第2話 王子を助けに行こう
最悪だ。
もう何もかも。
私は食堂の椅子に腰をかけながら今の状況を呪った。
どうしてこうなった。
姉達が出席しないのは当然だけど、花婿をさらうとは思ってもみなかった。
今頃だったら、とっくに式を終えて王子が呼んだ招待客達と披露宴をするはずだった。
それなのに、それなのに――あぁ、涙が出てきそう。
「
だが、ロリンのパンパンに膨らんだ顔を見たらすぐに引っ込んでしまった。
まぁ、私が力任せに殴ってしまったからなんだけど。
「ねぇ、その顔大丈夫?」
一応平気かどうか聞いてみると、ロリンは「
それを腫れた唇に押し込んで入れると、顔面が光り、元の顔に戻っていた。
「一体何をしたの?」
「フフン! これよこれ!」
ロリンが得意気に小さな箱を取り出した。
パカッと開けたら、中にはギッシリと小さな球体のようなものが色鮮やかに詰め込まれていた。
「何それ?」
「ポーションだよ、ポーション!」
「ポーション? ポーションってあの? 傷ができたらゴクゴク呑んで回復するドリンクみたいなやつ?」
「そう! 瓶で携帯したら大量に持ち運べないでしょ?
だから、お菓子みたいに小さくして固形状にしたの!
ちなみに今私が食べたのは回復のポーションで、これがまぁ、苦労させられたのよ〜!
回復の効果を落とす事なく継続されたまま固めるのが結構大変で……」
そう言って、ロリンはベラベラとこれを作るまでに至った苦労話を語り始めた。
あぁ、本当にこいつは自分の好きな事になると周りが見えなくなるんだから。
今はそれどころじゃないっていうのに。
ロリンの話にこれっぽっちも聞かずに、私の脳内でチャーム王子との思い出を振り返った。
彼と始めて出会ったのは、私がお花畑で花を摘み取っていた時のことだ。
『綺麗だね』
いきなり背後から声をかけられたものだから、私の防衛本能が勝手に作動して殴ってしまった。
振り向いた時には驚いた。
私と同じくらいの年の子が鼻血を出して倒れていたからだ。
『ご、ごめんなさい! てっきりシスコ……ロリンお姉様がまた襲いにかかってきたのかと思って、つい……』
『ハハハ、別にいいよ』
王子は思っていたよりもタフで、すぐに起き上がって、ズボンをはたいて汚れを落としていた。
『君、名前は?』
『メタ王女です』
『僕はチャーム。隣の国から来たんだ。よろしくね』
彼の笑顔に私は一目惚れした。
王子は私の隣に座って、話をしてくれた。
王子は我が国が主催するパーティーに参加するために訪れていた。
それがあまりにもつまらなかったらしくて、こっそり抜け出して散歩していた所、私を見つけたのだそう。
『君はどうしてここに?』
『私は……参加できないの』
『どうして?』
『私、嫌われているから』
それから私は姉達にイジメられている事を打ち明けた。
初対面のはずなのに、ここまで打ち解けられたのは初めてだった。
彼は目に涙を浮かべて私に同情してくれた。
『僕が友達になってあげるよ』
彼は私の手を握って、真っ直ぐな眼でそう言った。
こうして、私と彼との関係はスタートした。
彼が国を訪れる度に、私達はこっそり抜け出して花畑で落ち合い、遊んだり話したりした。
このまま彼と一生側にいられたらいいのに――そう思っていた時、彼から突然プロポーズを受けた。
天にも昇る気持ちだった。
答えはもちろんイエス。
彼も飛び上がるほど喜んでいた。
あぁ、あの瞬間に戻れるのなら戻りたい。
けど、けど、もう……。
「チャ〜〜〜ム〜〜〜!!!」
私はますます彼に会いたくなった。
けど、叶わぬ夢。
今はクソ姉どもの手の中。
私は一気に涙腺が崩壊し、テーブルにうつ伏せになって感情を爆発した。
「め、メタちゃん……」
ロリンは哀れんでくれたのだろう、背中をさすって慰めてくれた。
暫く泣いて、落ち込んで、泣いてを繰り返した。
暫く何もできなかった。
頭の中は王子の事でいっぱいだった。
今、彼は何をしているのだろう。
姉達にひどい事をされているのかな。
いや、あいつらの事だから、きっとキスとかボディタッチとかして楽しんでいるのだろう。
私の婚約者なのに。
婚約者なのに――奪いやがって。
姉達の顔が一人一人浮かんできた。
同時に幼少期から今に至るまで、姉達にイジメられてきた過去が脳裏をよぎる。
食事も与えられないのは当たり前。
普通に歩いている時も足に引っ掛けられて転ばせられたり、石をぶつけたり、馬小屋に閉じ込めたり、物置き小屋で寝させられたり――と、散々な目にあった。
ようやく抜け出したと思ったのに……また地獄に突き落とされた。
なんで?
なんで、私がこんな目に合わなければならないの?
どうして、どうして?
どうして……。
……許せない。
絶対に許してなるものか。
あいつらをボコボコにして、王子を取り返すんだ。
メソメソしている場合じゃない。
「よしっ!」
私は頬をパンッと叩いて、部屋を出た。
その丁度にロリンと出くわした。
「あれ? どうしたの?」
ロリンはなぜかエプロン姿をしていて、手にお盆の上に山盛りのイチゴパフェを持っていた。
私のために用意してくれたのだろうか。
「お姉ちゃん、私、王子を助けに行ってくる」
私がそう言うと、ロリンの身体が震えていた。
(怒っている?)
そう思った、が。
「め、メタちゃんが……は、初めて、私の事を『お姉ちゃん』って、お姉ちゃんって……」
全然違った。
顔をグシャグシャにするほど嬉しいのか――まぁ、いいや。
「それじゃあ、行ってくる」
私が今にも泣き崩れそうな姉の横を通り過ぎようとした時、「待ちなさい」と珍しく凛々しい声で呼び止められた。
思わずピタッと立ち止まって、振り返る。
ロリンが真剣な表情で私を見ていた。
「王子を助けるって事は、11人の姉に宣戦布告をするという事になるんだよ」
「覚悟はできている」
「彼女達がどれほど恐ろしいか、知っているの?」
「えぇ」
「死ぬよ」
「命をかけても彼を助ける」
ロリンは何も聞かずにジッと見つめてきた。
私もジッと姉を見つめた。
暫しの沈黙が流れた後、ロリンがフフッと笑った。
「……あなたの決意は伝わったわ」
ロリンはヨシッと私にイチゴパフェを渡してきた。
「ちょっと食べながら待ってて!」
ロリンはそう言うと、エプロンを勢い良く脱ぎ捨てて、走り出した。
(一体何をするつもりなのだろう)
私は若干不安を抱えながら練乳がたっぷりかかったイチゴをスプーンに乗っけて口に運んだ。
めっちゃうまかった。
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