第58話 玉座の間にて
玉座の間に辿り着くと同時に、膨大な魔力の奔流によって壁と屋根が吹き飛んだ。
上空には巨大な魔法陣が浮かんでおり、そこには玉座に腰掛けるクレアがいた。
「クレア!」
「安心してください。皇帝陛下は無事です」
ルミナの声に反応し、振り返ったクレアは冷たい声でそう言い放つ。その瞳からはかつての温かさは一切感じられない。
「クレアさん。あなたの目的はわかっています」
「あら?」
「クレアさんは日蝕の魔王が誕生したときに備えて準備を進めていた。だけど、おっちゃんを日蝕の魔王にすることはしなかった」
ソルドの指摘にクレアの深紅の瞳が僅かに揺れる。
「あなたの目的は人間、獣人共通の敵となることじゃないんですか」
ソルドは血が滲む程に拳を握りしめて告げた。
「付け加えれば、存在しない日蝕の魔王という存在を作り出し、その共通の敵を永遠に存在させることですよね?」
魔族という人間と獣人共通の敵となることで、二種族を団結させる。そんな荒療治によって、このどうしようもなく広がってしまった種族の溝を埋めようとしていたのだ。
「本当に、ソルド様には敵いませんね」
悪戯がバレてしまった子供のような笑みを浮かべると、クレアは素直に白状した。
「共通の敵がいれば、仲の悪い者同士でも協力したり助け合ったりするものです。確か、ソルド様の故郷では呉越同舟というのでしたか?」
かつて、ソルドが故郷の話をしたときに聞き齧っていた諺を口にしてクレアは笑う。
だが、その笑い声にはどこか悲痛なものを感じさせた。
「レグルス大公、首筋に噛み付いた無礼をお許しくださいませ」
「そんなことはいい……そんなことはいいのだ!」
レグルス大公は悲痛な表情を浮かべて叫ぶ。
「何故お前が国のために犠牲にならねばいかんのだ!」
レグルス大公の悲痛な叫びに対し、クレアは顔を歪めると自嘲するように呟く。
「私は帝国を内部から崩壊させるために活動していた集団の手先のものでした」
その告白にソルド達は息を呑んだ。それはつまり、彼女は最初から帝国の敵であったということに他ならなかった。
「組織の名は〝叛逆の牙〟、頭目の名はライオネス・ソル・レグルス様です」
「……ご先祖様か」
「ええ、一部の獣人達は敗戦後も水面下で牙を研ぎ続けていたのです」
レグルス大公の言葉に首肯すると、クレアは言葉を続ける。
「魔法の存在を隠匿したのは初代皇帝をはじめとする国の中枢へと潜り込めた獣人によるものでした」
皇族の血を引く獣人ならば理性を持ったまま絶大な力を得ることができる。そのことを知った一部の獣人達は、長い年月をかけて帝国を内部から切り崩しにかかったのだ。
「おっちゃん以外にも皇族の血を引いてる獣人がいたのはそういうことだったんですね」
「ええ、まず獣人達は皇族達の血を欲した。皇族の血を引きながらも落ちこぼれた者や遊び人だった者を狙い子を成す。そして、血を薄め、見た目が人間と変わらぬ姿になった者は私のように次々と侍女や兵士として人間社会の中核へと潜り込んでいった」
人間のふりをして紛れ込む獣人は着実に内部から帝国を蝕んでいく。そして、蝕みの宝珠を手に入れたときこそが叛逆の狼煙を上げるときだったのだ。
「わたくしの先祖であるモルド家は一家断絶になり取りつぶしになった皇族の血筋を引く家でした。ライカンは確か追放された皇族の血を引く者と遊女の間にできた子らしいです」
「皇族の血、つまり日蝕の魔女の血を引いていたからこそ、魔力を得て吸血鬼ドラキュラになったってことか……」
蝕みの宝珠から魔力が流れ込めば動物や獣人は理性のないバケモノと化す。それに対して耐性を持つことができるのはルミナのような蝕みの魔女の血を引く者だけ。
だからこそ、皇族の血を引く者は様々な方法で子を成すように手引きされていた。
