第45話 蝕みの宝珠
「蝕みの宝珠?」
「かつて日蝕の魔女と呼ばれた人間の女性、エクリプスが魔法によって作り出した魔導具じゃよ」
どこか懐かしむようにあごひげを撫でながらギャラパゴスは語った。
「そんな話聞いたことがありません。大体、魔法なんてものはお伽噺の存在じゃないですか」
突然告げられた聞いたことのないの単語にルミナは困惑する。
「そりゃそうじゃ、お伽噺にしたんじゃからな」
「人間にとって都合の悪い歴史ってことか」
エリーン遺跡は最近見つかったばかりの古代遺跡だ。
そんな場所で発見されたお伽噺が現実であったことの証明。どう考えても出来過ぎている。
古代遺跡が最近まで見つかっていなかったということは、今まで秘匿されていたか環境の大きな変化があったかのどちらかである。
大きな環境変化がなかったことを考えれば、意図的に隠されていたと思うことは道理だった。
「都合が悪かったのは人間だけじゃないぞい」
目を細めると、ギャラパゴスは歴史の真実を語る。
「人間に敗れたことは獣人にとっても苦い歴史じゃ。獣人がかつての戦争で敗れた原因。それは技術の差ではない。そんなものでひっくり返るほど獣人の戦闘力は低くないわい」
「まさか、人間側が魔法を使っていたってことか?」
この世界に生きる人間にとってはお伽噺だが、この世界がゲームの舞台と知るソルドにとってギャラパゴスの話は納得のできるものだった。
「正確には日蝕の魔女が魔法で生み出した兵器〝魔導具〟を利用したからじゃな」
「じゃあ、この蝕みの宝珠は兵器ってことか……」
「うむ。そいつは太陽の光を魔力に変換し肉体を蝕み作り替える宝珠じゃ。鼠やソルドの坊主の肉体が変質したのはこの宝珠が原因じゃ」
そこで自分の認識とズレが生じたソルドはギャラパゴスの説明に異を唱えた。
「待て、俺は元から人間じゃなかったから剣になったんじゃないのか?」
「何を言っとるんじゃ。人間だろうとその宝珠は肉体を蝕み作り替える。日蝕の魔女ただ一人を除いてな」
その場にいる全員の視線がルミナへと集中する。
「わ、わたくしですか?」
「日蝕の魔女エクリプスは初代皇帝と結ばれ子を成した。お嬢ちゃんが素手で宝珠を触れるのは魔女の血を引いているからじゃ――そうじゃろ、帝国第一皇女ルミナ・エクリプス・ゾディアス様?」
ギャラパゴスは老いを感じさせない鋭い視線をルミナへと向ける。
「……恐れ入りました」
そんなギャラパゴスに猫耳ウィッグを外してルミナは深々と頭を下げた。
「ほっほっほ、そう畏まらんでも良い」
目尻を下げて笑い、ギャラパゴスは告げる。
「ソルドの坊主。お前さん、剣になったと言っていたな」
「ああ、宝珠に触れた瞬間肉体が剣になったんだ」
ソルドは突然五感を失った不快感を思い出して顔を歪める。何とか元の姿に戻ることはできたが、あの死にも近しい感覚は出来れば味わいたくはなかった。
「それは蝕みの宝珠が与えた魔法じゃよ」
「剣になることがか?」
「うむ、動物や獣人が蝕みの宝珠に触れれば、宝珠が肉体に取り込まれ獣の力が増大したバケモノになる。人間の場合は適正によって特殊な能力を与えることができる」
獣人と人間での宝珠の効果による差異。その理由に思い至ったソルドはハッとしたように声を上げる。
「人間側も万が一、獣人側に宝珠を奪われても使えないようにしたってことか」
「そういうことじゃろうな」
そして、ある事実に辿り着く。
「なるほど。つまり元々人間だった俺が剣になったのは、不用心に宝珠へ触れた上に、俺へと手渡してきたどこかの誰かさんのせいってわけか」
「痛だだだだだ!?」
ソルドはルミナの頭を両側から拳の先端を挟み込むようにしてネジ込む。今まで感じたことのない痛みにルミナは悶えながら抗議の声を上げた。
「何するんですか!」
「それはこっちの台詞だ。何してくれてんだ」
元々人間じゃなかったのならまだしも、このポンコツ皇女の不注意によって人外にされてしまったのだ。ソルドはこれでも寛容な方である。
「これこれ、乱暴はいかんぞい」
ギャラパゴスに諫められ、ソルドは舌打ちをすると手を離す。解放されてホッと息をついたルミナの目尻には、薄っすらと涙が浮かんでいた
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
「ありがとうございま――きゃあ!?」
痛む側頭部を撫でるのと同時に、ギャラパゴスは再びルミナの尻を撫でていた。こりない老人である。
「なんなんですか本当に! もう帰ります!」
ルミナは頬を膨らませると、乱雑に蝕みの宝珠を引っ掴んで踵を返す。とてもじゃないが国宝級の貴重品の扱いではない。
「いろいろ教えてくれてありがとうございました! 失礼いたします!」
振り返りながら一応は礼を述べると、ルミナは乱暴に扉を開ける。
「うわっ!?」
「へ?」
扉が開いた瞬間、聞き耳を立てていたらしいマリンが倒れ込んできた。内開きの扉に体重を預けていたせいで、支えを失ったマリンの身体はそのまま前を見ていなかったルミナとぶつかってしまう。
「お前ホントいい加減にしろ、よ……」
呆れたようにため息をつこうとしたソルドだったが、目の前の光景に言葉を失った。
「危なかったね、お姉ちゃん。これ、大切なものなんでしょ」
「え、ええ……」
マリンは何食わぬ顔で獣人をバケモノへと変貌させる蝕みの宝珠を手に持っていた。
肉体を蝕み変質させる宝珠の効果をマリンは受けていなかったのだ。
「マリン、あなたその尻尾……」
「え?」
いや、正確には影響は出ていた。
マリンの一房しかなかった尻尾はいつの間にか九つへと増えていたのだ。
「ルミナ、宝珠をポーチにしまったら俺に貸せ。お前に持たせたら最悪獣人街が崩壊しかねない」
「お願いします……大変申し訳ございませんでした」
ソルドの言葉に素直に従うと、ルミナは深々と頭を下げる。
それから聞きたいことも聞けたソルド達は占いの館を後にしたのであった。
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