できる人数はここの方が多そうだった。

 他にも生徒達の寮や実験室とかを軽く確認して、帰りに制服とカバンを受け取り、地図屋に帰った。

 マーセフとミーヨと食事をして、一人で風呂に入った。

 サッパリしたらパジャマに着替えて歯を磨き、ミーヨと川の字になって眠る。

 そういう時、私は物思いにふけるのが癖だった。

 一体いつになったら、王子様を助けられるんだ。

 たった一枚の世界地図のために一週間という貴重な時間を費やすなんて……もし王子様の身に何かあったら、どうするんだ。

 あぁ、チャーム王子……今、目の前にあなたがいたらどれほど救われるか。

 でも、焦ったら駄目だ。

 この国にはルピーがいる。

 あいつは私達が入国している事を知らないのだろうか。

 いや、あえて泳がせているのかもしれない。

 どっちにせよ、あいつとの対決は避けて通れないかもしれない。

 その時は死ぬ気でやるしかない。

 待ってて、私の王子様。

 そんな事を思いながら当日を迎えた。

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