「そして、いつの間にか断絶していた叛逆の牙の思想を再び雄獅子の獣人であるレグルス大公へと宿す。それが私達の目的だったのです。まあ、大半は目的を忘れたライカンのような暴れ足りないおバカさんで構成された集団なのですが」
「だが、クレア。お前はそれをせず余に尽くしてくれた」
「信じたかったのです。あなた様が魔王にならずともこの国を変えてくれると」
「……力不足ですまぬ」
「クレア……」
幼い頃よりクレアを知るルミナは痛ましげな表情を浮かべる。一体、クレアはどんな気持ちで皇族である自分に接していたのか。そう考えると、胸が痛んだ。
「ルミナ様、あなたも悲しまないでください。私は私なりに自分の行いにケジメをつける。ただそれだけなのです」
そう言うと、クレアはルミナへ微笑んで見せた。それはいつも見せてくれた優しい笑顔だった。
彼女の決意は本物で、決して覆ることはない。そのことを嫌でも理解せざるを得なかった。
「わかりました」
ルミナは覚悟を決めると、表情を引き締める。
そこには子供っぽくてトラブルメーカーのお転婆娘の姿はない。あるのは自らの使命を知り、それを全うせんとする皇族の姿だった。
「ルミナ皇女殿下。どうか私を剣としてお使いくださいませ」
その姿を見たソルドは初めて心から騎士としてルミナに跪いた。
「ですが、ソルド。それはあなた自身がクレアを殺すことになりかねませんよ?」
「この身は皇女殿下の剣にございます。剣が主に振るわれて不満を持つことなどございましょうか!」
かつて告げた心にもない言葉を今度は心から告げた。
ソルドにとって、姉にも等しいクレアを殺すことには強い抵抗がある。それでもやらねばならないと強く思っていた。
クレアが叛逆の牙として潜入していたケジメをつけるのと同様に、ソルドも中途半端な原作知識をクレアに与えて今回の事件を引き起こさせたケジメをつけようとしていたのだ。
「ありがとうございます、ソルド。わたくしの剣となってください」
「御意」
ソルドは剣に変化してルミナの手中へと収まる。
「ドラキュラ・ルナ・モルド。何か言い残すことはありますか?」
両手を広げ、断罪のときを待つクレアは清々しい表情を浮かべていた。
「ご立派になられましたね、ルミナ様」
「あなたは、バカです……!」
「ええ、本当に救いようがありませんね」
泣きながら剣を構えるルミナに、クレアは困ったような表情を浮かべる。
「レグルス大公、私にできるのはここまでです。おそらく、ライカン達を始めとする魔族と化した暴走気味の子達が今後も暴れることでしょう。私が言えたことではありませんが、どうか民達をお守りくださいませ」
「ああ、必ず……!」
レグルス大公の返事に満足げに首肯すると、クレアは目を閉じて両手を合わせる。それは、まるで祈りを捧げているように見えた。
「ソルド様、剣となったあなたには私の核が見えているはず。苦しまないように一突きでお願いします」
『わかり、ました』
声を震わせながらもソルドは、ルミナの狙いがズレないように魔力で肉体の補助をする。
「さようなら、クレア」
覚悟を決めたルミナはクレアの胸部へと剣と化したソルドを突き立てる。
その瞬間、クレアは残った力を振り絞り、空へと自分達の様子を映し出した。
「かはっ……」
そして、口から血を吐くと、クレアはゆっくりと口を開く。その唇から紡がれるのは最期の言葉。
「そうでした……もうソルド様のスイーツを、食べられないのは……ちょっと、残念です、ね……」
こうして帝国城に現れた日蝕の魔王が手先ドラキュラは聖剣を携えた皇女ルミナと獣王レグルスの手によって討たれたと後の歴史書では語られている。
その真相が忠臣による悲しき献身だということは誰も知る由もなかった。
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