第59話 ルミナの聖剣~ガラティーン~

 帝国を震撼させた魔王軍の誕生から数ヶ月後、ルミナは一人、私室のバルコニーから帝都の街並みを眺めていた。

 眼下に広がる街は魔物が暴れたとは思えないほどに活気づいており、そこかしこから祭りの喧騒が聞こえてくる。

 その光景に思わず笑みを浮かべると、背後から彼女の剣たる騎士が近づいてきた。


「あんまり外に顔を出すなよ。警備の手間が増える」

「剣が主に振るわれて不満を持つことがあるんですか?」

「こいつ、このネタ一生擦る気だ……」


 呆れたように嘆息するソルドだったが、本気で怒っている様子はない。むしろ、どこか楽しげですらあった。


 あれから、多くのことが変わった。

 魔王軍はゾディアス帝国を脅かす存在として周知され、今回の事件である首謀者クレアは魔王軍四天王ドラキュラとして討たれたとこになった。


 ドラキュラを討ち果たしたのは皇族と獣王の血を引く雄獅子の獣人ガレオス・ソル・レグルスと聖剣ガラティーンを携えたゾディアス帝国第一皇女ルミナの二名。

 二人はこの事件をきっかけに人間と獣人が手を取り合って脅威に立ち向かうことの象徴とされるようになった。


「ソルドはうまく逃げましたよね」

「目立つのは嫌いなんでね」


 ソルドは自分の存在を表に出さないよう、ルミナの聖剣ガラティーンとして名前を残すようにした。それは自分が得る名声を全てルミナに託すためだった。

 これからルミナは獣人と手を取り合う獣人共存派の代表としての道を歩む。わかりやすい功績が必要だったのだ。


「それにしてもヴァルゴ大公は追放か」

「皇帝陛下の許可を得ず、独断で獣人街を焼き討ちにしようとしたのですから仕方がありません」


 宰相だったヴァルゴ大公は、獣人街を焼き討ちにしようとした件で宰相の座を追われ、追放処分となった。

 追放といっても国外追放ではなく、貴族階級を剥奪され城から退去することになるだけ。

 当の本人はどこか清々しい表情で荷物をまとめ、獣人街へと向かっていった。


「コクリさんやマリンと仲良く暮らせればいいけどな」

「大丈夫です。獣人街の皆さんは優しい方ばかりですから!」


 ルミナは笑顔を浮かべて自信満々に言い切る。


「そして、レグルス大公は宰相に、トリスはベオウルフを退けた功績で獣人初の騎士に、反発もあるでしょうがこれは大きな一歩になるはずです」

「獣人だろうと差別なく出世できる、か。二人には今まで以上に頑張ってもらわないとな」


 獣人への差別意識は根深い。一朝一夕で解決する問題ではないだろうが、雨だれが石を穿つように少しずつなら変えていける。

 ルミナの描く明るい未来を想像して、ソルドは自然と口元を吊り上げていた。


「ルミナ皇女殿下。そろそろ立志式のお時間です」


 部屋に入ってきた侍女に促されると、ルミナはソルドへと声をかける。


「行きましょうか、ソルド」

「そうだな。主役が遅れちゃ国民に示しがつかない」


 今日はルミナが十六歳になる誕生日。復興途中の城下町の広場にて彼女は国民の前で立志式を行う。

 これからの帝国の未来を担う若き皇族の門出を祝うために、広場には多くの人々が集まっていた。


「復興もままならないというのに、すごい熱気ですね」

「そりゃ、この国の新たな未来を見せてくれる英雄の登場だ。みんな拝んでおきたいんだろうよ」

「期待には応えなければいけませんね」


 バルコニーから民衆を見下ろしながら、ルミナは嬉しそうにはにかむ。


「ま、相も変わらず中身はこんなんだけどな。せいぜいスピーチの内容が飛ばないように気をつけろよ、ポンコツ皇女」



「打ち首ィ!」



 いつものように軽口を叩くソルドに、ルミナは頬を膨らませる。そこには先程まで見せていた皇女としての凛とした姿はなく、どこにでもいそうな普通の少女の姿があった。


 こうして、物語は続いていく。

 本来あったはずの脅威は生まれず、聖剣はルミナと共に誰も知らない希望の未来を歩んでいくのであった。

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