第52話 壁にぶちあたる

 そんな事を思っているうちに、地図屋に着いた。

 看板に堂々と『地図屋』と書かれた建物はかなり年季が入っているらしく、古びたドアとひび割れた壁、側には絶対に手入れしてないであろう植木鉢が好き放題に生えていた。

 そもそもここは営業しているの?

 なんて疑問を浮かばせて入るのを躊躇っていたが、ロリンはスタスタとドアを開けて「こんにちはー!」と挨拶をしていた。

 こういう時の行動力は凄いなと思った。

 次にポーイ、最後に私が入店すると、おびただしい巻き物が並べられている事に驚いた。

 天井はそこそこ高くて、店は少し狭く感じた。

 それはこの大量にある巻き物が原因かもしれないけど。

 棚が入り口から見て等間隔に縦で置かれていた。

 一番端にある棚は天井近くまであり、円の模様みたいに詰め込まれていた。

 側にある棚は比較的手が届きやすい高さで、棚と棚の隙間に文字が書かれていたので見てみると、『カートゥシティ東側一区』『カートゥシティ西側二区』などとこの国の詳細が分かる地図が並べられていた。

「ハイハイハイハイ、なんでございますでしょうか?」

 いきなりしゃがれた声が聞こえたので思わずビクッとしていると、カウンターに丸メガネをかけたご老人が立っていた。

 口元にクワガタみたいに端と端だけ伸びた白い髭が特徴だった。

 後、若干腰が曲がっていた。

「ほぉう、ほうほうほう、おたくら、随分若いねぇ! 若い子がこんな所に来るなんて珍しいじゃあないか!

 一体何のごようだい?」

 少し癖のある話し方の店主にロリンが島の地図がないか聞いてくれた。

 すると、店主がニヤッと笑った。

「ほほう、ほうほう、ロロ・レックウとうとな……そんな遠い所を知りたいとはマニアックだねぇ!

 いいねぇ、いいねぇ……えっとその島が出ている地図は世界地図ぐらいしかないな……」

 クワガタ髭の店主はそうブツブツ言いながらカウンターの脇から出ると、一番端の棚にこれまた高いはしごをかけて、心配になりそうになるくらい足取りで登っていった。

「えーと、これは海図か……違う。こっちは……歓楽島までしかないのか。じゃあ、これは……うーん、ピグマーリオの昔の地図か……まだあったのか。昔はよく売れたんだが、今じゃ使い物にならないな。

 えーと、他には……」

 そうブツブツ呟きながら天井まで近くにある地図を引っ張り出しては引っ込めてを繰り返した。

 私は彼が巻かれている状態でどの地図かを理解している事に気づいた。

 これは長年勤めていたからこの店にある地図の種類を網羅しているのかなと思ったが、よく見てみると薄っすら鉛筆みたいな文字で何か書かれていた。

 なるほど、それで拡げなくてもどの地図なのか分かるのね。

 私は合点が言って心の中で何度も頷いていると、店主は「あれ? ないなぁ」とこぼした。

「どうかしたんですか?」

 私が聞いてみると、店主は「ここにあるはずなんだが、無くなっている。

 ほれ、ここに隙間があるだろ?」

 店主が指差した方を注視してみると、確かに一つだけ隙間ができていた。

「他にも世界地図はないんですか?」

 私は他の棚をあ見ながら聞いてみると、店主は「うーん、ちょっと探してみる」と梯子を降りていった。


 私達も協力してあちこち棚を探したが、お目当てのものは見つからなかった。

「もしかして盗まれた?」

 私がポツリとそう呟くと、店主は「うーん、そんなはずは……おーい、ポイーさんやー!」と後ろにあるドアに向かって叫んでいた。

 ガチャっと開いて出てきたのは、かなり年配のポイドラゴンだった。

 度の高そうなレンズの眼鏡を付けて、ヨボヨボと飛んでいた。

「はいはい、マーセフさん。一体なんのようでござんしょう?」

 店主に負けないくらいしゃがれた声で尋ねると、彼は「あそこにあった世界地図知らねぇか?」と聞いていた。

 ポイーは「何を言っているんですか。お昼頃に珍しく売れたって喜んでいたでしょう」と呆れたように溜め息をついた。

 これに店主は「あぁ、そういえばそうだったな」と手をポンと叩いていた。

 嘘でしょ、売れたの?

