第57話 鶏は最強の生物
「トリス、お前こいつらの弱点がわかるのか!」
ソルドは開口一番にトリスが異形の怪物を消滅させたことに言及した。ソルド達がいくら攻撃しても効果がなかった異形の怪物が一瞬で消滅したのだ。弱点を尋ねるのは当然のことだった。
「はいッス! 鼠道と同じで体内を流れる光とその源の位置が見えるッス!」
「鳥の獣人は紫外線だけじゃなくて魔力の流れも見えるのかよ……いや、魔力に紫外線が含まれているのか」
蝕みの宝珠は元より太陽光より魔力を生み出すもの。思えば太陽光の差さない地下で紫外線を吸収した鼠の尿が見えるもの妙な話だったのだ。
あれは蝕みの宝珠を通して遺跡内に溢れた魔力を吸収し、それが紫外線を見ることができるトリスの目に入っていたのだ。
「とにかく、ありがたい! トリスよ、ルミナ皇女殿下の私室まで向かいたい、力を貸してはくれぬか」
「もちのろんッス!」
こうしてトリスが加わったことにより、ソルド達はなんとかルミナの私室まで辿り着くことができたのであった。
それから休息もそこそこにソルド達はヴァルゴ大公を隠し部屋へと匿った。
本来ならばルミナにも待機してもらいたいところではあったが、万が一を考えればルミナに関してはソルドが常についていた方がいいという判断となったのだ。
「ソルド、クレアの居場所はわかっているのですか?」
「ああ、クレアさんは玉座の間にいるはずだ。これからやってくる人間と獣人のトップを迎え撃つためにな」
「やはり、クレアは……」
クレアが何故このような暴挙に出たか。そのことに心当たりのあるレグルスは表情を曇らせる。
「皆さん、止まってくださいッス!」
先行して異形の怪物に対処していたトリスが立ち止まる。彼女の視線の先には一人の獣人――いや、魔族が立っていた。
「やはり、来たか」
「ライ君ッスか。だいぶ見た目変わったッスね」
「今はベオウルフだ」
そこに立っていたのは元々トリスの部隊に配属されていた少年獣人兵ライカン・スロット改めベオウルフであった。その見た目は巨大な狼のバケモノと言って差し支えない姿に変貌していた。
ベオウルフは爪を構えて臨戦態勢に入っている。そこには油断も隙もない。
「先輩、先に行ってくださいッス」
「ふん、鶏の獣人如きが」
ベオウルフはトリスを見下したように鼻で笑う。
「部隊長に対する態度とは思えないッスね」
「黙れ下等生物が、今の俺は魔族となり最高の力を手にした。貴様など相手にもならん」
ベオウルフは全身から威圧感を放ちながら、威嚇するように牙を剥く。それに怯んだ様子もなく、トリスはソルドへと告げる。
「アチキじゃ役不足ッスけど、ライ君はアチキ一人で相手するッス。それに隊長としてのケジメもあるッスからね」
「わかった。死ぬなよ」
ソルドは目でルミナとレグルス大公へ合図すると一気に駆け出した。襲い掛かる鋭利な爪による一撃はトリスが足技で華麗に防いで見せる。
標的を三人も逃したベオウルフは舌打ちをしてトリスを睨みつける。
「チッ、弓兵が出しゃばるな」
「一芸だけじゃ兵士は務まらないッスよ」
トリスは不敵に笑うと、ベオウルフの猛攻を捌き続ける。嗅覚の鋭いベオウルフと違い、トリスは暗闇では視力が落ちて戦闘力が著しく低下する。
だというのに、魔力を得て力を増したベオウルフの攻撃をトリスは捌き続けていた。
「経験ってのはバカにならないんスよ。これ、覚えて帰ってくださいッスね」
「黙れ!」
ベオウルフの牙がトリスを捉えたかと思った瞬間、彼女の姿が消える。次の刹那、ベオウルフの胸元には深々と爪痕が刻まれていた。
「ぐっ、貴様……!」
「舐めてもらっちゃ困るッス。部隊長として鶏は最強の生物だって教えてやるッス」
溢れる力のままに暴力を振るうベオウルフと長年兵士として経験を積んだトリスでは実力に差があった。それは蝕みの宝珠から得た慣れない力では簡単に覆せるものではなかったのだ。
その上、トリスには魔力の流れを見る目がある。暗闇であればむしろその光はよりベオウルフの動きを明確に捉えることができた。
見下していたはずの存在から逆に追い詰められたことで、業を煮やしたようにベオウルは叫ぶ。
「貴様、それほどの力を持ちながら何故人間のような愚かな生き物を守る!」
「人間も獣人も関係ないッス。アチキはアチキに優しい人の味方ッス」
いつの日か獣人街で告げた言葉をトリスは口にする。
「獣人だって差別はあったッス。アチキは鶏だからってさんざんバカにされて、実家じゃ恥さらしなんて言われたくらいッスよ。それでも優しくしてくれた人はいたッス」
トリスは種族分け隔てなく自分に優しくしてくれたソルド、友人になってくれたルミナの顔を思い浮かべる。
「だから、アチキは戦うッス!」
トリスは渾身の蹴りを以てベオウルフを吹き飛ばし、堂々と告げる。そこには種族に囚われず、ただ自分の大切な者のために戦う戦士としての覚悟があった。
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