第50話 大熱狂のアイドルコンサート
『オールシーズフェアリー』というアイドルのコンサート会場は密集地帯から少し離れた所にあった。
とは言っても、そこも信じられないくらい人だらけだったけど。
どうやら公園は野外で行うらしく、遠くの方に神殿かと思うくらい荘厳な建物が見えた。
くり抜かれたように長方形に空いている部分で演者が歌ったり踊ったりするのだろうか。
しかし、そこまでの道のりは埋め尽くすほどの人混みの中を泳がなければならかった。
「押さないでくださーーい!」
「ちゃんと全員分の席をご用意していまーーす! どの席もちゃんと舞台が見られる方角ですので、譲り合って進んでくださーーい!」
白い鎧達が高台に上がって人混みに向かって叫んでいた。
けど、この人達は聞く耳を持たず、我先にとギュウギュウになって前へ進んでいた。
私は人と人との間に挟まれて圧死するかと言わんばかりに苦しかった。
「ね、ねぇ……ぽ、ポーイ、これ、いつまで、つづく……の?」
私は潰れた声でドラゴンに訪ねた。
「なん……ぷぱっ! ぶひゃっ! ぐべっ!」
ポーイもポーイで殴られたり弾かれたりしながら人の波に溺れていた。
ロリンはというと、背中のリュックが人にあたると、当たった人が天高くまで飛び上がってしまうというよく分からない事が起きていた。
そのため、たちまち周りの人達はロリンを怖がり少し避けるように動いていたため、彼女の周りには若干隙間が空いていた。
こんなに苦しいのはお前のせいか。
でも、ロリンの所に行けば歩きやすくなるかも――そう思って彼女の方に向かおうとしたが、急に押し寄せてきた新たな波に押し出されてしまった。
どうにかこうにか会場まで辿り着いた。
全員立ちながら見るスタイルで、私とロリンは奇跡的に隣同士になった。
もちろん、ポーイもいる。
ちなみにチケットは見せなくても、門をくぐれば入場できた。
逆に持っていないと閉じてしまって、白い鎧達が不所持の人を泳ぎながら連れ出すといった事をしていた。
今回は偽物のチケットが出回っているらしく、何度も出入り口が開いたり閉めたりしたため、この信じられないくらいの渋滞が起きたのだそう。
いや、出入り口を複数に分けろよ。
一つにするからこんなに馬鹿みたいな事が起きるんだよ。
そんな文句を一つや二つ叫びたかったが、人波に揉まれすぎて疲れたので、お口にチャックをした。
「それにしても、ロリンのリュックはどうしてあんなに
私はさっき起きた珍事が気になってロリンに聞いてみると、彼女は前にかけたリュックを指差して「これには声一つで自動的にリュックを守ってくれる機能があるの……まぁ、やり過ぎなのが欠点なんだけど」と教えてくれた。
なるほど、あれはリュックの機能によるものだったのか。
ロリンの発明のデメリットにそんなに驚かなくなったのは、慣れたからかな。
そんな事を思っていると、突然会場にアップテンポな音楽が鳴り響いた。
これに観客達は「ウォオオオオ!!」と天まで轟くのかと思うくらいどよめいていた。
「ふぉおおおお!!! 始まるうううううう!!!」
ポーイは瀕死寸前だった表情から一変、再び生気を取り戻し、鼻息を荒くしながら小さな手で拍手をしていた。
私は何が起こるのだろうと期待と不安を胸に、会場の方を見つめた。
すると、音楽のテンポが上がるに連れて、会場から五人の頭が出てきた……いや、せり上がってきたと言った方がいいだろう。
服装から見て、女子なのは直感的に分かった。
さっきまで壁だと思っていたのが急に彼女達の後ろ姿を映し出していた。
壁全体がモニターらしい。
彼女達は背を向けているが、それだけで観客の歓声は凄まじかった。
確かに彼女達の格好はフリフリのミニスカートで、背中に鳥の翼を付けているのはチャーミングだと思う。
全体的な格好の色合いも左から順にオレンジ、黄色、ピンク、青、紫と個性が際立っているし、髪型も悪くない。
ただ真ん中のピンク色のツインテールだけは妙に引っかかる。
何だろう、胸騒ぎがする。
「夢の中でも夢見ている〜♪」
不安をよそに黄色の子だけ振り返って、歌い出した。
モニターに彼女のドアップが映し出される。
これに観客の一部が「カールちゃーーん!!」と叫んでいた。
「目覚めたら〜♪ あなたの横顔が見れたらいいのに〜♪」
クロワッサンみたいなカールヘアと金色の瞳が魅力の彼女は八重歯を出しながら歌っていた。
一節終わると、今度は青色の子が振り返った。
「だけど、それは叶わぬ願いね〜♪」
すると、またどこからか、「パーカちゃーーん! 愛してるーー!」と野太い声が聞こえてきた。
モニターには肩ぐらいまで伸ばした青髪とラピスラズリ色の瞳をした彼女が映っていた。
「魔法使いも〜♪ ほら、困り顔〜♪」
また一区切りついたのか、今度はオレンジ色の女の子が歌い出した。
「遠くから見ているだけ〜♪ 声を聞くだけ〜♪ 面影を感じるだけ〜♪」
それに合わせて、「セミノールさまーーー!!」と黄色い声援が飛び交った。
「妄想はヒロインだけど〜♪ 現実はただのモブ〜♪」
紫の子が振り向いて歌い出すと、「オギン! オギン!」とコールが飛んだ。
アメジスト色のおかっぱと瞳で観客を見つめながら歌った後、いきなり前に出た。
そして、誰の支えもなしに宙返りを披露すると、たちどころに「おぉっ!」と
さて、四人の正体が判明し、残るはピンクだけとなった。
音楽も山を登るように曲の一番の見せ所が来ているような気がした。
「このままでいいのかな〜♬」
四人一斉にそう歌うと、ついにピンクが振り返った。
「駄目だーーーー!!!」
ピンク色のツインテールの女の子がそう叫ぶと、また歓声が上がった。
今までのとは比にならないくらいだった。
隣にいるポーイも「ルピー様ぁああああ!!!」と涙を流しながら叫んでいた。
そして、全員の顔が見えた所で、サビに入った。
ずっと黙って想い続けきた
それももう止めよう 後悔しちゃう前に
五人全員揃ってのハーモニーは見事だった。
皆、彼女達に向かって同じように手を振ったり、「おい! おい!」などと掛け声をしていた。
私はピンクに釘付けだった。
決して、彼女に一目惚れした訳ではない。
ピンクのツインテール、抜群のプロポーション、あざとい声、左が黄色で右がピンクのオッドアイ――間違いない。
あれ、私の姉だ。
ルピー……そう、ルピーだ。
あいつ、こんな所でよくのうのうと歌って踊っているな。
私は怒りで歯ぎしりしている中、ルピーを含めた五人は華麗な踊りを見せた後、一斉に歌い出した。
この瞬間一瞬を あなたとシェアしたい
ずっと一緒にいてほしいんだ
そして、ルピーのソロに入った。
「どうぞよろしくね〜♪ アモーレ〜♪ あなた〜♪」
まるで恋をしているような顔を観客達に見せると、さっきよりも倍くらいの声量の歓声が響きわたった。
ポーイは「うげっ、うっぐ……いぎべべ、ぼかった……」と嗚咽を漏らしていた。
私は心の中で舌打ちした。
何がよろしくねだ。
お前、王子様をさらった一味の一人だろ。
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