皇帝には逆らえない

上津英

第1話 息苦しい国で

 ある時代に高慢な皇帝が居た。

 幼少の時から人の話を聞かず、やがて女狂いとなり、その内自分に逆らう者をすぐに処刑してしまう男となった。

 今や誰も皇帝には逆らえない。異を唱える者も無い。誰だって死にたくないし、この息苦しい国では誰かの処刑は蜜の味なのだ。

 隣国との戦争が終わってから皇帝は常に何かに苛ついていたので、みな余計腫れ物に触るように接していた。


***


「よくも余をたばかってくれたな!!」


 謁見の間に皇帝の怒声が響き渡った。

 玉座には、眉を釣り上げ宝石がふんだんに使われているティアラを持った皇帝が。その少し下段には、床に額を擦り付けて必死の形相を浮かべている商人がいる。

 側室に贈るティアラを商人に用意させていた皇帝だが、そのティアラが安物に見えた為「騙す気だったな」と怒っているのだ。


「謀る等めっ滅相も御座いませんっっ!! こちらのティアラには本当にルビーが!」

「嘘を言うなっ!! これのどこがルビーだ! お前、戦時中は価値の無い物を遠くの国で高く売って荒稼ぎしていたと聞くぞ! 戦が終わり改心したと聞いたから、献上の名誉を許してやったと言うのに……っ!! ふんっ綺麗に加工したくらいで余を騙せると思ったのか? 残念だったなっ!!」

「陛下っ! どうか聞いて下さいませ! それは本当に希少なルビーを使用しているのですっ! その真紅の美しさを見て下さいっ!!」

「っ」


 今にも泣きそうな顔で必死に続ける商人を見て、皇帝はほんの一瞬だけ戸惑った。けれどすぐにティアラを投げ捨てて苛立たしげに腕を組んだ皇帝が、その言葉に耳を傾ける事は無かった。


「黙れっこの詐欺師がっ!!!!」


 燭台の蝋燭の火が揺れる程の怒号に、商人はどんどん青褪めていく。

 ここまで皇帝が怒ったのなら、後は決まっている。それを壁際から見ていた家臣が、憐憫の眼差しを商人に向ける。


「余を欺こうとした罪、死んで償うが良い! おいっ! 今すぐこの詐欺師を断頭台に連れて行けっ!!」

「へっ陛下!! どうかそれだけは! どうか御慈悲をっ!! 陛下ーーー!!」


 甲冑を着た2人の騎士に両脇を抱えられ、商人は引きずられながら謁見の間を出て行く。このまま処刑広場まで連行されるのだ。


「ふんっ。おいメイド、あの詐欺師が歩いたところは綺麗に拭いておけっ!!」


 商人の叫び声が聞こえる中、メイド長がすっと出て来て絨毯の上に転がっているティアラを拾い上げる。


「陛下、このティアラは如何されますか?」

「そんな粗悪品捨てておけ、そのような物見たくないわっ!!」

「はっ」


 実に気分の悪い謁見であった!! と皇帝は悪態をつきながら、玉座からのっそりと立ち上がり、政務室へと戻って行く。


「新入り、お前も手伝って」


 玉座に誰も座っていないと言うのに、メイド長が新米のメイドを連れて掃除道具を取りに裏へ行くまで、皆緊張した顔でただただ動かずにいた。


***


「あの、メイド長……商人さんが持って来たそのティアラ、ちゃんと高そうなルビーついてますよね? でもそれ安物なんですか? 全然そうは見えないんですけど……」


 メイドが使う狭い部屋に掃除道具を取りに行ったメイド長は、不思議そうな新米メイドに尋ねられた。皇帝が居ないからか、彼女の表情は少しだけホッとしている。


「ああ……そうね、貴女も知っておいた方が良いわ。肝に銘じておくのよ」


 メイド長は声を潜めて返し、周囲に誰も居ない事を確認した後掃除用品一式を取り出し続ける。


「実は陛下はね、戦の最中頭を打って赤色と黒色の区別が難しくなってしまったようなのよ。この前処刑されちまった宮廷医師がそう言ってたわ」


 思ってもいなかった言葉らしく、新米メイドの目が驚きに見開かれる。

 あの商人は確かに美しいルビーのティアラを持って来ていた。

 ただ皇帝にはあれがルビーだとは認識出来なかっただけで。

 理不尽な処刑を言い渡された商人は最近自国に戻ってきたそうだから、この事を把握出来なかったのだろう。


「皇帝には誰も逆らえないから、でもそれを誰も指摘出来ないのよ。陛下は陛下で見え方の異変を認めたくないし誰も指摘してくれないから、不安に苛まれ余計苛々してるのだろうって話だよ。貴女も死にたくないのなら良く覚えておきなさい」


 先程の事件の真実を話すと、新米メイドは怒っているような怯えているような複雑な表情で唇を尖らせた。


「理不尽……指摘したら殺すような相手に、そんな事言えるわけないじゃないですか……」


 その表情にも呟きの内容にも若さを感じ、メイド長は眉を下げて返した。


「そうねえ。まあおかげでこんな美しいルビーを貰えるのだから、陛下の性格に感謝しながらひっそりと生きて行きましょう」


 窓際の机上にティアラを置いた時、窓の外――処刑広場――から歓声が聞こえてきたものだった。

 この息苦しい国では誰かの処刑は蜜の味なのだ。

 改めてそう思いながら、メイド長は自分の唇が僅かに歪んでいる事を感じていた。

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