「ねぇ、その世界地図を購入した人って誰なの?」

 この質問に店主とポイー婆さんは互いの顔を見合わせた後、唸っていた。

 忘れたんかい。

 肝心な事を覚えてなくてどうするの。

「ロリン、記憶力がよくなるポーションとかないの?」

 私はロリンにボソッと聞いてみたが、彼女は「残念だけど作ってないの」と首を振った。

 もう祈るしかない。

「お願い! 何とか思い出して! あなた達の記憶が頼りなの!」

 私は懸命に応援して彼らの記憶力を蘇らせようと応援していると、ドアが開く音が聞こえた。

「おじいちゃん、ポイー、ただいま……って、あれ? 珍しくお客さん?」

 ドアから栗色のボブヘアの女の子が姿を現した。

 桃色のジャケットを羽織って黄色のミニスカートといった格好をして、肩にカバンの紐を肩にかけていた。

「うぉーーーー!!」

「あーーーーー!!」

 すると、いきなり店主とポイーが声を上げた。

 これにボブの子は「うわっ! いきなり大声を出さないでよ!」とムッとしていた。

 これに店主は「ミーヨ、すまん」と謝った後、「そうだ。確か孫と同じ服を着ていた」と彼女の方を指差して言った。

 私はすぐに彼女の方に近寄って、「ねぇ、その服はどこで買えるの?」と聞いた。

 これに女の子は瞬きして「いえ、これは学園の制服で……というか、あなた達は誰なんですか?」といぶかしんでいた。

 私とロリンは軽い自己紹介をした後、世界地図を探していること(理由は伏せた)を話した。

 ミーヨはそうですかと呟いた後、「どんな人だったの?」と店主に聞いていた。

 彼は「フードで顔を隠していたから顔は分かんねぇな」と苦い顔をして答えた。

 うーん、顔が分かんないじゃあ、探しようがない。

「ねぇ、そのガクエンって所に行ったら会える?」

「え? うーん? 会えるかもしれないけど……」

 ミーヨはなぜか戸惑ったような顔をして、私をジッと見ていた。

「メタちゃん、ちょっと」

 突然ロリンが手招きして来たので近寄ってみると、なぜか彼らから距離を放した。

「たぶん私達じゃあ、そこに行けないと思う」

 ロリンは彼らに聞こえないようにボソッとそう言った。

「どうして?」

「だって、学園は学校だよ?」

「ガッコウ……学校?! そうなの?!」

「そうだよ。私達は観光客なんだから、無理やり入ったら捕まるのがオチよ」

「えぇ、じゃあ、どうしたらいいの?」

 突然壁にぶちあたってしまった。

 まさか世界地図を購入した人が学校に通っているなんて。

 その子を探そうにも私達はそこの生徒じゃないから入る事すらできない。

「どうにかならない?」

 これにロリンはウーンと腕を組んでいたが、ふと私の顔を見た。

「確かメタちゃんって、16歳だったよね?」

「え? そうだけど?」

 そう答えた後、ロリンは人差し指と親指を間に挟んで黙ってしまった。

「ねぇ、ミーヨさん?」

 ロリンはいきなり店主の孫に声をかけた。

 ミーヨは「は、はい!」と若干驚いた顔をして応えた。

「あなたが通っている学園の名前は? あと、何歳くらいから入れるの?」

「え? あ? うーんと……私が通っているのはカートゥシティ学園と言って、えっと、じゅ、16歳から入れますけど……?」

「よしっ!」

 ロリンは指パッチンした後、今度はポーイの方を向いた。

「ねぇ、カートゥシティ学園は体験入学とかはないの?」

 この質問にポーイは「え?」と驚いた顔をしていたが、すぐに「ちょっと待ってください」と角を出していた。

「えーと、うーんと、カートゥシティ学園に関する情報を収集中……収集中……出ました!

 はい、学園の事務所で申請をすれば早くて二日後に体験入学できるそうです!」

「すぐに連絡して」

 ロリンはポーイにそう命じた後、私の顔を見てきた。

「メタという名の16歳の子が本校に体験入学したいって伝えてね」

 ロリンはそう言ってニヤッと笑った。

 え? まさか私、学園の生徒になるの?

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