第33話 剣と成る

 再び巨大鼠を同様の方法で倒したソルドは返り血塗れになっていた。


「このまま川にでも飛び込みたい気分だ……」

「前衛お疲れ様ッス」


 当然、後衛で矢を放っていたトリスは一切返り血を浴びていなかった。


「返ったら念入りに血を流さないとな。病気にでもなったら洒落にならん」

「皇女殿下に移したらまずいッスもんね」

「ハッ、病気になれば公務も休めるのでは?」

「何、その手があったかみたいな顔してんだ」


 冗談めいたことを言い合うソルド達だったが、その表情は余裕そのものだった。

 本来ならば、兵士十数人がかりで挑むべきバケモノをたった二人だけで討伐しておいてこの余裕である。


「てか、お二人って仲良いんスね」


 先程から砕けた態度で接しているソルドとルミナを見て、、トリスは意外そうに呟く。


「いや、それはだな」

「アキチの前じゃ取り繕わなくていいッスよ。鳥だけに」

「誰がうまいこと言えと」

「公の場では騎士として振る舞ってもらっていますが、二人のときはソルドには素の態度で接してもらうようにしているんですよ」


 変に取り繕った態度で接されるよりも砕けた態度で接してもらう方がルミナとしても気楽だった。もちろん、過ぎた暴言があればそれなりに起こったりもする。


「基本的に無礼講でいいってのは楽だから、その辺はありがたいよ」

「あなたのはただの無礼ですけどね」


 二人は笑い合い、トリスはどこか羨まし気に二人のことを眺める。基本的に堅苦しいやり取りが苦手なトリスにはそれが眩しいものに見えたのだ。


「っと、こんな話してる場合じゃないッス!」


 トリスは思い出したように床に転がっている金色の球体に近づく。


「これなんスかね」

「トリス、お前は触るなよ」


 動物が触れるとバケモノになる。下手をすればその効果は獣人にも及ぶ可能性がある。

 それを危惧したソルドは無造作に金色の球体に触ろうとしたトリスを制止する。


「人間なら触れて大丈夫でしょうか?」

「それもわからない以上、不用意に触るなよ」

「あっ、大丈夫みたいです」

「お前さぁ……」


 既に素手で金色の球体を掴んでいるルミナを見て、ソルドは深いため息をついた。


「ほら、ソルドも持ってみてください!」

「はいはい、人間なら大丈夫――っ!?」


 呆れながらもルミナから渡された金色の球体を持ってみると、ソルドの視界が突然暗転した。


 五感の消失。それは普通ならば死以外では味わわない感覚だった。

 一瞬パニックになりかけたが、ソルドは自分に思考能力が残っていることを自覚すると冷静に状況を把握しようと努めた。

 身体の感覚がない。いや、違う。意識して感覚を研ぎ澄ませれば、自分が固い何かの上にいることは理解できる。

 それに僅かに声も聞こえる。


「……ルドが消え……」

「……んぱい! ……こいったん……」


 途切れ途切れではあるが、ルミナとトリスの声が聞こえた。

 どうやら五感が失われたわけではないらしい。


 ソルドは再び感覚を研ぎ澄ませる。

 すると、目が見えているわけではないというのに、その場にいるルミナとトリス、周辺の空間の様子を把握することができた。

 そして、ようやく自分がどういう状態になっているかも理解することができた。


『嘘、だろ……!』


 信じられないことに、ソルドは剣になって床に横たわっていたのであった。

 それからソルドが元の人間の姿に戻るまで十分ほどかかった。


「つまり、アレか。俺は人間じゃない、と」


 ソルドは自身が剣に変化してしまったことを受け入れていた。普通ならば信じられない現象ではあるが、ファンタジーRPG基準で考えればそのくらいのことはあるだろうと思っていたのだ。

 金色の球体に触れてしまった瞬間、ソルドの肉体は光の粒子となり、輝きを剣へと変わってしまった。

 当然、そんなものはこの世界基準で見れば非常識極まりない光景である。


「簡単に納得しないでくださいよ!」

「アチキはその方が納得いくッスけどね」


 いまだに混乱しているルミナに対して、トリスの方はどこか納得したように頷いていた。


「だって先輩、武器を持ったらその武器がどう戦えばいいか導いてくれるって言ってたじゃないスか」

「いやぁ、訓練すれば普通にそのくらいできるもんだと思ってて」

「どう考えても普通じゃありませんよね!?」


 ルミナの言う通り、これは異常なことである。

 ソルドは転生者ということもあり、普通ならあり得ないことも「まあ、ファンタジーRPGの世界だしな」で片づけていた節があった。


「やっぱり異常だよなぁ……まあ、俺が人間じゃない特殊な肉体の持ち主ってことならいろんなことに納得がいく」


 そもそも人間が光に分解されて別の物体に変化するなどあり得ないことだ。

 やはり安直な思考で結論を出すのはよくない。原作での出来事に興味のなかったとはいえ、自分の異常性をファンタジーRPG世界への転生者だからと片付けていたことをソルドは深く反省した。


「とりあえず、ソルドのことも含めてレグルス大公へ報告が必要ですね」

「ああ、ひとまずそのヤベー玉はルミナが持っててくれ」

「わかりました」


 ルミナは金色の球体を布で包んでから、腰のポーチにしまった。


「あっ、天井まで続いてる梯子があるッスよ!」


 トリスは壁際にあった梯子を指差さす。

 老朽化はしているだろうが、石造りのしっかりとした梯子だ。これで上に登れる。


「梯子を遣わなくてもトリスなら天井まで飛べばいいのでは?」


 ルミナの一言にトリスの表情が曇る。

 トリスは獣人であり、身体能力は高い。鳥の獣人は飛べるため、ルミナの疑問も間違いではない。


「ルミナ……お前。ホントそういうとこだぞ」

「えっ、わたくし何かやってしまいましたか?」


 心底不思議そうにしているルミナを見て、ソルドは思わずため息をつく。


「あのな、鶏って空を飛べると思うか?」

「あっ……」


 ルミナはようやく自分の失言に気がついた。


「……本っ当にごめんなさい」

「いいんスよ、先輩。皇女殿下に悪気がないのはわかってるッス」


 深々と頭を下げるルミナに対して、トリスは苦笑するしかなかった。

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