第46話 本当の主人公

 帝国城への帰還中、ソルドは荷台に座ってずっと考え込んでいた。

 未だに引っかかっている謎はたくさんある。


 何故、原作ゲームにおいて日蝕の魔王が生まれてしまうのか。

 何故、蝕みの宝珠から自分へと与えられた魔法が剣になる能力なのか。

 何故、魔法という有用な兵力についての歴史が闇に葬られたのか。

 何故、マリンが触れても蝕みの宝珠は彼女をバケモノにしなかったのか。


 バラバラだったパズルのピースを繋ぎ合わせようとソルドは思考を巡らせる。

 そして、一つの結論に至った。


「……ルミナは主人公じゃない」


 ゲームタイトルにあったため、安直にルミナが主人公だと思い込んでいたが、そもそもその前提が間違っているのではないか。

 ルミナはトラブルメーカーではあるものの、自分からトラブルのきっかけになるタイプであり、事件に巻き込まれるファンタジーRPG主人公らしくないのだ。

 思い返せば、タイトルにある名前が主人公のものではない作品は往々にして存在していた。〝ルミナの聖剣〟もそのパターンだった可能性は大いに存在している。


 だとすれば、主人公は誰なのか。答えは簡単だ。

 皇女であるヒロイン、ルミナを守る剣である騎士――ソルドに他ならない。

 蝕みの宝珠に触れて剣の能力を得た騎士が〝ルミナの聖剣〟と呼ばれるようになる物語。そう考えてみれば妙にしっくりきたのだ。

 それはソルドにしかできないこの世界の外側の知識を利用した考察だった。


「わたくしがどうかしたのですか?」

「いや、何でもない」


 隣に座るルミナに声を掛けられ、ソルドは頭に過ぎった仮説を振り払う。自分が主人公だなんて冗談じゃない。自由に生きたいと願っていたソルドにとって、常にトラブルの中心にいるような立場は望んでいないのだ。


「ソルド」


 そのまま考え込んでいると、ルミナが声をかけてきた。


「今回は本当にありがとうございました」

「なんだよ藪から棒に」


 感謝の気持ちを伝えるルミナに、ソルドは訝しげな視線を向ける。


「遺跡の探索、獣人街の視察。いずれもあなたやトリスがいなければできないことでした」

「別にいいさ。俺も気分転換で城の外に出たかったからルミナの話に乗ったわけだし」


 ソルドはルミナの話を軽く流そうとするが、ルミナは構わずに話を続けた。


「それでも感謝させてください。今回の一件、あなた達がいなければわたくしはこの国を実情を何も知ることなくのうのうと生きていたことでしょう」


 それは普段のポンコツぶりからは想像ができないほどに真摯な声色だった。


「差別は悪いことだと言いながらも、わたくしには獣人への差別意識が根付いていた。ソルドが獣人の方へわたくしを会わせたがらなかったのも頷けますね」


 自嘲するように笑うとルミナは続ける。その瞳には深い悲しみの色が浮かんでいた。

 トリスへの配慮のかけた行為や遺跡、獣人街での行動。それを振り返ったとき、ルミナは自分の中に無理解から来る偏見があったと痛感させられたのだ。


「これではエリダヌスと何も変わりません。自分の正義を疑わず、人に迷惑ばかりかけて国を変えたいなんて戯言を吐いて……」


 そこで言葉を切ると、ルミナは目を閉じる。


「きっとこのまま成長すれば、典型的な帝国貴族のような人間になるに違いありません」

「そんなことは――」

「そうかもな」


 手綱を握っていたトリスのフォローを遮ってソルドはきっぱりと告げる。


「お前は世間知らずのお姫様だ。いつでもトラブルの原因だったし、人に迷惑ばかりかけていい加減にしろって何度思ったことか」

「先輩! 言い過ぎッスよ!」


 あまりにも辛辣すぎる物言いにトリスが慌てて止めに入るが、ソルドはそれを手で制すると口を開いた。


「だけどな。エリダヌスとルミナは違う」

「え?」

「あいつは伸ばされた手を振り払って自分の行いを正義だと疑わなかった。だから、アルデバラン侯爵を見殺しにした。そして、媚びを売っていた官僚達にも見殺しにされた」


 自分の正義に酔い、最終的に我が身可愛さに恩人を見捨てた男の周りには誰も残らなかった。

 しかし、ルミナの周りには彼女を助けてくれる者達がいる。


「迷い道もいずれは正道となる、だったか?」


 ソルドはかつてルミナに言われた言葉をそのまま返した。


「自分が間違いを犯していたと反省して前を向こうとしているルミナはあんな風にならない。それに俺やトリス、おっちゃんにクレアさんも付いてるんだ。困ったときは頼ってくれ」

「そうッス。アチキはもう友達なんスから気軽に頼ってくださいッス!」

「ソルド、トリス……」


 二人からの温かい励ましにルミナの視界が滲む。


「わたくし、絶対に口だけじゃなくてこの国を変えて見せます」


 ルミナは溢れそうになる涙を隠すように俯くと、震える声で言った。


「その意気ッス!」

「ま、せいぜい迷惑にならない範囲で頑張ってくれ」


 口では憎まれ口を叩きながらもソルドの頬は緩んでいた。

 体よく皇女付きの騎士をやめたいと思っていたはずが、随分と情が移ってしまったようだ。


 でも、こんな毎日も悪くないかもしれない。

 馬車に揺られながら、ソルドは柄にもなくそんなことを思うのであった。

 それから城下町へ入り、馬車は城門の前で停車した。


「じゃ、アチキはこの辺でお暇させていただくッス」

「いろいろとありがとうございました。またたくさんお話をしましょうね!」

「楽しみにしてるッス」

「部隊長の仕事、頑張れよ」

「先輩も皇女付きの騎士の任務、頑張るッスよ」


 馬車を降り、城門前でトリスと別れる。皇女の護衛という名目でついては来たものの、部隊長として上にエリーン遺跡でのことを報告書にまとめる仕事がある。

 本来ならば、執務室まで来てもらいたいところだったが、獣人嫌いな官僚犇めく城内をレグルス大公以外の獣人が歩くのはあまりよろしくない。


 結局、いつもの主従二人へと戻ったソルドとルミナはレグルス大公の執務室へと向かったのだった。


「只今戻りました」

「ただまー」


 ノックをして入室するルミナに続くと、渋い顔で書類に目を通していたレグルス大公が顔を上げた。


「ようやく戻られましたか」

「まったく、こっちはてんやわんやだったというのに……」


 クレアとレグルス大公は疲れた表情を浮かべていた。

 さすがに自分の仕事を押し付けてしまったことに罪悪感があったのか、ルミナは勢いよく頭を下げる。帝国第一皇女が頭を下げてばかりである。


「本っ当に申し訳ございませんでした!」

「すまん、ちょっと冒険心に抗えなかった」


 ソルドもバツが悪そうに謝罪すると、レグルス大公はため息をついた。


「まあ、いい。今は一刻を争う事態なのだ。エリーン遺跡での報告は後にしてほしい」

「……何があったんだ」


 本気で深刻そうなレグルス大公の様子を見てソルドの顔つきが変わる。


「獣人街が住民ごと焼却処分されることが決定した」


「「( ᐛ )パァ」」

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